036 リゼルとの魔境探検 逆転への一手

 俺は体を膨らませて、そこに周囲の空気を吸い込む。

 空気はよどんでおり瘴気が混じっているが……。


 これか。


 神カンペを利用して成分の分析を行った俺はその正体に気づいた。

 瘴気とそっくりな色と匂いの毒。

 即効性の無い毒で、肺からじわじわと体に浸透し体の自由を奪っていく麻痺毒の一種。

 空気中にはその毒が含まれていた。


 いつから空気中に撒かれていたのかは分からない。ヤツが要塞亀に噛みついた時からなのか、それとももっと前からなのか……。


 多少吸い込んだところで死に至ることは無い毒だが、今この場面での麻痺は問題だ。

 戦えるリゼルとキルベス先輩が同時にダウンしているということは、二人を守れるのは俺しかいない。


 こちらの様子を見て毒が回ったことを確信したのだろう。ヒューマンイーターがずるりずるりとその体をこちらのほうに進めてくる。


 やつめ、カミャムと同じくリゼルも取り込む気に違いない。生きたまま輝力を吸い上げるために麻痺毒を使ったってことか!


 俺の力なら解毒剤を作ることは可能だ。だけどそれは解毒剤というよりは麻痺中和剤のようなもので、麻痺状態を幾分かましにする効果であって毒の物質自体を取り除くわけじゃない。

 状態の回復には時間がかかるし、呼吸で次々と取り込む毒に対して効果が追いつかない。


 俺の体で酸素マスクの様に顔を覆って毒からの防御と治療を行う事も出来るが、俺の体は一つしかないことと、何よりやつが迫ってくるまでの時間で治療が完了しない。


 考えがまとまらないうちに、やつは無防備に俺との距離を詰めてくる。


 くそっ、やつにとって俺なんか敵でもないということの表れだ。

 どうする?

 愚問だな。

 守るために戦う。

 もちろん戦うさ。だがどうやって。


 体当たりで攻撃したとしても、体が接触した際に取り込まれて食われてしまう。

 リゼルマフラーを使って硬くなったとしても結局は体当たりしか攻撃方法は無い。触れた後、硬いマフラーごと吸収されてしまう。


 なんらかの毒液をぶっかける。多分毒ごと吸収するだろう。俺以上の消化吸収能力を持っているのだから。


 どうする、どうしたら、どうやったら二人を……。リゼルを守ることができるんだ……。

 なあリゼル、教えてくれよ、いつもみたいに教えてくれよ。「スー、〇〇だ」って言ってくれよ。

 

 俺は倒れたリゼルの方を見るが、リゼルは何も答えてはくれない。

 目を閉じたまま呼吸は荒く肩で息をしている。体はビクビクと小刻みに震えていて、完全に毒が回ってしまっている。

 それに麻痺毒とはいえこれ以上吸い込み続けると体に異常をきたして死に至る。


 死、ぬ?

 リゼルが死ぬ⁉

 

 その事実が俺の思考を、心の中を侵食していく。

 

 俺が弱くて力が足りないばかりにリゼルを守れない⁉

 俺が無力な、ダークスライムなばっかりに……。


 リゼルと過ごした思い出が頭の中に浮かび上がってくる。


 『なんだ海が怖いのか? だらしないやつだな』

 『そうだ、グロリアランド。グロリアランドに行こう!』

 『私の何がいけないんだよぅぅぅ。年齢か? 年齢なのか?』


 そして……。


 『私の事は、その……好きか?』


 ドクンと、血の通うはずのない体に心臓が鼓動するようなそんな衝撃が走る。


 死なせるもんか……。

 絶対に死なせるもんか……。

 

 ドクンドクンという鼓動の音が激しい。冷たいはずの俺の体が熱い。まるで内側から熱が発生しているみたいだ。


 リゼルは俺に好きだって言ってくれた!

 俺だってそうだよ!


 リゼルの事は大好きだ!


 体の内からあふれてくる熱が俺の体から放出されて、なんだか温かいものに包まれている気がする。


 そこで俺はようやく自分の体がまばゆい光に包まれていることを知った。


 これはまさか……。


『個体名:スーは進化の条件を満たしました。進化先を選択してください』


 頭の中に機械的な女性の声が聞こえた。


『Dランク:ジャックスライム

 Cランク:アイアンスライム

              』


 聞き間違えじゃない。進化だ。

 それも進化先が複数あって選択するパターンだ!

 これでヤツに対抗することが出来るぞ!


 進化出来るのは――


 Dランクのジャックスライム。

 俺がリゼルの元に来た目的はこれに進化することだ。ジャックスライムに進化して契約者レナが消費する輝力を減らして、また一緒に暮らすためだ。

 だけど問題点がある。

 ジャックスライムは今のダークスライムと同じDランクだが、進化先とはいえ総合的な能力はダークスライムよりも下がってしまうのだ。


 もう一つがCランクのアイアンスライム。体が金属のように固くなったスライムだ。

 おそらく昨日『硬くなる』を覚えたことで進化の条件を満たしたのだろう。Cランクなので今の10倍は強くなるはずだ。


 だけど、戦力目的でアイアンスライムに進化してしまえば、もうジャックスライムに進化することは出来ない。

 それにアイアンスライムに進化することで消費輝力が今よりさらに増大してしまい、レナの元に戻るための時間が数年伸びてしまうかもしれない。

 いや、それどころか、もう二度とレナの元に戻ることが出来なくなるかもしれない……。


 そして一番の問題は、たとえCランクのアイアンスライムに進化したとしても、ヒューマンイーターに勝てる保証が無い事だ。


 勝てる保証どころか……おそらく勝てない。


 相手はAランクのベヒーモスに勝つほどの力の持ち主。CランクではDランクの今と大差ない……。


 ジャックスライムかアイアンスライムか……。


 俺は脳内にあるカーソルを、ジャックスライムとアイアンスライムと交互に移動させる。


 あれ?

 なんかこれ隙間が空いてない?


 『 Dランク:ジャックスライム

  →Cランク:アイアンスライム

                』


 もしかして……。


 『 Dランク:ジャックスライム

   Cランク:アイアンスライム

  →             』


 カーソルが合うぞ!


『参照権限があります。情報を開示します』


 機械音声さんの声がして、そこに記載された情報が表示された。

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