056 禁断の恋ってやつね

 ――――ルーナシア王立学校内の一室


 その部屋は窓が締め切られているため薄暗く、人と人が近くによらなければお互いの顔を視認することが出来ないような、そんな明るさしか無い部屋。

 そんな陰気臭い部屋の中には人が3人。誰にも聞かれたくはないのか小声で話をしている。


「奴らの動きが活発になっている。各自注意を怠ることの無いように」


 3人のうちの1人。残りの二人と向かい合っているその人物は、声のトーンから男性であることは分かるが年齢までは分からない。


「「はっ!」」


 たった一言。残りの2名の声が綺麗にそろった。


「いい返事だ。それでは具体的な話をしよう」


 そして、再び聞き取れないほどの声で話し始めるのであった。


 ◆◆◆

 ◇◇◇

 ◆◆◆


 午後の授業が終わって学生たちが活気付き始める。ある女子学生は最近できたカフェの話題で盛り上がり、ある女子学生は連れだってウィンドウショッピングに行くらしく、ワクワクソワソワしている。そんな時間。


 今日は特にミイちゃんナノちゃんとの予定もなく、俺とレナは帰宅の途に着こうというところだ。


 ――どんっ


「きゃっ」


 おわっ!


 話で盛り上がっている学生がレナにぶつかってきた。

 その衝撃がレナが抱っこしている俺にも伝わり、俺の上にちょこんと乗せられていたレナの帽子が開いた窓から外へと落ちて行く。


「あっ、ごめんなさい。うっかりしてましたわ」


 短くそう言うと、再び隣の女子学生との会話に戻って去っていってしまった。


 お話に夢中になるのはいいけど前方注意はして欲しい。

 ここは3階だからな。ぶつかられて窓から落ちたら怪我じゃすまないぞ。

 今回は幸いそんな事態にはならなかったけど帽子が……。


 レナも、失礼しちゃうわね、と言いながらぷりぷりしていたが、落ちた帽子を放っておくとさらに風で飛んでいってしまい紛失してしまうかもしれないため、急いで落ちた場所へと向かう事にした。


 てててと小走りで階段を降りるレナ。

 校舎を出てたどり着いたのは校舎とへいの隙間。二人並んで入るには狭いその場所は、この学校にしては珍しく手入れがされておらず雑草が伸び放題で視界が悪い。さらに外からの見栄えをよくするための樹木が植えられているので一層見通しを悪くしている。


「どこに行ったのかな」


 樹木に引っかかってはいなかったから、地面か雑草の上かだけど……これは探しにくいな。

 よし俺に任せろ!

 このスライムボディの質量をもってすれば雑草を押しのけることなんて朝飯前だ。


 生い茂る雑草に一発。

 気合をこめた体当たりでレナが通るためのけもの道を作る俺。


 ほらね、一丁あがりだ。


 なにっ⁉


 驚いた。草むらを抜け出た俺の先には、お互いの手の指を絡めながら体を密着させてちっすをする男女の姿があったのだ。


「し、しまったエクスキューショナーズか! 逃げるぞ」


 突然現れた俺の姿を見て、二人は慌てて奥の方に逃げ去ってしまった。


 そんな様子をポカンと眺めている俺とレナだった。


 ◆◆◆


「という事があったの」


 後日の昼休み。レナとミイちゃんナノちゃんの3人は校庭の一角にあるベンチに腰掛けて各々がランチタイムだ。

 女子校舎を背に、左側には中央校舎、遠くに男子校舎が視界に入る。

 お昼間で日は高いが、周囲の木々が降り注ぐ太陽から彼女たちを守っている。

 そんな和やかな場所。


 レナは先日草むらで見かけた二人の学生について話をしたところだ。


「ひゃぁぁ、ロマンスです」


 いつもおとなしいナノちゃんが悲鳴のような声を上げている。


「禁断の恋ってやつね」


 ミイちゃんは腕を組みながらうんうんと頷いている。


 二人の反応も頷ける。

 学校では異性との交際は禁止されているからだ。


 そもそもこの学校はお嬢様として相応しい品格を身に着けることを目的としている。

 事情は様々だが、その行きつく先は、同じく相応しい品格を持った相手との結婚である。気品ある方々にとって結婚前に不純な関係を持っていることはご法度であり、それについては特に厳しく取り締まられている。男子校舎と女子校舎、男子寮と女子寮に分けられているのもそういう理由からだ。


 とは言え中央校舎やイベントなどで男女が接触する機会もある。

 当然多感なお年頃の男女なので意図しない方向に進んでしまう事もある。


 そんな事にならないように厳しい取り締まりを行っているのが風紀委員会。エクスキューショナーズと呼ばれて恐れられている学生主体の団体だ。


 こういう事情から、取り締まり対象となる危険な行為を学内で行っていたという事について、二人はとりわけ過剰な反応を返したのである。


「うーん、そんなに素敵なものなのかなぁ?」


 そんな反応とは対照的に、うちのレナは冷めたものだ。


「考えてみてくださいレナちゃん! 許されざる恋! かたや婚約者のいる王子様、かたやその王子様を愛してしまった令嬢! 両親に認められないその恋に二人は逃避行を始めるのです!」


「王子様かぁ。私は王子様よりも強い騎士様がいいな。不埒な悪漢に囲まれて大ピンチの私を風のように颯爽と現れて救い出してくれる騎士様! どうさ、レナ!」


「うーん……」


 二人が各々盛り上がる展開を思い浮かべる中、ほわんほわんとその状況を脳内再生するも今一つピンと来ていない表情のレナ。


 ――キュピィン

 ぬっ、殺気!


 レナに危険が及ばないように常日頃から外敵の気配を探っている俺のレーダーに反応があった。


 正面!

 コンマ何秒の世界。俺が殺気を感じた方向に視線を向ける。

 犯人を特定する前に俺の視界に飛び込んできたのは――


 飛び道具⁉

 レナに向かって飛翔する物体を視認したのだ。


 とにかくガードだ、俺の体を伸ばして――


 ――ガギッ


 飛翔体は俺の体に到達する前に、別方向から放たれた新たな飛翔体によって撃ち落された。


「警護対象5382に対する接触行動を確認した。殲滅対象の確保急げ!」


 ガサリと近くの茂みから一人の男子学生が現れ、どこかに向けてそう言い放った。

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