051 わたくしの高貴なおしりに!

 歩いて登校する学生、俺たちのようにグロリアにのって登校する学生、多くの学生達がこの校門へと集まって来る。

 みんな学校に通えるほどのお金持ちなだけあって、付き添っているグロリア、乗っているグロリアも珍しいものが多い。

 おっ、あの女子生徒が抱えている宝石箱みたいなのはキラーボックスじゃないか? ちらりと鋭い牙が見えた。

 お金持ちなら貴重品入れとしてナイスなチョイスだな。


 そんなこんなで俺が辺りをきょろきょろしているうちに、俺たちを乗せたデュークモアは校内に入る。

 この後、女子達は女子校舎、男子達は男子校舎に向かうのだ。


 グロリアと一緒に生活するのが当たり前の世界のため校舎も広めに作ってあるとはいえ、デュークモアが入るには校舎内は少々手狭で、彼はここでクラテル行きとなる。

 俺は彼に比べると小型なのでそのまま校舎に入ることができる。もちろんレナに抱きかかえられたままだ。


 午前中はお嬢様学の座学の授業が行われる。

 5歳から行われてきた授業の延長だ。


 教室に入るとレナは自分の席に着席する。

 俺は辺りを見回すが……。

 ふぅ、今日も大丈夫のようだ。


 何を警戒してるのかって?

 いや、初日ね。俺が初めて学校に来たときは女子学生達にもみくちゃにされたのだ。


 あのブライスさん秘蔵のグロリア。普段から最高、かわいいと常々口にしているグロリアとは。と、クラスメイト達があれやこれやといいながら群がって。スライムは珍しい存在なので、それもあって一時周囲は騒然となったのだ。


 その時だったな。一人のクラスメイトが近づいてきて……。


「たかがスライムじゃありませんか、わたくしも昨日素敵なグロリアと契約(・・)しましたのよ」


 などと言い始めたのだ。

 見た目上級生かと思う背の高さと大人びた顔立ち、特徴的なのは左右2つずつ、ドリルのように巻かれた金色の縦ロールの髪。

 圧巻の合計4つの縦ロールが、まるでドローンのように、ってそれは女の子に失礼だったな。

 彼女の名前はクリングリンさん。かなりのお金持ちのお嬢様で……少々高飛車な感じを受ける子だ。


「あなた方、わたくしのグロリアを特別にお見せしましょう。出てきなさい」


 そういうと、銀色の扇のようなものを取り出し、そこからグロリアを呼び出したのだ。

 銀色の扇クラテルについていろいろ言いたいことはあるが、それは置いといて呼び出されたグロリアの話に戻る。


 自信満々に呼び出されたのは、銀色の流れるような毛並みが美しいアリストキャット。もふもふというわけではなく引き締まった体に流線型を思わせる尖り型のお顔。高貴な雰囲気が随所に漂う猫グロリアだ。


 素敵、とか、美しい、とか、神々しい、とか、そんな嗚咽のような言葉が女学生から聞こえ、アリストキャットに群がっていってしまった。

 俺への騒動が収まったのはありがたいが、これはこれでさみしい。


「綺麗な猫さんだねー。ね、スー」

 

 などと言いながら俺と一緒にその輪に加わるレナ。


「ちょっとブライスさん、なんであなたまで加わってるんですの?」


「えっ? かわいいから?」


 うん。ちょっとクリングリンちゃんの予想と違ったんだよね。

 きー、悔しい! っていうレナを想像してたんだよね?


「ま、まあいいですわ。その目に十二分にかわいさを焼き付けることね。おーほっほっほ!」


 予想とは違ったけど満足いく結果に終わったようで、クリングリンちゃんはご機嫌だった。


 その後、女子学生達の興味はアリストキャットから再び俺の方に移ったのは秘密だ。


 まあそんなことがあって警戒していたわけだが、新しいもの好きの女子学生達は、もうすでに別の事に興味が移ってしまっているようだった。


 ◆◆◆


 午前の授業が終わると午後からはグロリアを伴った授業が行われる。そしてその授業はコースごとに分かれているのだ。


 レナが所属しているのは素敵なレディを目指す令嬢科。それと対となる男子達の令息科。ほかにも騎士科や文官科などがある。

 令嬢科と令息科と違って、騎士科や文官科は男女が共に中央校舎で授業受けることになる。校舎や寮が分かれていて接触の機会が少ない男女もここでは共に学ぶことになる。


 ちなみに騎士科、文官科の学生も、午前は令嬢科、令息科の授業を受けている。そもそもこの学校が紳士淑女の育成が目的だからだ。

 

 俺以外のグロリアを所持していなかったレナは午後の授業の代わりにナバラ師匠の元に修行に行くことを特別に許可されていた。

 俺が復帰したので、はれて午後からのグロリア同伴授業に参加するようになったのだ。


 さーて教室のある校舎に向かうかー、と思いながら俺はレナに抱きかかえられたまま移動している。


 あれ? 確か校舎はあっちだったような?

