062 グロリアとおばけは別なのよ

「いいですか皆さん。知識を深めるという事はレディにとって必要な事です。

 その所作のゆえんはどういったものか、その美術品の歴史はどういったものなのか。それを知っているか知らないかによってレディの深みに雲泥の差が生じます。


 ご存じのとおり当ルーナシア王立学校は由緒ある学校です。その学生たる皆さんにはしっかりと知識を深めていただかなくては先輩方に誇れるレディになることは出来ません。


 そこで、皆さんには一つも二つも知識を深めていただくため、このお休みの間に特別課題を与えます」


 ええーっ! という声がそこら中で聞こえた。

 それもそのはず。明日から7日間、学校は大型連休へと突入するのだ。

 寮住まいが基本のため、学生達はこの連休を利用して久しぶりに実家に帰って家族と一緒に過ごす。海だ山だバカンスだ! というのがほとんどの学生のプランなのだ。


 そんな中先生から出た特別課題の発言は、スペシャルハッピーホリデーでいっぱいのお嬢様方の頭の中に突如ねじ込まれた地獄の楔だと言っても過言ではない。


 非難ゴーゴーな特別課題だったが、レディとしての嗜みがなってないと先生がピシャリとカミナリを落としたため、皆はしぶしぶ受け入れたのであった。


 ◆◆◆


「うーん、どうやって調べたらいいんだろうね。スーは何かお話知ってる?」


 レナがうなっているのは特別課題の内容についてだ。

 自分の住んでいる街や地方の古い伝承について調べる、というのがその内容だ。日本の学校でもよく夏休みの宿題で出されるたぐいのものだな。


 さてさて、その古い伝承というのが曲者くせもので、もちろん俺が知っているわけは無い。俺は生まれも育ちもこの街だけど、そもそも7年しか生きてないわけで、12歳のレナのほうが詳しいはずだ。

 まずは身近な年長者であるパパとママに聞いてみるのがいいだろう。




「そうだなあ、私達も大人になってから引っ越して来たからあまり詳しいことは知らないな」


「そうねぇ、私も知らないわね。奥様方の集まりでもそういう話はあまり出てこないし」


 早速行き詰まった。


「でも、私が生まれ育った場所の伝承なら調べたことがあるから知ってるぞ。黄金の鎧という話だ。時はウゲルグガガモ歴298年トミスベルマギー王朝の第18皇子ギャピンガレガスが――」


「そうだわ。そういう時は図書館に行けばいいのよ。この街にもあったはずよ。場所は、行った事がないから分からないけれど……」


「その時ギモリングスナの天使の花が、うおぉぉぉ――」


 一人語りに熱が入ったマーカスパパは置いといて、俺とレナは街の図書館に向かうことにした。


 お屋敷からの出がけに、「聞いてくれライザ、そこでマリュバドルラ王の」、「ええ、バリュガルンの矢ですよね、何度もお聞きしていますわよ」、「おぉぉ、そうなんだバリュガルンの矢なんだよ」、というパパとママの会話が聞こえてきた。

 相変わらず仲のよい夫婦でいいことだ。


 ◆◆◆


 街の中心部からいくつか通りを超えた閑静かんせいな場所。そこに草木の弦が巻き付いて大層な年代物であることを感じさせる、一目しただけでは何の建物か分からない、そんな建物がたたずんでいた。


 街の人も滅多に訪れる事は無く、その存在を確認するのも一苦労。何人にも聞き込みをしてようやくたどり着いたこの場所。


「なんだかお化け出そうね……」


 俺を抱きしめたレナの腕がきゅっと閉まる。

 まあそんな雰囲気ではあるけど、レナは秘境ダグラード山脈にも臆さず乗り込んで来たじゃないか。


「グロリアとおばけは別なのよ。お化けは突然現れて魂を抜き去ってしまうんだから」


 うーん、お化けはいない派なんだよな俺は。幽霊型グロリアの見間違いじゃないのか?

 多種多様な能力を持つグロリアでも魂を抜く、なんてことは出来っこないしさ。


 まあどちらにせよ俺がいるから大丈夫だレナ。さあ中に入ろう。


 俺はレナを促すため腕の中から飛び降りて、ぽよぽよとその薄気味悪い建物の扉の前に向かう。


 まって、スーまって! と後ろから聞こえる。

 

 ぽよぽよぽよ。扉の前に到着だ。

 ふーむ、図書館ってどこにも書いてないな。


 後ろからレナが追い付いてきて再び俺を抱え上げると、その古く年季の入った扉を開いて中へと入る。


 中は薄暗く、所々にある窓から差し込む光だけが光源となっている。木造家屋の木の匂いと、沢山の紙の書籍の匂いと。それらが混じりあった独特の匂いがしている。俺には鼻は無いけど、そういうものを感知しているのだ。


