047 side story カミャム・ニルール その2

「荒ぶるあの子をどうやって鎮めるか……。でも、召喚主を食べようとするグロリアなんて聞いたこともないんですが!? ううーん、文献にある似たような情報はブツブツブツブツ……」


 何故か自分の考えを口に出しながらダッシュするカミャムだが、そんなことをしていると――


「ふひい、こんなことなら運動しとけばよかった」


 もともとインドア派で体力のないカミャムがしゃべりながら全力疾走することによって、すぐに残存体力は失われた。


 後ろから跳ねて追ってくるスライム。その差は徐々に縮まりつつあり、逃げ切れない事は明白だ。


「はあっ、はあっ、ちょ、ちょっとタイム。休憩を、所望する、はあっ、はあっ」


 もちろんそんな願いは聞き入れてもらえず、すぐ真後ろまでスライムは迫っている。


「そう、いえ、ばっ!」


 カミャムは白衣のポケットをガサゴソとあさり始めると、中にあるお目当てのものを取り出して後方のスライムに投げつけた。

 いや、これは投擲する目的のものじゃない。

 スライムの視界を横切って山なりに飛んで行ったそれは――鶏肉とりにく


 あれはこの世界では広く食べられている鶏肉とりにくの一つ、ファントムターキーの分身体だ。

 なぜにポケットに鶏もも肉(調理済み)が入っていたのかは問うまい。


 放物線を描く『おにく』。

 スライムは跳ねるのを止め、その飛行物体に注意を割く。


 どさりと落ちた鶏肉とりにくに視線を定めると、飛び掛かる、のかと思われたが、落ちた事を確認するだけで興味を示さず、再びカミャムを追い始めた。


「うひょおお、お肉に興味を示さないなんて! あっちの方がおいしそうですよ。私なんかガリガリですからおいしくないですよお! もしかして骨派? 出し茶漬け派ですかぁ!?」


 追いかけっこが再開され、再びカミャムは追いつかれそうになる。

 絶体絶命、神にも祈るそんなシーンに都合よく助けが!


 空を飛ぶはぐれグロリアがそんな地上の様子を目にしていたのだ。

 そして、地面を跳ねるスライムを黄土色に光る豆だと思ったのか、スライムに向かって急降下する。

 小型だが鋭いくちばしをもった鳥グロリア。Cランクのロックペッカーだ。自身の体長と同じくらい長いくちばしが自慢で、岩をつついて穴をあけるほどの威力がある。あのくちばしで突き刺されたら大けがを負うだろう。


 空気を切るような音が聞こえ、空からの捕食者の固く鋭いくちばしがスライムを捕らえる!

 という所で、スライムは先ほどとカミャムに襲い掛かった時と同じくぶわっと体を大きく広げ、逆に鳥グロリアを捕獲してしまった。


「ふひぃん、はあっ、はあ、な、なんで私の投げた肉には反応しないのに、飛んできたグロリアには反応してるんです? 死んでるか生きているかですか? いや、もしかして輝力に反応してるんですか?」


 無視されたファントムターキーの分身体には輝力は無い。襲われたカミャムと鳥グロリアは輝力反応がある。正確に言うとはぐれグロリアは輝力ではなく瘴気で活動しているのだが。


