059 何事も力づくはよくない
ゆっくりと近づいてくるレイキ君に気圧されて、レナは少しずつ後ずさっている。
「さあレナ、僕の元に来るんです。必ず幸せにしてあげます。さあ!」
「いやっ、触らないで!」
レナは伸ばされた手を振り払う。手に持った俺で。
「どうしてだ、僕と結婚しよう。幸せな家庭を作って、子供を育てよう」
「ヤダヤダヤダっ! レイキ君とは結婚しない。レナはスーと結婚するんだから!」
ブンブンブンと、手に持った俺を振り回すレナ。
ちょっとレナ、今の俺の扱い、結婚しようという扱いじゃないよね。紹介するならもう少し穏やかに……。
「スー? そのスライムだね。レナと僕が結婚すれば家族になるんだ。そう思って多めに見てやってたけど……。邪魔をするなら排除するまでだ!」
そう言うとレナから俺を奪い取ろうとするが、そうは行くかっての。
俺はぴょいっとレナの腕の中から抜け出すと、その勢いでレイキ君の頭を軽く小突く。
ほんの軽く当たっただけだが、レイキ君は尻もちをついてしまう。その隙にレナは距離を取って、そして俺はその前で戦闘態勢を取る。
「こっ、このっ! 出てこいシュバルツガイスト!」
レイキ君がクラテルからグロリアを呼び出す。
ゆうに俺の何倍もある巨体。部屋の天井まで届こうかというその体はコマのような逆三角錐の体をしており、体には不釣り合いな発達してムキムキな2本の腕がついている。
足は無く、逆三角錐の上部中心にちょこんとある頭部。
このグロリアはDランクグロリアのツーハンドトップだ。
見た目通り強力なパワーが持ち味のグロリアだが、名前が
レナと同学年ならまだ
ちなみに俺の耳にはドイツ語っぽく聞こえているが、実際はこの世界の言葉でそれに見合った言葉を使っているはずだ。
「シュバルツガイスト! そのスライムを捕まえて投げつけるんだ!」
ぎゅいいい、と鳴いた
いくらマッスルとはいえ、Xランクであり魔境を制した(いいすぎ)この俺の相手になると思うなよ?
少しだけ体のギアを上げて体当たり!
バリィン、ガシャン、ドスン、といろいろしっちゃかめっちゃかになったであろう音が響き渡る。
……しくじった。
体当たりした俺は
つまり、や り す ぎ た!
かといって力をセーブして体当たりしてもあの堅牢なボディには効果が薄そうだし、かといって灼熱の力を使うと大火事になってしまう。
この狭い部屋の中では俺の力は強すぎるのだ。
「なにやってるんだシュバルツガイスト、回転攻撃だ!」
ぎゅいいいい、と鳴いて両腕を使って器用に体勢を立て直した
おいおい、狭い部屋の中で回転するんじゃない。腕とか体とかが壁や家具に当たったりして部屋の中がボロンボロンになってるぞ。
しかしどうしたものか、あの勢いで回転してるやつに体当たりしようものなら今度こそレナを巻き込んでしまう。
なすすべがなく、じりじりと部屋の隅に追い込まれる俺とレナ。
この回転だって無限に続くはずじゃないけど、目を回して停止するのを待つほど俺たちに時間は残されていない。
おい! ツーハンドトップの腕がレナに当たって怪我するだろ、やめさせろ!
と叫びたいが俺に発声器官は無いし、そもそもイッちゃってるレイキ君に話が通じるとも思えない。
いかんっ!
俺はレナを部屋の角に押し込んで、レナの前で壁のように体を広げて回転攻撃からレナを守る。
回転する腕が俺の体を連続でバシバシと叩く。
ぐぬぬぬぬぬ、我慢だ我慢、俺が動いたらレナに当たってしまう。
打撃の勢いで体が吹っ飛ばされないようにしっかりと部屋の壁にくっ付いてスライムボディを固定する。
きゅっと唇を結んでいるレナ。
すまんレナ、そんな隅っこの狭い所だけどもう少し我慢してくれよな。
「あっはっはっはっは、見ろ、手も足も出ないとはこのことだな。作戦どおりだ。シュバルツガイストそいつを捕まえるんだ!」
がっしりとした腕が壁に張り付いていた俺の体を掴み上げると、ぐいっと引っ張り壁からむしり取った。
俺は巨大でゴツゴツした2つの手にしっかりと拘束されてしまう。
脱出しようにも俺を抑え込むほどのかなりのパワーで身動きが取れない。
「いいぞ、シュバルツガイスト、そいつを押さえつけておくんだ。逃がすんじゃないぞ」
くっそ、びくともしない。俺ってこんなに非力だったっけ。
それに……、この手、熱に強い。
俺は今自分の体温を上げている。
シュバルツガイストが熱っ、ってなった隙に脱出しようとしてるんだが、一向にその気配が無いのだ。
足が無いツーハンドトップはその発達した2本の手を足のように使って移動する。その際に地面と接する手のひらはかなり分厚い皮膚に覆われており、刃物も通さず熱や冷気にも強いと来ている。
神カンペで情報を知っているとはいえ、これほど熱に強いとは思わなかったぞ!
「うひひ、さあレナ。こっちに来るんだ。僕のことを愛してるって言うんだ」
「ヤダッ! レイキ君なんて大嫌い! スーを離して!」
「わがままな事を言うんじゃない。さあ行こう。あいつの事は忘れてさ」
おい、レナに近づくな! こら!
ぐぬぬ、この馬鹿力グロリアめ。
「来ないで! スーを離して!」
「困ったなぁ。僕としてはレナが自分から僕を愛してくれるほうがいいんだけど、無理矢理にでも愛させるような、そんな強引な男を演じるのもたまにはいいか」
雰囲気に酔っているのか、レイキ君は手で髪をかき上げる。
「こいつを離して欲しかったらこっちに来るんだ。分かるな? 大切なスライムを守れるのはレナ、君しかいない」
レナ! 惑わされるんじゃない。俺のことは大丈夫だ。
なーに今すぐにでも抜け出してやるって! ぐぬぬぬぬ。
「スー……」
「いいのかい? そろそろシュバルツガイストの手の中で握りつぶされてしまうかもしれないぞ」
さあ、さあ、さあとゆっくりと手を伸ばすレイキ。
レナはその手を見ながら、俺の方を見て、もう一度レイキの手を見て。
心の中で悩み、天秤を傾けているに違いない。
その手を取ってはだめだレナ!
と言っても聞き入れてもらえないんだろう。
俺を見捨てて逃げろと言っても、そうはしてもらえないんだろう。
この子はそういう子だ。自分よりも人を、友達を、そしてグロリアを取る。
くそっ、何がレナを守るだ。何がナノちゃん任せておきな、だ。
俺が逆にレナを危険な目に合わせてしまってるじゃないか。
レイキの手を取るためゆっくりとレナが手を伸ばす。
レナァァァァ!
頼む、神様、何とかしてくれ。俺ならどうなってもいいから!
そう思った時――
――ドガァァァァア
「なんだっ⁉」
突然の破壊音にレイキは音のした方向に視線を向ける。
固く閉じられていた扉。それが音と共に吹っ飛んだのだ。
逆光で良く見えないが、そこには風紀・健全の腕章をつけた男子学生と、牛型のグロリアの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます