054 スーは思った以上に賢いのだ
私の名前はマーカス・ブライス。48歳のナイスミドルでブライス家の当主だ。愛する妻ライザと娘レナに囲まれて幸せな生活を送っている。
特にレナは目の中に入れても痛くないほどだ。
そんな幸せをな日常を過ごしていたのだが、近頃レナの様子がおかしい。なぜか話をしてもらえないのだ。
ご飯中も不機嫌そうで、私からの問いかけにも上の空で返事をしている。夜ご飯を終えたらすぐに自室へ戻ってしまうので突っ込んだ話も出来ない。いったいどうしたというのだ。
つい先日まではお父様お父様といって抱き着いてきたり、お帰りのキスをしてくれたりしてたのに……。
まさか反抗期か⁉
あの素直でかわいいレナに限って反抗期がやってくるなんて信じられない。
とすればあれか、この前部屋に入ろうとしたら凄く怒られたことか⁉
確かにドアが開いて隙間があったからノックを忘れてしまったことは紳士として反省している。
だけどそれを謝ろうにも会話してもらえないのだ。
理由はよくわからないが、このままではいけない。
なんとか仲直りのチャンスを作らねば。
そう思った私はとある秘策を引っさげて帰宅した。
私の手の中には一冊の本が握られている。これは以前にレナが読みたがっていた小説だ。これをプレゼントして許してもらおうという作戦だ。
だが私の予想とは違った展開になってしまった。
「あっ、レナの読みたいって言ってた小説! ありがとうお父様!」
と言いながら受け取ってぐるぐる回転していたレナだったが、何かに気づいたのか突然。
「だ、だめっ! だめだめだめ!」
そう言って受け取った小説をぐいぐいと私の手の中に戻された。
そして「行きましょ、スー」と言って部屋に戻っていった。
私の秘策は失敗に終わったのだ。
こうなったら外堀を埋めるしかない。
「スー、スー」
ある日の夜ご飯の後。
いつもどおりレナと一緒に部屋に戻ろうとするスーを、レナにばれないように手招きで呼び出すことに成功した。
「ほらイラミーナ草だ。珍しい草だがちょうど手に入ってね。どうだい?」
赤い体のスライムは私の手の中にある草が気になるようだ。
そうだろうそうだろう。これはスライム族が好んで食べるという草の中でもお高いもので、なかなか手に入らない。
ほらどうだ? 食べてもいいんだぞ?
いつものとおりプルプルと体を震わせているが、差し出した草を食べようとする素振りは見せない。
ぬぐぐ、スーは思った以上に賢いのだ。私がいきなりイラミーナ草を出したのを疑っているのかもしれない。
「別に深い意味はないよ。ただレナが何で怒っているのか教えてほしいんだよ。いつも一緒にいるスーなら何か知っているだろ? 頼む! またレナの笑顔を見たいんだ!」
どうだ、娘への想いは伝わるのか!?
私の渾身の説得を聴いて、スーは赤い体をうにょんと伸ばすと……なぜか左右に揺れだして、そしてレナの後を追って行ってしまった。
作戦は失敗だ。
そもそもこの作戦には穴があった。教えてくれといっても、私はスーが何を言ってるか分からないのだ。完敗だ。
悲しみを抱えて数日。
今日は道具屋と飲む約束をしていたので、街の酒場で酒を酌み交わしている。
「かくかくしかじかなんだよぉ、レナ~、いったいどうしてしまったんだぁぁぁ」
俺は酔っちゃいない、酔っちゃいないぞ。
「ははーん、レナちゃんがねぇ。あれはそういうことか」
「なんらぁ、トーマス、なんか知ってるのかぁ?」
「おっと、俺の口からは言えないなぁ。レナちゃんに嫌われたくないんでね」
「このー、俺よりもレナを取るってのかぁ? その選択は間違いじゃないぞぅ。俺だってレナを取るからなぁ!」
「おいおい飲みすぎだぞ。送っていってやるからほら、飲むのをやめろって」
「俺は酔ってなんかいない、レナの可愛さを世に知らしめたいだけなんだぁ!」
気づいたら家のベッドで寝ていた。道具屋と飲んだ時の記憶はあいまいだ。年甲斐もなく飲みすぎたらしい。
うう、私のレナ。いったいどうしてしまったというんだ。
◆◆◆
◇◇◇
◆◆◆
レナと鎧を作り始めて数日たったある日。
俺は食事の後マーカスパパに呼び止められた。
何用かと思ったらパパはイラミーナ草を取り出したのだ。
ひしひしと怪しい感じがしたので、受け取るかどうか迷っていたところ、レナが怒っている理由を教えて欲しいと言われたのだ。
うーん、怒っている理由って言われてもな。レナは別に怒ってはいないし……。まてよ、もしかしてプレゼントの探りを入れられてるのか!?
それは教えられないぞ。ここまで二人で守り通した秘密だ。サプライズが事前に知られてしまったと知ったらレナが悲しんでしまう。
イラミーナ草は惜しいけど、レナは裏切れないね!
俺は体を縦に伸ばして何も知らないふりをする。
おれはよいすらいむだよ、なにもしらないよ。
さらに体を左右に振ってアピールする。
どうだ? 通じたか?
口をあんぐりと開けているパパ。
伝わったかな。そんな残念そうな顔をしないでくれ。すまん!
せめてもマーカスパパに素敵な鎧を送ろうと俺は決意するのであった。
数日後。
俺は鎧の完成に必要な材料を採取するために夜の街に出ている。
レナは一人お屋敷で鎧の作成中だ。
ちなみにグロリアが契約者の元を離れて行動することは、そんなに珍しいものでもない。
手紙を届ける鳥グロリアのキャリースパロウや、霧の深い地方で盛んなミストビーによる蜜集めなどはその一例だ。
まあつまり俺が一人外を歩いていても特段目立たないわけだよ。
おや、スーじゃないか。今日はレナちゃんは一緒じゃないんだな、などと声をかけてくる街の人もいる。俺は普段からクラテルの外に出っぱなしなので案外知名度が高いのだ。
まあそれはともかく、材料採取ミッションの途中で気になる光景をみてしまった。
「レナ~お父さんを許してくれ~。お父さんレナに嫌われたら生きていけないよぉぉぉぉぉぉぉ」
酒場の中でべろんべろんに酔っぱらっているマーカスパパとそれに付き合っている道具屋の店主だ。
ふーむ、ちょいと聞き耳を立てていたけど、どうやらレナが寝不足でご飯中に頭が回ってない事と、なんとか誕生日までに鎧を完成させるためにすぐに部屋にこもってしまう事を、マーカスパパを嫌いになったからだと勘違いしているわけか。
それはそれで困った話だな。
マーカスパパに喜んでもらおうとしているのに、逆に辛い思いをさせているなんて。
レナに相談しておくか。
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