060 自分がヒロイン役になるなんて

「レイキ・レイシ! いや、学生番号5382崇拝教団教祖、会員番号零ゼロ! お前の企みもここまでだ!」


「ジミー君⁉」


 えっ、何レナ? ジミー君って言った?

 小さいころよくレナに絡んで来たあのジミー君?

 この角度じゃよく見えないぞ。


「ジルミリアぁぁ! よくそこまで調べたな。団員がしゃべったのか? いや、間抜けなあいつらに僕の正体は伝えていないから違うな。どこで……。どこでこの俺・・・の正体を知ったんだぁぁぁ?」


「語るに落ちるとはこのことだな、レイキ」


「カマをかけやがったのか! くはははははっ! まあいいさ。確かに俺はレナのファンクラブの会長をやっていた。奴らに風紀委員会エクスキューショナーズの情報を流して内部で絶大な信頼を得るのには時間はかからなかったよ。そして機が熟した時、俺はあいつらを捨て駒にした。俺が風紀委員としてレナに近づくためだ」


「数日前の矢文事件はお前が先導したのか?」


「そうさ、レナに近づき信用を得るためにな。実際に物事を解決して見せるのとそうでないのとでは印象が雲泥の差だ。ファンクラブのやつらには適当なことを言ってそそのかしておいたよ。俺の言う事をバカみたいにうのみにしやがってな、笑ってしまうぜ、あーっはっはっは!」


「仲間じゃなかったのか?」


「仲間だとぉ? あの間抜けどもが仲間だなんて笑ってしまう。レナは俺のものだ。そこらへんの愚民どもがレナの事を考えているってのがずっと癪だったんだ。いつか潰してやろうと思ってたんだよ。どうだ、お前も俺と同じで奴らをつぶしたかったんだろ? 俺の情報でやつらのアジトに踏み込んだお前はさぞいい気分だったんだろうなぁ! ひひひひひひ!」


「お前と一緒にするなよレイキ! もう御託はいい。風紀委員エクスキューショナーとして裏切り者のお前を裁いてやる!」


「出来るのかジルミリア? お前の貧弱なグロリアは一度も俺に勝ったことは無いんだぞ。それを忘れたんじゃないだろうな」


「戦いってのは口でやるもんじゃないんだぞ」


「減らず口を。シュバルツガイスト、やってしまえ!」


 ぶべっ……。

 急に床に投げつけられた。


 話に聞き入っていたため受け身が取れず、つぶれた卵のようにべちゃりと床に張り付いた俺。

 すぐさまレナが駆けてきて俺の体に手を当ててくれる。


「スーにこんなことして……。許さないんだから!」


「レナ、そこで俺の強さを見ておくんだ。そうすれば心から俺を愛すようになるだろう」


 好き勝手なこと言ってくれちゃって、脱出できればこっちのもんなんだぞ!


 とはいえ、この狭い部屋にさらにジミー君まで増えたのでは余計に動きが取れない。


 ちらりとジミー君の方を見る。

 そばに控える牛型グロリア。あの頃より進化して姿は変わってしまっているけどかつての面影がある。


 そうだな……。

 ジミー君なら、そしてその昔に俺を苦しめたこのグロリアならやってくれるだろう。


「いくぞ、ぎゅうたろう!」


 ――ぶもぉぉぉぉぉぉ!


