063 レナの名前はレナ

「ぐるぐるぐる、神様は長い棒で天上から海をかき回しました。その渦が暖かな輝力の流れとなって、その中心に一つの島ができました。周囲を巡っていた暖かな輝力がその島を緩やかに包んで行き、そうしてその場所がエルゼリアの地となったのです」


 司書さんから借りた本を読んでいるレナ。

 聞く限り神話のようなおとぎ話のような、そんなたぐいの話だろうが、神の存在を知っている俺からするとあながち作り話とも言い切れない気がする。


「平和だったエルゼリアの地がやがて邪神に襲われます。邪神はその力を持ってエルゼリアを海の底に沈めようとします。もうおしまいだ。そう思った時、神様の祝福を得た勇者が邪神を打ち倒しました。倒れた邪神の体は海を覆いつくし、やがて大陸へと姿を変えました。勇者は二度と邪神が蘇らないように5つの封印を施しました。そしてその場所をエルゼーとし、その生涯を封印の守護にと当てたのです。だって」


 うーむ。この内容をそのまま書き写しても宿題としては今一つな出来栄えとなりそうだな。どうしたものか。


「見てスー、これが封印だって」


 丁寧に挿絵が載っている。中に仏様が祭られてそうなほこら的なヤツだ。


「レナ、うーんと昔に似たの見たことあるよ」


 なぬっ、もしかして実在するのか?

 そうなら探しだせば、さらに宿題の質を一段階上げることができるぞ。それこそレディにふさわしい出来栄えになる。


 よし行こう、レナのお嬢様力をアップさせるためにぜひ行こう!


 ノリノリの俺と、ピクニックだやったねと言うレナと。

 そんな感じで俺達は5つの謎のほこらを探すことにしたのだった。



 そして翌日。


 ほこらを探すのはいいのだが、肝心なのはどこにあるのかだ。

 本には5つのほこらの場所を示していると思われる記載があった。だけどどれもこれも参考にならず全く場所は分からなかったので、とりあえずレナが見たという記憶を頼りにその場所へと行ってみる。


「確かあの辺だったと思うの」


 街の郊外の林の中。

 レナは小さいころにここで祠を見たというのだ。


「あれ? 誰かいるよ?」


 レナの記憶は正しく、挿絵と似たほこらがそこにはあった。

 そして……そのほこらの前に一人の女の子がたたずんでいたのだ。


「ごきげんよう。良いお天気ですね」


 お嬢様会話導入トークでその女の子に話しかけるレナ。


「ひゃぁ!」


 ビクりと一際体を大きく震わせたその女の子はこちらの姿を見るや否や、たたたと向こうの方へと駆けて行ってしまった。

 年のころはレナと同じくらいか。濃く暗い紫色の髪の毛を三つ編みツインテールにした黒眼鏡の子だった。

 いったい何をしていたんだろうか。


「すごい速さだったねー。途中こけてたけど、ケガしなかったかな」


 うーん、なんか凄く怯えられてたな。俺達は狂暴なグロリアでも不審者でもないんだけどなぁ。確かに人気のない所で急に声をかけられたらびっくりするのはあると思うけど、あれほど驚かなくてもなぁ。


 まあ、あの子の事は置いといて、これが目的のほこらかどうか調べてみよう。


 大きさ的には小さいものだ。高さが1mちょっと。石材で出来たそれは開閉式で観音開きの扉のようなものがついている。金属は使われていないが、相当な技術力で作られているとみられる。

 本当に創生の時代に作られたものなのか怪しいが、このほこらが作られた後に生えたのであろう大きな木が左右からほこらを挟み込んでいて、枝がほこらに巻き付くようにして育っている。それなりの年数を経たものなのは間違いないだろう。

 中央にある小さな観音開きの扉を開けようとしたが、巻き付いた枝が邪魔して開かなくなっている。


「本物だね!」


 う、うーん。まあ否定する理由もないな。よし本物。ほこらは実在したんだ!


 詳しい状態をスケッチし、用意した地図に位置や情報を書き込んで調査は完了。

 お屋敷に戻って他のほこらの情報を探す事にした。


 翌日。


 見つけたほこらは都合よく始まりのほこらだったようで、俺達は本に書かれた記載から第2のほこらの位置を割り出してその場所へと向かう。


 第2のほこらがあるとされるのは始まりのほこらから街の中心部を挟んで反対側。

 のどかな田園風景に溶け込んだようにそれはそこにあった。


「あっ、昨日の子だ。おーい!」


 レナ、お嬢様お嬢様。レディの振る舞いを忘れずに。


 昨日の眼鏡っ子がまたもやほこらの前で佇んでいて、二度目だから知り合い判定をしたレナが気軽に声をかけてしまったという訳だ。


「ひゃあっ!」


 レナの声に驚いた眼鏡っ子は昨日のリプレイのように一目散に駆け出そうとするが――


「待って、行かないで! レナの名前はレナ。あなたの名前を教えて」


 レナの呼びかけを聞いて眼鏡っこは足を止め、ゆっくりとこちらの方へ振り返る。

 説得は成功か?


