052 お父様の誕生日

 ある日の昼下がり。暖かな日の光が窓から入って眠気を誘うような、そんな穏やかな時間。


「うーん、うう~ん」


 なにやらレナがうんうんとうなっている。


「んーんーんー」


 一体どうしたっていうんだ?


 椅子に座ってうなっていたレナは両腕を上に伸ばして背伸びすると、椅子から立ち上がってベッドへとダイブした。


 どうしたんだレナ、お嬢様としてははしたないぞ?

 俺はぽよぽよと跳ねてレナのそばに寄る。


 枕にうずめた顔を少し上げて、俺の姿を確認するレナ。

 目だけで何かを俺に訴えているが、さすがに分からないぞ。


「んー、んー、ねえスー、もうすぐお父様の誕生日なの。去年はレナが修行してたから時間が取れなくて素敵なプレゼントができなかったの。だからね今年は凄いプレゼントにしようかと思うんだけど……。何がいいのか決まらないの。うーん、うーん」


 なるほどマーカスパパの誕生日プレゼントについて悩んでいたのか。パパが喜びそうなものは結構沢山あると思うけど、「凄い」というワードがネックになってるんだろうな。

 一言で「凄い」といっても漠然としてる。どんなふうに凄いのか方向性を絞らないと。

 凄く珍しい物なのかとか、凄く愛情を込めた物なのかとか。

 その中でどれが一番凄く喜んでくれるかだよな。


 マーカスパパはレナを溺愛してるから、何をもらっても喜んでくれると思う。ぶっちゃけ肩たたき券でも涙を流して喜んでくれるだろう。


「レナ、もうお子様じゃないから、レディとしての贈り物をしたいの」


 うぐっ、肩たたき券は却下だな……。

 レディとしての贈り物ね。つまりはおしゃれでエレガントな。

 帽子とかネクタイとかハンカチとかだろうか。


「でも、帽子とかネクタイとかハンカチとかじゃあ凄いって感じにならないし。お父様おしゃれだから結構沢山もってるの。同じようなのが増えても喜んではもらえないわ」


 うーん、やっぱり沢山喜んでもらえるものってことだよな……。

 そうだ!


 俺は一つ思いついたことがあって、ぽぽぽぽと小刻みに跳ねてレナの部屋を出た。


 レナこれはどうだ?


 俺が持ち帰って来たのは一冊の本。


「それはお父様が読んでた本。そうだわ!」


 そうそう、マーカスパパがうっとりため息をつきながら読んでいた本、『月間 俺の鎧』だ!

 いい、非常にいい、と言いながら怪しげな目をしながら読んでいた。

 俺には分かる。これは男のこだわりでありロマンなのだ。


「うん、いいよスー、これいい! 鎧を贈りましょ!」


 早速本を開いて、二人してベッドに寝転がりながらどれがいいかなと内容をチェックする。


「ねえねえスー、これキラキラでかっこいいよ、ギガンティックプラチナムアーマー! あ、こっちのはピンク色でかわいい! この勇者の鎧|(レプリカ)も青色で綺麗!」


 本というよりは通販カタログ見たいになっている本書には色映えする絵が描きこまれている。購買意欲をあおるにはもってこいな内容となっているが……。


 レナ、ちょっと金額を見てみるんだ。


「えええ! 鎧ってこんなにお高いのね! 知らなかったわ。どうしよう、お小遣いじゃとてもじゃないけど買えない……」


 ぺらりぺらりとページをめくる。

 どのページにも目が飛び出るような価格が記載されている。


 ぺらりぺらり。ふーむ、鎧を作る職人さんか。

 この世界は平和で争いごとはほとんどない。戦いと称されるものがあったとしても人対人ひとたいひとではなくてグロリア対グロリアで行われるため、鎧なんてものは必要なく、王宮で使われる儀式用の側面が強い。そのため現代日本と同じように高価な芸術品として昇華されてきたのだ。


「そうだわスー! 作ればいいのよ!」


 うおっ、びっくりした。作ればいいっていうけどそんな簡単にはいかないと思うぞ。なんせ芸術品だ。素人が手を出せるようなもんじゃない。


「大丈夫よスー。ほらここ。誰でも出来るお手軽鎧作成キット。ねっ」


 ふむふむ。確かに簡単そうに見える。それにお値段が完成品に比べて格安だ。たしかにこれならお小遣いでなんとかなりそうだが……。


 レナの顔をちらりと見る。

 その目はキラキラしていて、もうこれで決定、これしかないわ! という強い想いをたたえていて、そんな目を見せられたらなんだか俺までヤル気になってきて……。


「そうと決まれば、まずはお父様の体のサイズを調べなきゃね」


 こうしてレナのプレゼント大作戦が幕を開けたのだった。


 ◆◆◆


 夜、マーカスパパが帰宅してきた。

 俺たちの作戦が静かに始まる。


「お父様お帰りなさい」


 1階のリビングで着替えを始めようというマーカスパパに、レナは飛びつくように抱き着いた。


「おやレナ、どうしたんだい?」


 正面からパパに抱き着いたレナ、その両手はおなか辺りを回り、後ろで一周……していない。どうやらちょっと届かないようだ。

 もちろんこれは作戦の一環だ。これは腹回りの測定。万が一にもパパにばれないようにこっそりレナの手で測るのだ。


「お父様、いつもお仕事お疲れ様です」


 よしいいぞ、自然に質問を受け流した。

 腹回りは終わったので次は背丈だ。


 よいしょ、よいしょ、とレナは椅子を持ってくる。

 そしてその上に乗ると。


「お父様、少し目を閉じてくださるかしら」


「お、おお。よし」


 娘が何を考えてるのか想像を働かせたのだろう、マーカスパパは目を閉じた。

 このシチュエーションなら愛娘からの熱いちっすだと言うのは疑いようもない。

 それを逆手にとって、マーカスパパの頭の上がレナの胴体のどのあたりなのかを測るのだ。


 身長を測る作戦には知恵を要した。レナの身長も伸びてきたとはいえ、背伸びしてもマーカスパパの身長には届かない。かといって手を伸ばして身長を測ろうとするとあまりに不自然だ。それらの問題を克服した作戦が、椅子の上に登ってちっすをすると見せかけて測ろう作戦だ。


「レナ?」


 いかん。想定の感触が一向にやって来ないことに疑念を抱かれてしまったぞ。


「お父様、ちゅー」


 目的がばれないことを最優先に、あたふたしながらほっぺにちっすするレナ。


「うおぉぉぉぉ」


 ちっすが終わって目を開いたマーカスパパは、感極まったように叫ぶと椅子の上でつぶらな瞳で見ているレナをまるで高い高いをするかのように持ち上げて、その場でぐるんぐるんと回りだした。


「おおおおとおおおおおさまぁぁぁぁぁぁ」


 その遠心力にレナは悲鳴を上げる。


 それにしてもマーカスパパって見た目によらず力持ちなんだな。

 5歳児ならともかく12歳にもなると、レナも重、げふんげふん、大きく育ってそんなに簡単には出来ないだろうに。


 高速回転が終わって、ヘロヘロになったレナ。

 そんなアクシデントがあってこれ以上の測定が無理となり、作戦は中断を余儀なくされた。


 この後、もっと正確に測る必要があるよね、ということになり、俺が体を膨らませて体内にパパを取り込むという暴挙に出て、ミリ単位の採寸を終えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る