 気合十分の雄たけびが響き渡る。


 かつてスタンドビーフだったぎゅうたろう。二本足で立ち上がったその進化に驚いたものだが、今の姿にも驚きを隠せない。


「ぎゅうたろう、回転蹴りだ!」


 華麗な足技がツーハンドトップシュバルツガイストを襲う。

 そう、逆立ちをして地面に前足をついて、後ろ足のリーチを生かした攻撃を行っているこのグロリアは、Dランクのハンドスタンドビーフ。

 立ち上がって強くなるのなら、逆立ちしたらどうなるのか、を地でいく進化を行った珍しいグロリアだ。

 技の精度を高めるために常に逆立ちしており、前足の代わりに後ろ足のリーチは長くなり、器用に動くようになっているのだ。


 ガシガシとぎゅうたろうの引き締まった脚とツーハンドトップの丸太のような腕が交差しあう。

 

 腕を上げたな、ぎゅうたろう。

 速くそして鋭い攻撃は昔のそれとは比べ物にならない。


 ハンドスタンドビーフぎゅうたろうは地面に着いた前足で器用に体を回転させ、その回転を脚に伝えて激しい攻めを見せている。

 とはいうものの、ツーハンドトップを仕留めるための決め手には欠ける。


「何をやってるシュバルツガイスト! お前も回転してそんな貧弱な攻撃は蹴散らしてやれ!」


 お、おい、何度も言うけどこの狭い部屋の中で回転するんじゃない!

 その前に俺とレナだけ部屋から出してくれよ。その後は全力で戦ってもらっていいからさ。


 俺の淡い期待も虚しく、ツーハンドトップが回転し始める。

 ガシガシとお互いの技をぶつけ合う二体のグロリアだが、遠心力を加えた二本の腕がぎゅうたろうの足技を凌駕し始める。


「ぎゅうたろう、軸を狙え。スライディングだ!」


 ぎゅうたろうは器用にバック転してツーハンドトップの二本腕回転攻撃から距離を取ると、まるで矢の様に逆立ち状態から前足の力で跳躍し、回転攻撃の死角となるツーハンドトップのコマの下部へと入り込む。


「足払いっ!」


 ――ぶもおぉぉぉぉ!


 雄たけびを上げたぎゅうたろうは、スライディングの勢いのまま、ツーハンドトップの回転の軸に向けて強烈な蹴りを繰り出す。


 ああああ、ちょっと、回転してるやつを転がすんじゃない。

 あがががががが。

 俺は再びレナを部屋の角にやり、スライム壁となって回転の勢いで転げまわるツーハンドトップから守る。


「ぐっ、くそっ!」


 どうやらレイキもそれを回避するので手一杯なようだ。反撃の指示は飛ばない。


「トドメだ! チャージキック!」


 ――ぶもおおおおおおおお!


 一際大きな雄たけびを上げるぎゅうたろう。

 右脚が強い光を帯び始めると、逆立ちした体勢のまま両腕で床を思いっきり押して跳躍する。


 何やってるんだ、この狭い中跳んだら天井にぶつかるぞ、と思ったのは俺の杞憂に過ぎなかった。


 天井にぶつかると思われたぎゅうたろうは、もう片方の脚で天井を蹴ると、その反動と勢いを利用して下降し、回転が止まって横たわっているツーハンドトップの頭部に光り輝く右脚の一撃を叩き込んだ。


 あわわわわ、ジミー君ちょっとやりすぎなのでは……。


 強烈な一撃をもらったツーハンドトップは撃沈し、太いその二本の腕は力なく床に倒れこんだ。


「シュバルツガイストっ! 立て、立つんだ! 立ってこのクソ生意気なジルミリアをボコボコにするんだ! ガイストっ!」


「無駄だ。お前のグロリアは俺のぎゅうたろうの前に敗れ去った。こいつは強かったが、契約者が無能だったな」


「ぐぅぅぅぅぅ! この野郎っ!」


 あ、おい、やめろ!


 グロリアが戦闘不能と分かるや否や、レイキはジミー君に殴りかかった。


 襲い来る右ストレート。

 だけど、ジミー君は器用にその攻撃に対して自分の左手を交差させ、レイキの攻撃の勢いを利用したカウンターを撃ち込んだ。


 こ、これはクロスカウンター!

 しかも相手の攻撃を食らっていない完璧なやつだ。


 あごに一撃をもらったレイキはそのまま一言も発する事なく床に崩れ落ちた。


「これで終わりだレイキ」


 そういうと、ジミー君はふうっと小さく息を吐いた。


 ひゃぁぁぁぁ、かっこいぃぃぃぃ!

