043 草食だけど落ち葉ばかりは食べたくない

 帰る前にナバラ師匠とは密約を交わしておいた。

 リゼルがグロリアであることを秘密にしておく代わりに俺が高度な知能を持ったスライムであることを秘密にしてもらうという寸法だ。お互いが秘密を持ち合うことで強固な密約とするのだ。

 俺は元々リゼルの正体をばらしたりするつもりは無いが、俺だってレナには知られたくないという事情はあるからな。これが知略というやつだ!


 さて帰るぞとなったのだが、カミャムを体内に取り込んでいる俺はクラテルの中に入ることは出来ない。俺だけ光の粒になってクラテルに吸い込まれ、カミャムは取り残されてしまうためだ。

 そのため、ヴァリアントホークヒーランの足でつかんでもらって帰宅した。

 キラリと光る爪は体に突き刺さってるし、自分でぶら下がっているのではないため何かあったら落下してしまうのではないかという恐怖と戦いながらの帰路だった。


 リゼルの拠点ベースに戻ってきた俺達。

 移動中にカミャムの応急処置は完了し、今は客室のベッドで寝ている。


 残った俺、レナ、リゼル、ナバラ師匠は食堂で顔を合わせているところだ。


 昼飯時には少し早く、ただただ情報のすり合わせのために集まった食堂。とはいえ何もないのは味気ない。しかしながら、リゼルの拠点ベースに人はめったに訪れる事がないため、茶菓子などが常備してあったりはしないし、もちろんお子様が来ることもないので甘味もなく、とりあえずは新鮮な湧き水が注がれたコップが皆の前に配置されたのだ。


 レナの教育に悪いから昼間からリゼルが酒を飲もうとしたら止めるつもりだったが杞憂だったな。


 そんな事情はさておき、俺はリゼルが気絶していた間の事をリゼルに伝え始める。

 食堂のテーブルの上で身振り手振りを交えて熱心に伝える俺。

 知らない人から見るとスライムが体をぷるぷると震わせているだけに見えるだろう。

 だけどここにいるメンバーはスライムの扱いに長けている。俺の伝えたいことはある程度伝わっているはずだ。

 リゼルもうんうんと頷いているしな。


 それなりに意思疎通が出来るとはいえ、残念ながら細かいニュアンスなどは伝わらない。

 そのため詳しい伝達事項はナバラ師匠との念話を通じて行い、ナバラ師匠がその現場を見ていた体で話してくれた。


 その際には、ヒューマンイーターの詳しい情報等、神カンペで得た情報については触れてはいない。俺はただのスライムなのだから。うんうん。


 一通り話を聞き終えたリゼルは、ふうっと小さなため息を一つついて口を開いた。

  

「そうだったのか……。

 スー、ありがとう。私を助けてくれたんだな。

 それと、進化おめでとう。

 私の所にきて2年。一向に進化しないから何かきっかけが足りないんじゃないかと思って、ダグラード山脈に連れて行ったけど、正解だったな」


 改めておめでとうって言われるとなんだか照れ臭い。

 だけどまあ悪い気はしないな。


 照れ臭くてちょっと体をくねらせている様子をじーっとレナに見つめられてしまった。


 おほんおほん、しかしまあリゼルはスパルタすぎるんだよな。

 キルベス先輩がいなかったら10回くらいは天に召されてるところだったぞ。と、まあ苦情を言いたいところだが、そんな所も含めてここにいるグロリアはみんなリゼルの事が好きなんだけどな。


 ツンツンとリゼルが俺の体を指でつついてくる。


「スーのこの姿、私も見たことがない。それに消費する輝力もかなり多い。師匠はご存じですか? このスーの種族を」


「それの事なんじゃがな、スーがこの見たこともない姿に進化したことは世に知られてはまずい。分かるなリゼル。

 文献のどこにも載っていないようなそんな新種のグロリア。好奇の目で見られることはもちろん研究対象として引っ張りだこになるじゃろうし、連れ去られて珍しいものを欲しがる金持ちの道楽の犠牲になってしまうかもしれん。