 俺の思い描く場所とは違う方向に向かっているレナ。

 んー、俺の記憶違いか。登校して数日の俺よりも2年目のレナのほうがよく知っているからな。


 そんな感じで、とある部屋の前に到達する。

 扉の前には番犬のように大型の犬グロリアが鎮座している。その横をなんということもなく素通りしようとするレナ。

 お犬様がじっとこちらを見ている。俺はそのにらみに対してひきつった笑顔を返す。目も口もないけどきちんと笑えているだろうか⁉


 がちゃりとドアを開けた音がして、レナが部屋の中に入る。吠えられないか心配だったが杞憂だったな。


「もうみんな着替え始めてるね。どこが空いてるかなー、スーはどこがいい?」


 ん? 着替え?

 俺の耳に怪しい単語が入って来た。耳は無いけど。


 犬に割いていた注意を戻し、部屋の中の様子を伺う……。


 ぶぶーっ! ちょっとまって! だめ、だめ!

 この花園はダメ!

 

 なぜか女子学生達はお着替えをしている。なんで?

 いや今は理由はどうでもいい、問題なのは、ここが女子更衣室だってことだ。

 レナは俺の娘のようなものだからいいとして、人様ひとさまのお嬢さんはだめだ、倫理的に!


 俺はレナの腕の中から抜け出すと、辺りを見ないように自分の視界をオフにしてドアへ向かって跳ね進む。


「あっ、スー! どうしたの⁉」


 逃げる俺を捕まえようとレナの声が迫ってくる。

 すまんレナ! 俺はここにいることは出来ない! 後生だ、かんにんしておくれやす!


 ごすっ、と体を何かに打ち付けた。ええい、ドアは閉まったままか!

 なんとかドアを開けようと悪戦苦闘しているうちにレナに捕まってしまった。


「もースー、だめじゃない。どうしたの? 女の子がたくさんいるのが怖いの?」


 怖い! なんかいろいろ怖い! 後で訴訟になりそうで怖い!


 俺は体をうねうねとくねらせて再び脱出を図り、逃がすまいと踏ん張るレナの腕から抜け出した。

 しかし視界をオフにしているのでどこが出口か分からない。

 ぽよんぽよんと跳ねてその場から離れる俺。


「きゃっ!」


 床を大きく跳ねた際、何か柔らかなものにぶつかった気がした。

 これはもしかして…………。


「こらースー、暴れないの。ごめんなさいクリングリンさん」


「わ、わたくしの高貴なおしりに!」


 あ、本当にすいません……。

 見て無かったとはいえ事故なんです。今も見てないので許してもらえませんでしょうか……。


「ブライスさん! グロリアのしつけができてないなら入口に待機させておきなさいな!」


 一喝されて俺は部屋の入口に待機させられた。

 ちょっと当たっただけなのにねー、とレナは言ってたけど、すまんレナ、俺のせいで怒られてしまって……。


 授業まで時間も無いので俺はお犬様の横で待機して、レナは中で着替えるのだった。


 ◆◆◆


 午後の授業が終われば下校。寮へ帰る学生に交じってレナも帰宅の途に就く。バーナちゃんのマースピーガルガルルに乗ってブライス家に帰るのだ。


 平日は大体こんな生活を送っている。


 そんなこんなで俺はまたレナの膝の上にいる。

 夜ご飯はシテンシテン草だった。いいね!


 ご飯を食べて、お風呂に入って、トイレに行って。

 ひと段落してレナの部屋でくつろぐ俺。

 するとレナは机に向かい、なにやら書き始めた。


 最初は日記をつけるようになったのかなと思ったのだが、実は違う。レナは文通を始めたのだ。

 それを知った時、お相手は誰だ⁉ 男か⁉ ってなったけどそれは杞憂だった。

 お相手は王立学校本校の女の子。去年の交流会の時に知り合ったそうだ。


 俺はぽよぽよと跳ねて机の上に乗ると、その様子を伺う。


 この世界の文字体系は日本語とは異なる。だけど俺もスライム歴7年。読解の勉強に余念は無いぜ。当初は神カンペ頼みだったけどな。


「どうしたのスー? 何が書いてあるか気になるの? ふふーん、読んであげるね。どうしてかスーが更衣室で暴れ始めたの。嫌いな匂いでもしたのかな? 香水使ってる女の子も多いからねー。エミルさんのグロリアはそんなことある?」


 ってー、俺の恥の部分が拡散される!

 ぴゅっと墨のような黒い液体を手紙に吹き付ける俺。


「ああーっ!」


 せっかく書いたのに、と言いながらもどうやらその内容がNGだと察したレナは別の事を手紙に書いて。


「エミルさんのところまで届けてね」


 そういって、窓際に停まっていた小型の鳥グロリアのカバンに手紙を入れると窓から放った。

 あの鳥グロリアはキャリースパロウ。手紙を運ぶのによく利用されるグロリアでエミルさんが契約者マスターだ。


 夜間でも問題なく空を飛んで手紙を運んでくれる小鳥を見送り、レナはパタンと窓を閉める。


「明日も沢山楽しいことがあるといいね」


 さあ寝ましょ、おいでスー、と言いながら俺をベッドに招き入れるレナ。

 俺はいつもの通り抱き枕役をこなして、そうやって一日が終わる。


 今日も一日お疲れ様。

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