068 特にお祭り

 ギラルドンの傷が治るまでの間、持ってきたお弁当を食べる事にした俺達。

 レナは俺に、サイリちゃんはギラルドンにとそれぞれの好物を食べさせている。


 俺の好物はもちろん草だ。そしてギラルドンの好物は魚。

 草は世界中広く分布している植物だけど、魚はそうじゃない。

 この世界は魚と言えば魚グロリアの事で、地球の様に魚類が生息しているわけじゃないのだ。


 地球で魚と言えば養殖のものも多い。

 だけどこの世界では養殖は行われていない。

 グロリアを育てるには契約を行う必要があり、一人が契約できるグロリアが限られていることから大量に育てる必要がある養殖業には不向きなのだ。


 つまり魚を入手するには、契約をせずとも瘴気でこの世界に顕現しているはぐれグロリアを捕らえるしかないのだが、輝力と瘴気の関係からはぐれグロリアの生息域は人の近づかない場所であり、そこらへんにほいほい生息しているわけじゃない。


 それでも陸上に比べて海は比較的陸から近いところでもはぐれグロリアが生息しているので、陸上のはぐれグロリアに比べるとまだ海のほうが入手しやすい。


 とは言え一般市民にすると高級食材である事には変わりなく、グロリアに食べさせるなんていうのはお金持ちの家だけなのだ。


 話は逸れてしまったが、サイリちゃんのカバンの中にはギラルドン用に好物の魚の干物が入っていた。

 今までギラルドンとの距離感を測れずにいたサイリちゃん。

 それでもご飯を用意していたと言う事は気にかけていたってことだね。


 ご飯を食べる関係でレナ達は濡れた体をタオルで拭いてびちょびちょ状態から脱している。

 その際にサイリちゃんは結んでいたツイン三つ編みをほどいており、結んでいた癖は残ったままだけど今は珍しい自然体。

 実はサイリちゃんに影響されて今日はレナも三つ編みを取り入れていた。ポニ―テールの様に後ろに集めて三つ編みにしたやつだ。

 おそろいおそろい、と喜んでいた三つ編みも、サイリちゃんと同様に今はほどかれている。


 キラキラと光る紫色と金色の髪の毛。


 おそらく塩が凝固して光っているのではないかと疑っている。

 帰ったらしっかり洗い流そうな。




 一息ついてギラルドンの傷も良くなって、そうして俺たちはギラルドンの背に乗って、そしてギラルドンが生み出した空気の入ったあわの中に入って、湖の底を目指した。


 目の前を優雅に泳ぐ魚たち、そして湖面から差し込みカーテンのようになっている太陽の光。潜るにつれてその色と光景は変化していき、なんとも不思議で神秘的なものだった。


 そんな光景はいつまでも見ていたいと思うものであり、きっと二人の思いでの一ページにしっかりと書き込まれただろうと思うと、来てよかったなと思う。


 少し薄暗くなってきた景色で目的を思い出し、視界を下に移すと、ある物が映りこんで来た。


 それは湖底で斜めになっていて、あちらこちらがボロボロになっていて。それでもこれまで見つけた4つのほこらと同じ形状の、それと同じと分かるもの……。


 とうとう第5の祠を発見したのだ。


 ぷーっと、水風船の中の空気を使って別の水風船を作り出すギラルドン。その中にレナとサイリちゃんを入れて……そして器用にヒレで押して沈んだほこらのある場所へと設置する。

 ほこらの周りはまるでドームのようになった。


 潜るときから数えて二度目のそんな光景だけど……この水風船、どういう原理なのかはわからないけど泡の壁を人や物が通っても割れないんだよね。尖ったもので刺したらパンッって弾けそうなのに。

 俺はギラルドンの背中で留守番。塩水怖い。


「これが第5のほこら……」

「はい、最後のほこら、ですね」


 レナとサイリちゃんがほこらに手で触れると、ほこらが淡く光り始めて……その光は次第に強くなり、縦にと伸び、湖面を突き破って上へと延びていった。


 そんな眩くて目がくらむような光が収まっていく。

 それと同じくして湖面から一つの影が降りて来た。


 あれは……グロリア? いや人間か?