「誰も、いないね」


 貸出コーナーと思われる木製テーブルで囲まれた一帯に人の姿は無い。

 無人のカウンターから見える奥には、たたずむ巨大な本棚達が威圧感を放っている。


 司書さんは休憩中かもしれないな。とりあえず本を探してみよう。


 頭上高くにある天井まで伸びるかのように置かれている本棚。俺たちはそんな本棚と本棚の間に入り、目当ての本を探し始める。


 この世界の印刷技術は昨今さっこん高まってきているとはいえ、まだまだ手書きの本も多い。それが古い物となるとなおさらだ。

 丁寧に製本された分厚いカバーの本や、いかにも歴史的価値のありそうな今にもボロボロと崩れ去ってしまいそうな本、それらがびっしりと本棚の中に整えられている。


 文字に関しても難しい。現代文字ならなんとか読めるようになったのだが、古代文字となるとね。

 一応神カンペがあって解読できるとは言え、ロシア語やヒンディー語の辞書を片手に、まずは見たことの無い文字がどれか表と照らし合わせて調べていく、みたいな手間がかかる。

 残念ながらレナも古代文字は読めないので、読める文字の棚を探しながら奥へと進んでいく。


 ――ガサリ


「きゃぁぁぁ、おばけっ!」


 俺達が発した音じゃない。急に起こったそんな音を聞いたレナは悲鳴を上げてしまう。


 レナよく見るんだ、本だ。お化けじゃない。


「え……、本当だわ。びっくりしちゃった」


 そうそう。本が浮いているだけで……。


 ふわりふわりと宙に浮いている本。


 ――ガサガサガサ


 浮いている本は一冊じゃなくって……周囲の本棚から音を立てて飛び出してきて、何冊もの本が俺たちの頭上を浮遊している。


「ねえスー。なんだかとっても良くないことが起こりそうな気がするんだけど」


 うん。俺もそう思う。


 頭上を飛んでいた本達は俺達の周囲を回転しながら下降してきて、俺達は逃げるルートを失ってしまう。


 本が空を飛ぶなんて、まさか本当にお化けなのか?

 ええい、物理攻撃が効くなら俺が相手になるぞ!


 いざとなれば俺のスライムボディの中にレナを入れ込んで全力で脱出するぞ! と気合を入れる。


「お待ちなさい」


 突如背後から穏やかな女性の声が聞こえてきた。

 すると、ガサガサと俺達の周りを回転していた本達はピタリとその動きを止める。


 黒いフードを目深に被った金髪の女性。体のラインが出る黒いローブを身に着けており、堅気ではない雰囲気を醸し出している。

 女性の年齢を詮索するのは失礼だけど、声やら体形やらから想像するに20代くらいだろう。


「驚かせてごめんなさい。久しぶりにお客さんが訪れたのでこの子たちも高ぶってしまったようね」


 女性の元に本達が群がっていく。


「私の名前はレナ・ブライスと申します。この子は私のグロリアのスー。お姉さんのお名前をお伺いしても?」


 おおっ、いいぞレナ。レディ育成教育が身についているな。


「レナさん、スーさんね。私の名前はイーバ・イースこの図書館の司書よ」


 まるで小鳥と戯れるかのように右腕を前に出す。その優雅な所作は本達をねぎらっているようにも見える。


「その本は……」


「ふふふ、お化け、ではないわよ。れっきとしたグロリア。ワンダーブックという種類よ。さあ本棚にお帰り」


 なるほど、薄暗くて気づかなかったが言われてみると確かにワンダーブックだ。


 『ワンダーブック:Eランク

  まるで本のような姿をしたグロリア。濃縮された輝力が意思を持ち、本に取り付いたのが始まりである。表紙は個体によって様々な種類や模様やしており、もちろん中身を読むことが出来る。すべての個体はリンクしており、これまでワンダーブックが取り込んだり目にしたりした本の内容はすべて蓄積されている。その情報が自身のページに記載されているのだが、すべての情報がランダムに表示されるため意味が分からないページも多い』


 バサバサとワンダーブック達は本棚へと戻っていき、図書館内は元の静けさを取り戻した。


「あの、イーバさん。レナ、この街のお話を調べに来たの。でもどの本にそれが書いてあるのかわからなくて」


「なるほど。お任せください」


 しずしずと歩く司書さんの後を俺達は着いて行く。

 いくつか本棚を過ぎたところで司書さんは止まり、上に向かって手を伸ばすと、本棚の上の方から淡い光を帯びた一冊の本がゆっくりと降りてきて彼女の手元へと収まった。


「こちらをどうぞ」


 そういって手渡された一冊の本。

 赤色の表紙に金色の文字で【エルゼリアの成り立ち】と記されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る