「その……あの……サイリ」


 少し離れている事もあり聞き取りにくいが、ほんの小さなささやくような声で眼鏡っ子はそう答えた。


「サイリちゃんね。ねえお話しましょ」


「ひゃぁ!」


 俺たちが近づくと、サイリと名乗った少女は一目散に逃げ出してしまった。

 

 ……。

 なぜにそんなに怯える……。


 ポツンと残された俺達。

 逃げられたものはしかたがない。眼鏡っ子の事は置いといて、目的のほこらの事を調べ始めるのであった。


 ◆◆◆


 次は第3のほこらなのだが、大体の場所は分かるのだがここだという場所が分からない。

 1時間も探せばなんとかなると思うんだが……。


 そんな訳で現在場所を捜索中。


 というのも本に書いてあったのは現在は街中の場所なのだ。

 そもそも街っていうのは発展するにつれて景色は変わり、数年前の景色も今はもう違うものとなっている事も多々ある。

 今回はもちろんそういった短期の話ではなくて、大昔。そもそも実在したか怪しいレベルの神話の時代の話と現在を結びつけるわけだが、いかんせんこのエルゼーの街が出来る前の話なので本の内容はあてにならない。

 すでに発見した初めのほこら、第2のほこらの位置から何となくここら辺かなと推察したわけだが……。


 後をつけられているな。


 あまりに気配が素人くさかったからつけられているとは気づかなかったけど、あの建物の影からチラチラこちらの様子をうかがっている者がいる。


「ねえスー、あのグロリア可愛いね。わんちゃんだよ!」


 どうやらレナは気づいていないようだ。道行く人が連れている犬型グロリアに目を奪われている。


 尾行者が素人なのは間違いない。

 誘拐犯等であったら即消えてもらう所だが、そもそもこの国は治安が良くてそういう輩はほとんどいないのだ。現代日本という闇を抱えた国からやってきた俺だからついつい邪推してしまうな。いかんいかん。それもこれもレナの事を思ってなんだ。


 とは言え、いつまでも後ろにくっついていられるのも気持ちのいい物ではない。

 まあ大体犯人の正体は分かっているのだが……。

 

 ちらちらと影から見える紫三つ編みおさげ。そして太陽の光にキラリと反射する眼鏡。間違いなく昨日脱兎の如く逃げ出したサイリちゃんだ。


 動きは素人くさいとはいえ、素人と判断してしまうのも危険だ。素人のような動きでこちらを油断させて後ろから刺す気かもしれない。

 そもそも俺たちは彼女の事を何も知らないのだ。バックに巨大な闇組織がついている可能性も無い事も無い。


 となると、もはや捕獲するしかない。

 逃げられると厄介だ。


「あっ、どうしたのスー!」


 俺は抱きかかえられたレナの腕の中から飛び出す。

 大ジャンプだ。

 そして高高度から背後の様子を探る。


 うん。間違いなくサイリちゃんだな。

 いきなりの俺の動きに驚いているようだが、我に返ったら逃げ出してしまうだろう。もちろんそんな事はさせない。


 ――ぴゅっ


 俺は液体を少量、水鉄砲の様にサイリちゃんに向かって射出する。

 なんの液体かって?

 まあ見ていなよ。狙い通り地面とサイリちゃんの靴との間に打ち込まれた粘着性の液体をな。


 滞空時間を終えて俺は地面に着地する。

 俺を再び胸の中にしまい込もうと近づいてきたレナも背後を見て――


「あれ? サイリちゃん?」


 そうそう、後ろからつけてたんだ。

 さて尋問タイムだぞ。逃がすんじゃないぞレナ。


 俺たちにバレたサイリちゃんは逃げようとするが、地面から片足が離れないことに気づいたようだ。

 うーんうーんと足に力を入れ粘着物質から逃れようとするが、甘い甘い。子供の力で俺の作った粘着物質を攻略しようなんて甘いのだ。


「んーーーーっ」


 顔を真っ赤にして自分の足を手で引っ張って、何とかこの場から逃げ出さなくてはならないという必死さが伝わってくる。


「きゃんっ!」


 あっ! 足が靴からすっぽ抜けて……思いっきり引っ張っていた反動で後頭部を地面に強打してしまった。


「サイリちゃん大丈夫⁉」


 犯行現場にたどり着いた俺達。


 気絶しているな。

 哀れにも眼鏡っ子はピクピクと震えた姿を俺たちにさらしてしまったのだった。


 後頭部を打っているので放っておくのは危険だ。

 俺はスライムボディを膨らますとその中にサイリちゃんを収納し、急いでブライス家のお屋敷に戻るのであった。

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