 ジミー君本当にカッコいい!

 ピンチの時にさっそうと現れるヒーロー!

 まさか自分がヒロイン役になるなんてことは思ってもいなかったけど、このシチュエーションってすごく胸キュンなんだな!


 それにしばらく会わないうちに男の子の顔つきに成長して……。

 あの頃から身長も伸びて、この先も男前に成長するのが確約されてる感じだわ。

 小さいころの姿を知ってるおじさんとしてはほっこりくるというかなんというか、ほほえましいというか。


「ん? なんだスライム」


 ついついジミー君の足元まで来て彼を見上げてしまった。


 いやいや、何でもないよ。大きくなったね。

 俺を、いや、レナを助けてくれてありがとうね。


 俺は体をぷるぷると震わせてお礼を伝える。


「スー大丈夫? ねえ、痛い所ない?」


 体を震わせている俺の体にペタペタとレナが手を当て、心配そうな表情を浮かべる。


 ああ、すまなかったレナ。俺にもっと力があったらレナに怖い思いをさせることもなかったのに。

 でもジミー君が来てくれて本当によかった。

 レナもきちんとジミー君にお礼を言うんだよ。

 レディたるものきちんとお礼を言えなくてはだめだ。


「あの、その、ジミー君、スーを・・・助けてくれてありがとう」


 って、ちっがーう。ジミー君はレナを助けてくれたの。俺じゃないの。俺はヒロイン役だったけどそうじゃないの。


「ふん、勘違いするんじゃないぞ。俺はレイキを捕まえに来ただけだ。そこにたまたまお前たちがいただけだ」


 あっれー、ジミー君そんな性格だったっけ?

 大きくなってちょっとこじらせた?

 あ、いや、照れ隠しか。明後日あさっての方向を向いてるもんね。

 

 レナもそれには気づいたようだ。

 

「とにかくだ、お前のファンクラブはこれで完全に壊滅だ。安心していい」


「うん。ありがとうジミー君」


 屈託ない笑顔。

 これは男子なら惚れてしまうよ。ジミー君大丈夫?


「そ、それじゃあ俺は行くぞ。……うわっ!」

「きゃっ!」


 ドスンという音がして、レナに覆いかぶさるようにジミー君が倒れこんでいる。

 なんでこうなったかというと……俺のせいです。

 実はツーハンドトップに捕まっている時に、転ばせてその隙に脱出できないかと思って、ツルツル滑る液体を辺りにまいててですね……。


 ジミー君ごめんよ。全部俺のせいなんです。

 あの、そんな二人して無言で見つめ合ってないでさ、ごめんってば。


「あなた方っ! 不純異性交際は禁止ですよ!」


 うおぅ! びっくりした。

 ドアの外からいきなり女の子の声が聞こえてきて、俺たちの視線はそちらに集中する。


 あの特徴的なクアドラプル縦ロールは、レナのクラスメイトのクリングリンさんだ。


「まさかブライスさんとノイエンバッハさんが汚らわしい関係だったなんて……」


 ノイエンバッハさんというのはジミー君のことだ。

 ジルミリア・ノイエンバッハが彼のフルネーム。


「ちっ、違う、だれがこんなちんちくりんと!」


「ひっどーい! 確かにレナはちょっと背が低いかもしれないけど、ジミー君も人の事いえないよね!」


 こらこら喧嘩はよしなさい。


「言いつくろっても無駄ですわよ。その体勢がすべてを物語っていますわ!」


「「!!」」


 どうやら二人共くんずほぐれずの体勢になっていることを思い出したようだ。

 磁石が反発するようにぴょいっと離れてしまった。


 その後ジミー君の必死な説明を聞いて、なんとかクリングリンさんは事故だった事を認めてくれた。

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