 降りて来たのは人の姿をした、それでいて膨大な輝力を内包している……そんな存在だった。

 金色の髪をしているその存在。

 一言で言うと美人の女性で、身にまとっているのは着物を連想させる黒色のドレスと、天女のような羽衣。こちらも黒い。


 敵意は感じられないため俺もレナ達もその姿に見惚れていたところ、頭の中に直接言葉が届いた。


『レナ、サイリ。よくぞ5つのほこらの力を取り戻してくれました。私はこの地を守護するイヴァルナス』


 イヴァルナス? 個体名か? グロリアの種族名か?


『かつてこのエルゼリアの地は5つのほこらの力で守られていました。先だって起こった大災害でほこらの位置がずれ、その力は徐々に失われ、守護君しゅごくんである私も顕現することがかなわなくなってしまいました。長い年月を経て人々から忘れ去られ、力も失いつつあった時……そんな時にあなた方が現れ、そして私を目覚めさせてくれたのです』


 えっと、イヴァルナス、イヴァルナス。

 俺は神カンペからその名前を探す。


 あった! 守護君しゅごくんイヴァルナス。


守護君しゅごくんイヴァルナス:エルゼリアの地を守護する守護君。5つのほこらにより天上の世界からの膨大な輝力を収集しその力で瘴気を払い、豊穣をもたらす』


守護君しゅごくん:地上を守護する役目を負った存在。神ともグロリアとも異なる。守護する地域によってさまざまな姿と力を持つ。守護とはすなわち地上に満ちる瘴気の消散である』


 なんじゃこれは。今までこんな項目は無かった。

 守護君の現物と出会ったことで俺の神カンペの読める権限が上がったと言う事なのかもしれない。


『お礼をしたい所ですが、残念ながら今の私は姿を現すだけが精一杯なのです。守護の力、そして豊穣の力を取り戻すには、ほこらを元の位置に戻すこと、そしてなによりあなた方人間の信仰の力が必要です。特にお祭り。年に一度で結構です。忘れ去られてしまった私の事を思い出して祈る、そのようなお祭りを催してください。頼みましたよ、レナ、サイリ』


 そう早口で述べ終わるとイヴァルナスは光の粒となって消えてしまった。


 去り際にとんでもない事を言っていた気もするが、どうするんだレナ?

 宿題に書くのか?


 ◆◆◆


 『レナさんもアグレッシブですわね。こちらでも同じ課題が出ましたわよ。私も小さいころ住んでいた場所の伝承を調べましたの。黄金の鎧・・・・というお話なのですが、第18皇子ギャピンガレガスはご存じでしょうか』


 文通相手のエミルちゃんの返事が返ってきたところ。


 あの後レナは無事に宿題をやり終えた。

 サイリちゃんと共同で学校で発表したところ、歴史担当の先生がすごい食いつきを見せてきて、これは世紀の大発見よ、と言いながらあれやこれやで学会で発表することになり……後日レナ達は学会でセンセーショナルを巻き起こした。


 イヴァルナスの存在は一躍有名になり、発掘調査隊によって湖からほこらが引き上げられ、元あった正しい場所に立派な台座付きで再建された。

 そしてその台座を中心として、第1回守護君イヴァルナス様降臨祭なる祭りがもよおされることになった。これから毎年にぎやかになる事だろう。

 お祭りが増えて楽しくなるね、とレナは喜んでいた。


 それにしても守護君か。大地を瘴気から守る存在。

 もしかしてイヴァルナスの力が落ちていたから、レナと初めて会ったあの日、現れるはずのない街中にはぐれグロリアが現れたのかもしれないな。

 だとしたら、これからはそんな危ない事も無くなって、このエルゼ―は一層安全になるかもな。


 ちなみに、借りていた【エルゼリアの成り立ち】を図書館に返しに行ったところ、見知らぬおばちゃんがカウンターに座っていた。

 司書さんのイーバさんの事を尋ねると、「イーバ? そんな子いないわよ。そもそもこの図書館の司書は私一人だよ」と返事が返ってきた。

 おばけ? おばけなの? とレナは怖がっていたけど、俺は何となくこうじゃないかって思う。

 イーバさんはイヴァルナスだったんじゃないかって、そして司書の姿を借りてレナ達を導いたんじゃないかってね。


 今回の事で少しだけ自信をつけたサイリちゃんは、ギラルドンの世話を自分でやるようになって……そうやって少しずつこれまでの時間を埋めていくようだ。

 そんなサイリちゃん。学校でもレナの友達であるナノちゃんミイちゃんと友達になって、2組でも友達ができて。その子とレナも友達になってと、学校生活もますますにぎやかになった。


 そんなこんなで慌ただしかった長期休暇は終わったのだった。

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