064 サイリ・カーバライト その1

「安心してくださいお嬢様。じきに目を覚ましますよ」


 そう言ったのはメイドさんのクラザさん。ライザママの4つ下でメイドさんの中では一番の年長者。茶色がかった金色の髪は綺麗に整えられたショートボブだけど、後ろだけは腰のあたりまで伸ばしており、首のあたりと先端とを髪留めでまとめている。

 クラザさんは住み込みで働く唯一のメイドさんで、医療の心得もある。

 レナが小さいころからのメイドさんで第二のママと言っても過言ではない。


「ありがとうクラザ」


 それでは失礼しますとクラザさんは部屋を後にする。


 ふぅ。サイリちゃんに大事が無くてよかったよ。まさかあんなことになるなんて……もう少し気を付けて動かないとダメだな。反省。


 それにしてもこの子は一体何者なんだ。

 何故かルーナシア王立学校の制服を着ている。しかも昨日もおとといもだ。王立学校に入学できるのだからお金持ちの子のはずで、3日とも同じ服を着っぱなしというのは考えにくい。


 同じ学年では見たこと無いよな?


「うーん。レナと同じクラスの子じゃないよね。2組の子かな。それでも見たこと無いことは無いと思うのよね。うーん」


 だよなぁ。1学年2クラスで、1クラス20人程度だから、見たことあればわかるよなぁ。


 上級生か下級生か、それともアルダント校じゃなくて、本校の生徒か。はたまた大穴予想で変装のために制服を着ている闇組織の子か。


「う、うーん」


 お、目を覚ましたようだぞ。分からないことは本人に聞けばいい。


 目を覚ましたサイリちゃんばぼーっとした目で視線を辺りに巡らせて、レナと俺も視界にとらえて、また虚ろな目で天井を見て――


「きゃあぁぁ!」


 突如叫び声を上げて体を起こすと枕元まで後ずさり……背中を部屋の壁に打ち付けると、もはや逃げ場がないと悟ったのか布団を頭からかぶってしまった。


 俺は引っ張られた布団の犠牲になりベッドから転げ落ちた。

 急なアクションは勘弁してください。


 布団をかぶったサイリちゃんはその中でガタガタと震えているようだったが、しばらくすると震えが治まり……そーっと布団の影から目を出してこちらの様子をうかがおうとする。

 が、レナと目が合ったようだ。再びがばっと布団をかぶってしまった。


「サイリちゃん、そんなに怖がらなくていいよ。別に食べたりしないから」


 レナの説得。例えが今一つなのだが俺はしゃべれないのでレナにお任せするしかない。


 再びそーっと目を出してきて……あっ、俺と目が合った!(俺に目は無いけど)と思った瞬間、がばっと布団をかぶってしまって……。


 姿を見せて話をしてくれるまでにそれを何度か繰り返したのだった。


「と、そういう訳なんです……」


 にじり寄る俺たちに怯えて布団をかぶったままのサイリちゃんだが、少しだけ打ち解けたようで自己紹介などをしてくれた。


 お名前はサイリ・カーバライトちゃん。レナと同じ12歳。隣の国イングヴァイトから最近引っ越してきたのだ。王立学校にはつい先日編入学したらしく、急な入学だったので寮の空きが無く、レナと同じ通学勢。

 ちなみにずっと制服を着ているのは別に服が制服だけしかないから、という訳ではなくて、皆と同じ服を着ていると安心するからだそうだ。


 制服を着てるのは皆と一緒に居たいから、という感じじゃないよね、この怯えっぷりは。皆に溶け込んで目立たないから安心だ、ということなんだろうか。


 そんなサイリちゃん。入学したもののすぐに長期休暇が始まってしまい、引っ込み思案な性格もあって友達もできておらず、一人で宿題をしていた所をレナに声かけられたということだ。

 声をかけられてびっくりして逃げてしまったけど、自分と同じ伝承を調べているレナに興味を持って、お友達になりたいと思ってくれたようだけど、恥ずかしくって、ドキドキして、自分から声をかけれずに後ろから見ているだけだったときに俺の粘液を食らって今に至るというわけだ。


 色々胸の内に溜め込んでいたのか、思った以上にお話してくれた。

 闇の組織かと疑ってごめんね。


「じゃあじゃあ一緒に調べようよ! 二人の方がうまくいくし、楽しいよ」


「でも……私じゃあお役に立てるか……」


「そんな事ないよ。2つのほこらを一人で見つけたんでしょ。サイリちゃんすごい。レナなんかスーに手伝ってもらったよ」


「そ、そうかな……。それなら、一緒に……やってみようかな」


 少し顔を赤らめて、視線を外しながらサイリちゃんはそう答えた。


 うんうん。レナのお友達が増えて俺も嬉しいぞ。

 レナとはまた違ったタイプの子で、このもじもじ感というかおどおど感というか、何やら守ってあげたくなるタイプの子で。

 安心して。俺のそばにいる間はどんな脅威からも守ってあげるからね。


 よろしくの挨拶を兼ねてサイリちゃんに近寄ったら、すごく怯えられた。

 どうやら俺に打ち解けてくれるのはまだまだ先のようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る