「い、いや、それは後で考えるとして、今のうちに契約を」


 カミャムはぶにぶにと体をうごめかして鳥と格闘するスライムとの距離を詰める。

 ロックペッカーに気を取られている今ならこのスライムを従えることも可能だろうと判断したのだ。


「はひぃ、はひぃ。ふー、すー……」


 正しく契約の言葉を発音するために息を整える。


「いよっし!」


 カッと目を見開くと正方形のクラテルを掲げ、契約の言葉を述べる。


「カミャム・ニルールの名において、汝、Qちゃんを我がグロリアとせん!」


 契約の言葉の中、『汝』の後に入るのが契約するグロリアの名前となる。つまりは、Qちゃんというのがカミャムがあのスライムにつけた名前となる。


 カミャムの体が青白く光を放ち始め、それがクラテルに伝播し……クラテルから一条の光がスライム『Qちゃん』に放たれる。

 そして、捕食を終えたQちゃんの体が光り始め……契約が結ばれたことを示している。


「ふっふっふ、契約成功ですね! これで簡単に私を襲う事はできませんよ! さあ究極グロリアのQちゃん、クラテルで大人しくしていなさい!」


 契約を結んだことによりクラテルに出し入れが可能となったことで立場が逆転する。

 少し体長が大きくなった黄土色のスライムに、がっしり握ったクラテルを向けるカミャム。


 Qちゃんは体を震わせて抵抗の意思を見せていたが、光の泡沫となってクラテルに吸い込まれていった。


 ふひぃ、とその場にへたり込むカミャム。

 その手の中の金属製の正方形を見つめながら首をひねり、その存在について考察する。


「人を食べようとする見たことのないスライム。もし新種なら学会で発表するまで誰にも見られるわけにはいきませんね。いきなり発表されるセンセーショナルな内容で度肝を抜かせてやりたいですからね!」


 そんな最高プランを立てて、にしし、と笑みを浮かべている。


「そうと決まれはさっそく生態調査しましょう! 場所は……だれもいないところ誰もいないところ……。ダグラード山脈がよさそうですね。あそこならQちゃんの食欲、もとい生態を調べるにはもってこい! Cランクグロリアをひとのみするほどの力があるならそうそう遅れはとらないはずですからね。自分の虹色の頭脳が恐ろしい!」


 カミャムは思い立ったが吉日きちじつと自室へと戻り、師匠への置手紙を残し、旅の支度を整えると、近くの街へと向かうのだった。


 ◆◆◆


 師匠の元で研究に励んでいるグロリア研究家は見習い扱いであり、例外なく貧乏だ。師匠の研究の手伝いを行った対価である雀の涙ほどの賃金で生活をやりくりしなくてはならない。それはカミャムも例外ではない。


 ダグラード山脈に行くためには旅費が必要だ。歩いて行ける場所ではない。

 空から行くか陸から行くか、その二通りとなるのだが、手持ちのお金が少ないので高額な飛行グロリアによる旅客業者には頼むことは出来ず、安価な陸路の乗合馬車で山脈のふもとの街まで向かう。

 そこからはさらに別便。スモークキャタピラーに乗って山間部を進むのだ。


 全長2mを超える大きな芋虫のスモークキャタピラーはグロリアが嫌う煙を常に噴き出していて、その効能を最大限に生かした運送業者がスモークキャタピラー運送である。


「おや、虫よけですかい?」


 芋虫グロリアの契約者マスターであるスモークキャタピラー運送のおじさんが、なにやら後ろでガサゴソしているカミャムの様子を見て問いかける。


 カミャムはガラスの容器に入った液体を顔に、手に、足にと余すところなく塗りこんでいるところだ。


「そんなもんです。なんせ危険な森の中ですからねぇ」


 いつものテンションとは違って歯切れの悪い返答のカミャム。

 手に持った容器には『シミのないお肌に』やら『うるおいが一日中続く』などと書かれている。


 おじさんとカミャムはふもとの街で打ち解けている。

 スモークキャタピラーを見るなり物珍しさに抱き着いたカミャム。頬ずりしたり、もちもちした足をぷにぷに触ってみたり、吐き出している煙を大きく吸い込んでみたり……そして吸い込んだ煙に激しくむせ込むまでのテンプレをかましてしまう。

 契約者マスターであるおじさんもビックリドッキリだったが、自分のグロリアを褒められて、ここまで好いてもらえて悪い気はしない。

 そんなカミャムのために、普段は近寄ることもないダグラード山脈まで運んであげることにしたのだ。


 のすのすとゆっくり進む芋虫の背中で揺られて数時間。さすがにこれ以上は進むことが出来ないとおじさんが言うため、カミャムはここいらで降りることにした。

 ほぼ無賃乗車なのに2日後にまた迎えに来てくれると言うのでありがたく厚意を受け取ることにした。


 おじさんと別れて森の中にただ一人。

 遠くでははぐれグロリアの鳴き声がぎゃーすぎゃーすと聞こえてくる。


 おじさんは帰ってしまったが、もう少し奥に行かなければ自分と同じような考えでここを訪れる他の誰かに見つかってしまうかもしれない。

 そうなってはここまで来た意味の大半が失われてしまう。


 幸い現在地はまだ山麓よりは遠く、危険なAランクのはぐれグロリアも生息していないとされている。

 土地勘は無いが、地図とコンパスがあれば少し奥に行くくらいは大丈夫だろうと思い、カミャムは森の中を進み始めた。

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