053 ぐわぁ、目がー、目がー!

「いらっしゃいませー。今日のおすすめは金剛亀の甲羅を素材にした盾でーす」


 フリフリのフリルのついたスカートと袖の短いピンク色の服を着たレナが道行く人に声をかけている。


 ここは街の道具屋。その店の前だ。

 レナは今、道具屋の宣伝を行っているのだ。いわゆるアルバイトというやつだ。

 どうしてこうなったかと言うとだな……。


 マーカスパパの正確な採寸を終えた俺達は、『月間 俺の鎧』にお問い合わせ先として記載されていた道具屋にやって来た。もちろん『誰でも出来るお手軽鎧作成キット』を買うためだ。


 おおレナちゃん珍しいね、どうしたんだい、と迎えてくれたのは太めで少し頭が寂しくなった中年のおじさん。道具屋の店主だ。


 『月間 俺の鎧』を開いてお手軽鎧作成キットについて尋ねたところ、目星をつけていたキットは売り切れ中で、それでいて職人さんが腰をやってしまって次にいつ入荷するのか分からないとの事だった。

 もう一ランク上のキットなら在庫があるけど、と実物を見せてくれた店主のおじさん。

 レナはそれを大層気に入って、これにする! と目をキラキラさせていたけど、それだとレナのお小遣いではちょっと足りないことが判明したのだ。


 お小遣いの前借りをすればそこから足がついてしまうかもしれない。そうして悩んでいたところ、店主のおじさんが店の手伝いをしてくれたら値引きするよ、と言ってくれたため、レナはその話に乗ることにしたのだ。


 そうして今のレナの姿がある。


 アルバイトを行い始めて数日後にはレナ目当ての客がたくさん店に訪れるようになって、皆がレナのかわいい姿を目に焼き付けている。

 いつもであれば不埒な輩の排除に動くのだが、今回はレナの邪魔をするわけにはいかないため、我慢だ俺。


 あっ、おいこら、レナに触るんじゃない!


「いてっ、いててっ!」


 商品説明を受けるフリをしながらレナの肩に手を置いた不埒なおっさん! 成敗成敗成敗っ!


 俺が全力でやると大変なことになるので、かなり力をセーブしたうえで、おっさんのすねに連続で体当たりする。


「いだっ、ちょ、レナちゃん、スーを止めてくれよ!」


 ええい自業自得だ、悪漢よ去れ!


「売り子さんにおさわりは禁止でーす。ペナルティとして店外退去となりまーす」


「あちょ、そ、そんなー、いでっ!」


 ほらほらキリキリ歩け!


 結果、周りの客に笑われながらおっさんは道具屋を去る羽目になった。


「ありがとスー。スーは私の騎士様だよ」


 抱きかかえられた俺はレナのちっすをもらった。

 安心しろレナ。俺の目の黒いうちはレナには指一本触れさせないぜ!


 俺に目は無いんだけどな。




 レナのアルバイトは続く。


「今日のおすすめはフェニックスの尾でーす。ちょっとお高いですけど、先着一名様だけの特別奉仕品でーす」


 俺だ俺だとお高い品のゲットを目指す紳士諸君たち。


「はーい、酒場のマスターさんありがとうございまーす」


 代金をその小さな手で受け取り、おつりを手渡しで返す。

 そしてにっこりと営業スマイルで商品を渡す。

 そんな姿に店の中の紳士諸君らは次こそ俺だと色めき立つ。


「店内が盛り上がってきたのでもう一品だしまーす。世にも珍しいローレライの涙でーす。本日はこの商品に加えて当店自慢、20年所有者が現れなかった伝説の武器、破壊鬼棍棒はかいおにこんぼうをセットでお付けしまーす。なんとこの2点がたったの――」


 おいおい、20年所有者が現れなかったってそれ売れ残ってたやつじゃないのか? それにローレライの涙はかなりの高額商品だぞ?

 たったの、って言ってるけどしれっと鬼棍棒の金額も加わってかなりの値段だからね。月給何か月分だからね。


 レナのきわどい攻めにハラハラしながら成り行きを眺める俺。


 客たちは冷静さを失っているのか、俺だ俺だ、伝説の武器を手にするのは俺だ、などと口走りながら商品を奪い合い始めた。


 レナに隠されていた商才を見た俺は、うんうん、これは行く末は世界を股にかける大商人だな、などと親バカなことを考えるのだった。


 そんなこんなで記録的な売り上げを更新した道具屋。

 もう数日間アルバイトは続く予定だったが、十分に儲けさせてもらったよと店主は礼を言ってきてアルバイトは終了となり、レナは目的のお手軽鎧作成キットを入手したのだった。


 ◆◆◆


 ――トンテンカントンテンカン

 ブライス家に金属を金槌かなづちで叩く音が響き渡っている。


「ねね、スー、この部分はこんな感じでいいかな?」


 レナが今作成している部分は肩パッドの部分になる。

 うむ、見事な曲線だ、さすがレナ。


 ――ギンギンギンッ


「ねえスー、うまく穴が空かないよ」


 さすがにレナの力で金属に穴をあけるのは難しいか。

 えーと、ここが穴をあけるところだな。ぴゅっ。

 俺は酸化作用のあるゲル状の物質を、説明書に記された穴あけ部分にうまく吹き付けた。

 レナに害の無いよう弱めの物質にしてるので、1日置いておく必要がある。1日後にはその部分はモロモロになってレナの力でも穴をあけることが出来るだろう。


 こんな風に鎧づくりを始めたある夜。


 ――トンテンカントンテンカン


 いつもの通り金属をたたく音をたてていると――


 ――ガチャリ


「レナ、いったいなにを――」


「あ、お父様、見ちゃだめー!」


 響き渡る音を奇妙に思ったマーカスパパがレナの部屋に訪れたのだ。


「ぐわぁ、目がー、目がー!」


 俺は咄嗟にマーカスパパに飛びかかり、自分の体でマーカスパパの目をふさいだので、俺たちが何をやっていたのかはバレてはいまい。

 視界を奪うために追加でスミのように真っ黒な液体を目に点眼しておく。液体は栄養満点なのであとでおめめスッキリだ。


「出て行ってお父様! ノックも無しにレディの部屋に入るなんて紳士の行いじゃありませんわ!」


 レナはプンスカ怒りながらマーカスパパを部屋の外に追い出すのだった。


 なんとか誤魔化せたけど、この事件以降ブライス家のお屋敷の中で作るのは秘密保持に限界があると悟った俺とレナ。


 材料を持ち出して王立学校で作ることにした。

 特別に作業部屋を貸してもらって、トンテンカントンテンカン。

 もちろん授業が終わってからの作業だ。

 授業が終わって数時間。バーナには事情を説明して遅く迎えにきてもらうようになっている。


「ご馳走様でした。さあ行きましょスー」


 ご飯が終わればすぐに部屋に。マーカスパパが何かを言いたそうにしていたが、また後にしてくれよな。


 音の出ない作業はお屋敷で行う。金属の腐食を防ぐ薬品を塗ったり、きらめくカラーの塗装を行ったりと、寝る時間を削って作業を行うのだ。


「ふわーわ」


 大あくびをするレナ。

 眠いとはいえ、はしたないぞレナ。鎧づくりもレディとしての立ち振る舞いも両立しなくてはだめだ。


 こんな状況が鎧の完成まで続くのであった。

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