038 リゼルとの魔境探検 走馬灯か幻影か
やったぜ大勝利!
そう思ったのもつかの間……。
仰向きで地面に横たわるカミャムの体が淡く光りだし――
まさかあの破片から再生するのか⁉
カミャムに張り付くようにして僅かに残ったヤツの体。
その服のシミほどの小さな破片はカミャムの体が光り始めると途端に再生を開始し、温泉が吹き上がるかの如く溢れ出すように増殖しカミャムの全身を包み込み……見る見るうちに元の姿へと戻っていく。
くそっ、さすがは規格外のXランクグロリアだ。
次は破片も残さずやってやる!
と思った瞬間――眩暈が襲って来た。
し、しまった、これは……。
昔味わったことのある、いや、これまでずっと味わい続けていた感覚。
最近は慣れていたのでどうとも思わなかったこの感覚は――
輝力不足だ。
その場合、こんどは
俺がダークスライムに進化した時のレナと同じだ。
レナの場合は体のふらつきから始まり、ベッドから起き上がることも困難になってしまった。
そしてさらにそれが続けば、
そのような状況になった場合は
俺の今の
いくらXランクに進化したとはいえ、リゼルの輝力が不足するほどの大量の輝力が必要だなんて思いもしない。
だってリゼルは何十というグロリアと契約している途方もない輝力の持ち主なんだぞ?
もしかして毒による影響があるのか?
俺はリゼルの方をちらりと見るが、様子がおかしい。
先ほどと変わらずリゼルは地に伏せっている。だが先ほどまで激しい呼吸をしていた様子はなくなっている。
なんだ、どうしたんだリゼル⁉
おい、しっかりするんだ!
まさか毒に体が耐えられなくなったのか?
助けに行こうにも動くに動けない。輝力不足で体が思うように動かせない事もさることながら、まだヒューマンイーターが眼前に構えているのだ。
思考能力も低下している中、ヒューマンイーターとリゼルと両方に意識を向ける。
そこで俺はあることに気づいた。
うつぶせに倒れたリゼルの頭に、尻に見慣れないものがあることを。
それは動物の耳。
犬や猫、狐などのもふもふ三角の耳がリゼルの頭についていた。
そして、細く長い猫のような尻尾。
それが尻から伸びていたのだ。
輝力不足で幻覚が見えるのか?
リゼルがグロリアに見えて来たぞ……。
頭がぼーっとなって……。
そんな夢心地だったのはほんの一瞬だった。
直後、俺の意識は瞬時に覚醒した。
なぜなら、俺の体内からポコポコと気泡が発生していたのだ。
まずい、まずいぞ。
輝力が不足していて、自分の体温調節が効かなくなっている。
この気泡は俺の体の温度が上がり過ぎてスライム細胞自体が沸騰しているのだ。
このまま熱が上がり続ければ俺は自分の熱で自滅してしまう。
リゼルが気絶しているのが原因なのか、俺への輝力はますます減っていく。
リゼル、起きてくれ!
一瞬だけでいい、輝力を振り絞ってくれ!
ぶしゅっという音を立てて気泡が体内を抜け空気に触れる。
さらに体温が上がり体内で気泡がはじけ飛び、体の中がぐずぐずになっていくのが分かる。
ヒューマンイーターはこちらを前にして攻撃もせずじっとその場にたたずんでいる。
あいつのように……体内にリゼルを取り込んで輝力を……。
って、何、考えて……るんだ俺は……。
俺は……リゼルを守る、ために……ここに、きたんだぞ……。
視界がぼやけて意識が遠くなっていく。
目の前の黄土色の塊が自滅する俺を見て笑っているように感じる……。
『スー、こんな所で寝ちゃだめだよ。ほら、起きて。寝るならお屋敷に帰ってからよ』
レナの声が聞こえる。
『スーがおねむだなんて珍しいね。帰ったらミルグナ草のミルクかけレナスペシャル作ってあげるから頑張って』
これが走馬灯ってやつか。
すまないレナ、もう、俺は……。
『スー、頑張って! 目を覚まして! くぅぅぅっ!』
ふと体が楽になった。
それに、枯渇していた輝力が満ちて来るのを感じる。
これは……。
体に人の手が触れている感覚。
やさしい気持ちを感じる手。俺の背中を押してくれる、そんな感じの……。
手!?
俺の体に!? 灼熱の塊だぞ!?
意識が再び覚醒した俺は、そこで信じられないものを見た。
桃色のライダースーツに身を包んだ少女。スーツの色に合わせた色のとんがり帽子のような頭巾から覗く青い目と金色の髪。
「スー、よかった。目が覚めたんだね。えへへ」
夢か幻か。そこには俺の大切に思ってやまない少女……この子に会うために必死に修行をした……俺の真の
驚いている場合ではない。
俺は速やかに体温を調節し、平熱まで落とす。
レナの手は今なお俺の体に触れ続けているのだから。
レナ、どうしてここに、いや、なぜ灼熱の俺の体に触れるなんて無茶なことをしたんだ!
俺は体を波打たせて本気で怒る。
「あはは、怒られちゃった。でも大丈夫だよ、スーを助けるためだから」
ばつが悪そうにはにかみながら、レナはスッと右手を自分の後ろに隠す。
ばかっ!
俺の事でレナが傷ついてどうするんだ。どうするんだよ……。
おれはポヨポヨと跳ねて、隠された右手をひんやり温度まで戻したスライムボディに包み込む。
ほら、すごい火傷してるじゃないか。
見るに堪えないほどひどい状態の右手。
俺は今できる最高の治療薬を体内で生み出し、レナの右手を浸していく。
「ありがとうスー。次は気を付けるね。でも、レナだってスーを助けたいと思う気持ちは同じ。そこは分かって欲しいの」
ああ、言わなくても分かってる。
すまなかった。
俺はレナに火傷をさせた自分への怒りが抑えられなかったんだ。それをレナに向けてしまった。
「もう大丈夫だよ。ありがとうスー」
レナの手はまだ少し赤くなっているが、綺麗に治っていた。
よかった。年頃の女の子の手に傷をつけたりなんかしたら、腹を切って自害するところだった。
「ほら、再会の挨拶は後じゃよ」
すたりと、空から老女が地面に降りたった。
あ、あなたは、ナバラ師匠⁉
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