042 リゼルとの魔境探検 リゼルの秘密

 ヒューマンイーターの存在は消え去り、周囲に危険な気配もない。

 フォートレスタートルの襲来から始まった長い戦もようやく終結だ。

 これで安心してリゼルの毒を中和することが出来る。

 

 おれはぽよぽよと跳ねてリゼルの元に向かう。

 もちろん体内で治療中のカミャムに配慮して、振動を外に散らすようにスライム細胞を動かしているのは言うまでもない。


 リゼルに謝らないといけないな。

 何を謝るかって言うと……実はさっき輝力不足で体温調節が出来なくなった時に、リゼルからもらったプレゼントが消失してしまったのだ。燃えてしまったので消失というか焼失。

 失ったプレゼントとは、昨日貰ったマフラーと……あとグロリアランドでもらったマッドキノコの干物の事だ。

 マッドキノコの干物は食べる機会をうかがったままずっと体内で保管してたんだけど、燃え尽きてしまうなんて不幸な事件だった……。

 キノコは市販だけど、マフラーは貴重な素材って言ってたしなぁ。面目ない。


 そんなことを考えながらリゼルの倒れている場所に到着する。

 ナバラ師匠が毒消しを飲ませてくれたみたいだが、そんなに効きは良くないようだ。

 横たわったリゼルは未だにぐったりとしていて、顔色も悪く目を閉じたままだ。


 師匠が手に持った瓶のラベルから、投与したのは毒をもつ鳥型グロリアのポイズンチキンから作られた市販の毒消しという事が分かる。

 一般的に毒と言っても無数に種類があるのでそれに対応した毒消しを用意する必要があって、対応していない毒には効果が無い事が多い。その点、このポイズンチキンの毒消しは結構広い種類の毒に聞くから便利と言えば便利なのだ。お高いんですけどね。

 そんなお高い薬も、残念ながらヒューマンイーターの毒にはあまり効果がないようだ。


 やはりここは俺の出番だ。市販の解毒剤には負けていられない!


 ナバラ師匠、今から俺が解毒します、と体を震わせて伝えてみる。

 伝わるのか不安だったが、師匠が無言で頷いたので伝わったのだろう。


 さあリゼル、待たせたな。

 俺は体を膨張させる。

 今俺の体内にはカミャムがいて、リゼルが入るには手狭なのだ。

 本来の俺はバスケットボール大なんだけど、実は体の大きさを変えることが出来るようになったのだ。多分一軒家くらいまで大きくなれて、テニスボールくらいまで小さくなれると思う。

 後で試しておこう。


 膨らんで体積を増やした俺の体にニュプリとリゼルを取り込んだ時、ふと何かの違和感を感じた。

 なんだったかな……。


 あー、なんだったか、こう、思い出せそうで思い出せない。

 思い出せないのならその程度の内容のはずなので忘れてもいいと思うんだが、うーむ……。


 とりあえずモヤモヤをよそに、解毒を開始する。

 まずは俺のスライム細胞で呼吸器を満たして、リゼルが吸引することで取り込んでしまった毒を洗浄する。体内に吸収されていない毒が残っていたらこのあとの解毒にも時間がかかってしまうからな。

 呼吸器洗浄が終われば解毒剤の経口投与だ。

 ヒューマンイーターの毒は解析済みなので俺の作り出す解毒剤は効果てきめんのはずだ。

 それでも人間の代謝機能を利用するのでリゼルの体力にも影響される。弱ってしまわないように一緒に体力回復作用のある物質も投与する。


 これでとりあえずは一安心。後は解毒が終わるのを待つだけだ。


 俺はほっと一息つく。


 だけども俺の中には先ほどのモヤモヤが残ったままなのだ。

 うーん、うーん。なんかこう、すごい事だった気がするんだが。

 何だったかなぁ。

 レナとの再会でいろいろぶっ飛んでしまった感じだ。


 大人二人が入れるくらいの直径4mはあろうかというスライムボディ。

 その真紅の体に手を触れて、中の二人の様子を見ているレナ。

 ピンク色をしたフードというか帽子というか、そのとんがり帽子がグロリアの角みたいでカワイイ。


 グロリアの角……。そういえば!


 俺はリゼルの頭と尻を見る。

 見ると言ったけど、自分の体内にリゼルがいるため視覚で捉えているわけじゃなくて、体全体のスライム細胞一つ一つでリゼルの存在を確認している感じだ。


 リゼルの頭頭、尻尻……。


 ウェーブのかかった綺麗な黒髪。そしてぴっちりズボンに押さえつけられている引き締まった尻。


 うーん、無い。

 確か猫耳と猫尻尾があったような気がしたんだけどな。

 俺も熱でぼーっとしてたし、気のせいだったのかなぁ……。


『お主、あれを見たのか?』


 うわぁ⁉

 何、何⁉

 俺は辺りを見回した。

 突然頭の中に声が聞こえたのだ。


 そしてこちらをじっと見るひとりの目線を感じた。


 ナバラ師匠?