 お主の元にいるのならまだしも、スーはレナの元に戻り平穏な生活を送るのじゃから」


 俺とレナの仮契約は解除され、今はリゼルが俺の契約者マスターに戻っている。

 とは言え、レナが俺と再契約するのに十分なグロリア許容量を得たことは、仮契約を行って戦ったという話から伝わっているはずだ。


 俺がレナの元に戻る。

 最初から想定されていた事だけど、改めて言葉にされて、リゼルはそのことを強く実感したようだ。

 長い付き合いじゃないと分からないと思うが、そのすました表情にほんの些細に現れている。


「とは言え師匠、このまま戻しては周囲に知られるのは必然だと思いますが」


「うむ。じゃからこうするのじゃ」


 ナバラ師匠は椅子から立ち上がると、両掌を広げて俺にかざす。


 なんか波動のようなものが俺の体に降り注ぐと、俺の真紅の体は色を変えていき、波動が収まるころには全身オレンジ色になってしまっていた。


「これは……。スーの姿が変わってしまった。進化、ですか?」


「いいかリゼル、そしてレナ。今わしが行ったことは誰にも言うでないぞ。スーはワシの力で見た目を変えておる。ネーブルスライムにな」


 ナバラ師匠って直接質問に答えずに別の返答すること多いよね。ちょっと分かってきた。

 

 さてさてネーブルスライムなのだが――


 『ネーブルスライム:Dランク

  落ち葉などを好んで食べることで体がオレンジ色になったスライム。まるで柑橘系の果物のように見えるのでこの名前がついている。秋から冬にかけて一年分の落ち葉を食いだめし、また次の秋まで備える。そのため冬を超えるころから次の秋までは徐々に体の色が薄くなっていく』


 Dランクで、それなりによく見かけるから噂にもならないだろう。

 その点で行くと良いチョイスだ。

 でもさ、落ち葉が主食なのはいただけないな。これからずっと落ち葉ばっかり与えられるかもしれないぞ?

 変更を希望する!


『変更はできん。我慢せい。それにレナはお主に落ち葉ばかり食わしたりせんじゃろ』


 まあそうだけど……。


 そ、そうだ、あれですよ師匠、徐々に体の色が薄くなっていく所まで再現できるんですか?

 他のネーブルスライムに混じった時に色が違うと面倒事が……。


『……』


 ナバラ師匠は無言のまま再び俺に波動を浴びせると、俺の体は赤色に姿を変えた。


「今度はスーがレッドスライムになった!」


 うん。これなら元の色と大差ないから違和感はないな。


 『レッドスライム:Dランク

  Dランクに属するスライム族の中では上位に位置する赤いスライム。舌がピリピリするような赤色の液体を噴出するが毒ではなく、むしろ代謝を活性化させる効果を持っている。そのため大型のグロリアが群がってレッドスライムの体を舐めている姿をよく見かける』


 うんうん。レッドスライムもDランクだし、赤色の液体を出す練習をしておけば目立つこともないだろうし、なによりレナには赤が似合うぞ。


「あの、師匠、良く分からないのですが、見た目だけ変わっていて、中身はさっきの新種のスライムのままなのですか? 輝力消費量が先ほどと変わらないのですが」


 どうやらリゼルはナバラ師匠のこの能力の事を知らないようだ。

 やはり自分にかけられた猫耳猫尻尾隠しの事も知らないのだろう。

 それを良いと取るか悪いと取るかだけど、人間であれグロリアであれリゼルがリゼルであることには変わりない。

 リゼルはスパルタで酒好きでちょっとだらしなくて、でも人前ではビシッと決めていてカッコいい。それが変わるわけじゃないんだから。


「そういう事じゃ。くれぐれも他言するんじゃないよ。ワシの事もスーの事も」


 レナとリゼルが二人して強く頷いて、全員で秘密を誓い合った。


 その後、ナバラ師匠とレナは一旦師匠の拠点に帰って行った。レナの修行も終わって帰宅の準備をするためだ。レナは学校に通いながらの修行だったけど、私物を師匠のところにおいてたりするからだ。


 数日後にブライス家で正式に譲渡契約を行う事となる。


 そして俺たちはと言うと、恒例のおめでとう&さよなら会を行うのだ。

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