045 お別れは爽やかに行きたいけど実はバレバレ
この子、身長の割には軽いな。ちゃんとご飯たべてるんだろうか。
俺は背にカミャムを乗せてベッドへと運ぶ途中そう思った。
ふひっふひっ、マタタビドラゴンとツインテールキャット、うひひひひ、などというカミャムの寝言が耳元で聞こえてきてぞわぞわした。耳は無いんですけどね。
カミャム療養部屋に着いたものの、この汚っこく匂う体のまま布団に寝かせるのは忍びない。とは言え水浴びさせようにも本人がこんな状態だから難しい。
俺は仕方なくだ液まみれのカミャムを体内に取り込んで、唾液を綺麗に消化して、その代わりに治癒作用とアルコール分解作用のある物質を飲ませてから、布団の上にカミャムを吐き出した。
綺麗になったカミャムがすぅすぅと寝息を立てていることを確認し、そうして俺は自分の寝床へと戻った。
俺は寝床として用意されている木製の桶の中ににゅるり込む。
サンロードスライムに進化して体は縮んだので、慣れ親しんだこの桶も大きく感じる。
この寝床とも明日でお別れだ。
2年か。長いようであっという間だったな。
感傷に浸ろうとしていた所、バタンと物置の扉が開かれて、何事かと思った俺は有無を言わさずリゼルに
酒臭い。これはまだ酔っぱらったままだな。今日はいつもに増して飲んでたからなぁ。
まあ酒を飲んだ日にはよくある事だから、ここはなされるがままでいこう。
リゼルは自室に俺を連れ込むとベッドに入り、いつもどおり俺を抱き枕代わりにつかう。
むにゃむにゃ、前の方がおおきくて抱き心地がよかったけど、このサイズはこのサイズでいいな、などとうわごとを言っているリゼル。
最後だからサービスしておくかと思い、俺は体を膨らませて……まるでウォーターベッドのように形作るとリゼルを上にのせて、一名様ごあんなーい、と言わんばかりにずぶずぶとリゼルの体を沈み込ませて全身を包むようにして、ひんやり夢心地ベッドを提供する。
追加サービスとして安眠できるように心が落ち着く成分を作り出して体に塗りこんであげた。
ボディマッサージ機能付きだぞ。どうだリゼル、そこらへんのスライムには真似できまい!
むにゃむにゃ、うーん、もっと、などと言いながら、ご満悦のリゼル。
2年間ありがとうリゼル。
厳しかったけど、いろんなグロリアと出会えて、いろんな体験をして、楽しかったよ。厳しかったけど。
もしリゼルが困った時は、今度は俺が力になるからな。いつでも呼んでくれよな。
どこにいてもすっ飛んでくるよ。
ありがとうリゼル……。
そうして俺も眠りへと落ちていった。
◆◆◆
翌日、ブライス家。
お屋敷の外には俺とリゼル、レナとマーカスパパ、ライザママが並んでいる。
今からここでグロリア譲渡契約が行われるのだ。
つまり俺が正式にレナの元に戻ることになる。
なぜお屋敷の中ではなく外で契約を行うかと言うと、それはリゼルの提案だった。
リゼルは理由を言わなかったけど、俺には分かる。
リゼルは爽やかな笑顔のままのお別れを望んでいるのだ。
外の場合はすぐにお別れができるけど、家の中で行った場合はお屋敷から出るときまでに未練が生じてしまって、お別れを笑顔でこなす自信が無いってことなのだろう。
わかる。俺なら3回くらい泣く自信があるね。
俺とリゼルの仲だからそんなこと気にしなくていいんだが、それでもリゼルがそう希望しているというなら希望どおりにしてあげたい。
そういう意図ならここで立ち話を始めずに、早めに契約を済ませてしまうほうがいいだろう。
リゼルを見上げると、リゼルはこくんと小さく頷いて、俺を自身の円柱形のクラテルの中へと戻す。
「それじゃあブライスさん、始めます」
「ああ。さあレナ、クラテルを」
マーカスパパの言葉に無言で頷くレナ。
前回俺がリゼルの元に譲渡されたときは、譲渡元が未成年のレナのため守護者のマーカスパパの追認が必要だったけど、今回は成年のリゼルから譲渡契約を行うため、追認は必要ない。
レナはその小さな手のひらに正方形のクラテルを乗せる。俺のためのクラテルだ。
笑顔で見つめ合うレナとリゼル。
見上げるレナ、見下ろすリゼル。二人が正方形のクラテルと円柱型のクラテルを交差させる。
そんな様子を俺はリゼルの手にしたクラテルの中から見ている。
「
何かに引っ張られるような感覚の後、俺はレナのクラテルへと移動した。
二回目にもなると慣れたものだ。
「これでよし、と……。スーは確かにレナの元にお返ししました。私の仕事はこれで終わりです」
淡々と、感情をこめていないかのように淡々と。
リゼルはそう述べた。
「出ておいで、スー!」
レナはクラテルから俺を出す。
クラテル越しの視界から自分の感覚器官直接の視界へと変わる。
正面に立っているリゼル。
爽やかな朝の風が彼女の髪の毛を揺らしている。
リゼル、今までありがとう。
寂しいけど――
「おっと、湿っぽい挨拶はお断りだ。またな、スー。
私の結婚式には来てくれよな!」
俺の想いを感じ取ったのか、途中でリゼルは言葉を挟んだ。
「結婚式! レナも招待してください!」
すごい勢いで食いついたレナ。
びっくりした。
胸の前で両腕をふんすガッツポーズにしちゃってまあ。
「ああ、もちろんだとも。私のスーパー王子様を目に焼き付けてもらうからな」
「リゼルさんの結婚式かぁ、ウェディングドレス姿綺麗だろうなぁ」
ほわんほわんとその姿を想像しているレナ。
女の子はやっぱり結婚って憧れなんだな。
とは言え、なんかすでに婚約者がいるように聞こえるような発言だったが、誤解を与えないか?
実際はまだ彼氏もいないんだぞ。結婚式なんて気が早いってもんだ。
だ、け、ど、早めに再会したいから頑張ってくれよな!
何をおっしゃるスーさんや、この私にかかれば男の一人や二人おちゃのこさいさいよ! というリゼルの思いが伝わってくる。
俺とリゼルは見つめ合い、ニヤリと不敵な笑みを交わした。
「それではブライスさん。レナ、スー。また会おう!」
そう言うとリゼルはヒーランに乗って大空へと飛び去って行った。
俺たちはその姿が小さくなって、点のようになって見えなくなるまで見送った。
「さあスー、ご飯にしましょ!」
トントントンとステップを踏むように軽やかに、レナはお屋敷へと向かう。
俺はぽよぽよと跳ねてその後を追う。
ガチャリと大きな茶色のドアの取っ手をひねり、レナが扉を開け――
「お帰りなさいスー!」
満面の笑みで俺を迎え入れてくれるのだった。
ただいま、レナ。
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