『そうじゃ。お主に直接呼びかけておる。なので他人には聞こえん。安心するがいい』


 まさか俺と意思疎通ができる方法があるなんてびっくりだ。


『ワシとてお主が知性を持っているとは思いもせなんだ。じゃが、その姿。あちらの事を知っている事を示しているのじゃから、もしやと思い、な』


 この姿? あちらの事?

 もしかしてXランクの事?

 ナバラ師匠もご存じなんですか?


『そんな事よりも、お主、リゼルのあれを見たのか?』


 念話なのに有無を言わせない気迫が伝わってきた。

 むむむ、とりあえず俺からの質問は後まわしにしよう。


『答えよ。あれを見たのか?』


 あれって、猫耳と猫尻尾の事ですか?

 見たような見なかったような。夢だった気もしますけど……。


『やはりあれを見てしまったのか……。

 ……いいか、その事を他言するんじゃないよ。リゼルはその事を知らない。お主はあちらの事を知る者じゃて、いつか気づく時がくるじゃろうから先に伝えておく……。

 リゼルは人間ではなく・・・・・・グロリアなのじゃ・・・・・・・・……』


 な、なんだってー⁉


『両親が死んで、代わりにわしがリゼルを育てた事をリゼルから聞いたか?

 確かにわしがリゼルの両親に代わって幼いリゼルを一人前に育て上げた事は間違いない。

 じゃが、リゼルの両親は死んではおらぬ。

 生きておるのになぜ両親の代わりにわしがリゼルを育てたかというとな……簡単に言うとリゼルの輝力量のせいじゃ。リゼルの輝力量が普通の人間と比べて極端に多いことは知っておるじゃろう。それはグロリアの中にあっても例外ではない。その事があやつら両親とリゼルが一緒に暮らすことが出来ない理由じゃった。

 そのため、わしは両親からリゼルを預かり、この子を育てることを約束したのじゃ。

 とは言え、わしの元にはすでにたくさんの人間達の子供たちがおった。

 耳も尻尾もあるグロリアが人間になじめるとは思えぬ。

 じゃからわしの力で耳と尻尾を隠すようにしたのじゃ。

 そして人間として・・・・・育てることにしたのじゃ。

 幼かったリゼルはそのことを覚えておらぬ。故に人間として育てるため、両親は死んだとリゼルには伝えたのじゃ』


 矢継ぎ早に師匠から語られる内容。

 ちょっと思考が追いつかないけど、リゼルが大変だってことは分かった。

 それに……。


 耳と尻尾を隠す。そんなことは人間には出来ない。

 つまりは師匠もグロリア。


『…………』


 これは教えてくれないんですね。

 まあ、うん、そうか、リゼルがグロリアね。

 そう言われると思い当たる節はいくつかある。

 やたら輝力が高いこともさることながら、あんなに美人でパーフェクトなのに、なんでか結婚できない事とか、スライムの俺の事を好きだと言ったこととか。


『なんじゃと? リゼルはお主の事好いておるのか? ほほう』


 ちょっと、人の思考を読まないでください!

 プライバシーの侵害です!


『いや、すまんすまん。それでリゼルとはどうなっとるんじゃ? わしは親代わりじゃからな。娘の大事な話は知っておかんとならん』


 秘密です!

 秘密秘密。もうそのお話はおしまいです!


『ふむ。しかたないのう。後でリゼルに聞くとしよう』


 だめ、だめ、それもだめ!

 そんな事聞いたら俺が話を漏らしたってばれるじゃないですか!

 いいですか、娘とはいえ一人の子。親の興味本位でプライベートまで立ち入ってはだめです!


『分かっとるよ。しかし、本当にお主は何者なんじゃ。スライムのように見えて高い知性があって、それでいて人間くさい・・・・・


 俺は――


「スー、リゼルさんの毒消えたみたいだよ」


 俺と師匠の念話はレナの声でかき消された。


 透き通った真紅のスライムボディ越しに、まるで水族館の魚を見るようにじっと中を覗き込んでいたレナ。

 二人の事を心配して険しかったその表情も、リゼルが回復したことで明るい笑顔となった。


 カミャムは引き続き治療中だが、リゼルの毒が消えたので危険な森の中にいつまでもいるのはナンセンスだ。

 強敵に遭遇する前にリゼルのベースに戻ることとなった。


 ちなみにキルベス先輩はAランクという性能の高さを生かして自身で解毒を完了していた。

 忘れていたわけじゃないんだからねっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る