034 リゼルとの魔境探検 正体不明の不定形

「カミャムだ。あのスライムの中に取り込まれている……」


 白衣を着たその女性は祈るように両手を組んだ状態のまま、頭を下にしたくの字の体勢で取り込まれている。

 後頭部で雑に留められた長い黒髪がその周囲でふわふわと揺れていて、まるで水槽の中にいるかのようだ。

 黒縁の眼鏡の奥ではまぶたは閉じられており、生きているのか死んでいるのか、ここからでは判断がつかない。


 そんな状態で黄土色のスライムの中に囚われている訳なんだが、人を捕食するスライムなんか聞いたこともない。

 もちろん神カンペにも載ってはいない。


 先ほどドラゴン形態の時にかみ砕いて食っていた要塞亀フォートレスタートルの破片。

 それはあのスライムの体内に一つも残っていないことから、消化されたのだという事は分かるが……。

 じゃあなぜカミャムは溶かされていないんだ?


 その謎もさることながら、やはり不可解なのはあいつの正体だ。

 神カンペにも載っていないことなんてあろうはずがない。

 とすれば、あの姿も何かの擬態なのか?

 

 擬態だとしたら魔術的な何かか?

 それにしてはキルベス先輩の攻撃もそれなりの手ごたえがあったようだけど。


「キルベス、攻撃するぞ!

 相手はスライム族だ。生半可なダメージはすぐに再生してしまう。とはいえ取り込まれているカミャムには当てるんじゃないぞ」


 俺の思考はリゼルの声で中断した。


 こちらの攻撃の意思を察知したのか、謎のスライムは体の一部を伸ばし、鞭や触手のような長く細い腕を2本生み出した。

 その腕からはシュゥシュゥと薬品が反応するようなそんな音と蒸気が発生している。


「消化液かそれとも毒か。あの液体には気をつけろ。触れるんじゃないぞ」


 キルベス先輩がスライムへと踏み込む。

 一足飛びに距離を詰めるその姿は華麗で見惚れてしまいそうだ。


 それにその速さ、巨大なため鈍重そうなあのスライムには反応できまい。

 となるとヤツは動かず触手で迎え撃つことになるんだが……


 鞭というのは不規則な動きをするため、剣や槍と違って軌道が読みにくい。

 達人の使う鞭は回避不可能とまで言われているものだが、キルベス先輩は不規則な軌道で迫る2本のそれを回避しきり、本体へ肉薄し――


 気合かオーラかを込めた光るドリルをヤツ本体に叩き込もうとしたとき、それは襲って来た。

 背から生えた3本目の隠し腕だ。


 この謎スライム、かなりのやり手だ。奥の手を隠していて、さらに大技発生直前のスキを突くなんて。


 だがもっとすごいのはキルベス先輩だ。

 頭上から襲い掛かってきた鞭状の隠し腕|(消化液付き)に難なく対応し、回転させたドリルでその腕を断ち切ったのだ。

 おそらく回転のすさまじさで空気のバリアかなんかが出来てるため、ドリルには液体が一切付着していないだろう。


 回転から生み出された遠心力によって、第三の腕の破片が辺りに飛び散って――


 うおぅ、危ない。こっちにも飛んできた。

 俺は飛んできて地面に落下した破片を見やる。

 

 黄土色のゲル状の物質。俺の体から分かれたものと同じような形状をしている。


 びっくりしたけど考えようによっては丁度いい。

 こいつを食って、魔術による擬態か本物のスライム族かだけでも判定しておかなければ。


 俺は意を決して、煙を上げるその怪しげな破片を自らの体内に取り込む。


 消化しながら分析を行う想定だったのだが、甘かった。

 破片のくせに逆に俺を消化・吸収しようとしてきたのだ。

 

 このっ、生意気な、破片ごときに負けるかよっ!

 石ころ程度の破片を何とか消化・吸収し終える。


 ふぅ、肝が冷えたぞ。もう少し破片が大きかったら危なかったところだ。

 この事だけでもスライム族、それも俺よりも力量が上だと分かるが、念のため消化した成分の分析を行う。


 間違いない、こいつはスライム族だ。魔術的なもので姿を変えたものじゃあない。

 じゃあ一体こいつの正体はなんなんだよ。

 俺の見落としなのか? 再度神カンペの記載を確かめる。


 ヒールスライムでもない、スライムタイラントでもない、オーガジェリーでもない……。

 神カンペのスライム族のページを見終えたが、目の前のやつと一致するような種族は見当たらなかった。


 組成物質からもう一度正体を突き止めようと思った時、ふと俺の脳裏にあることが思い出された。

 そういえば昔レナの病気を調べていた時に……。


 俺は病気の一覧に奇妙な引っ掛かりがあったのを思い出した。


 どこだったかなっと……。

 記憶を呼び起こしながら神カンペをめくる。


 『メルルー二病:遺伝子の不具合によって引き起こされる病気。アルデプトマイシンを体内に取り込んだ際に免疫と反応し不活性だった遺伝子の不具合部分が活性化をはじめ、体内に次々と異常をきたし死に至る。致死率は100%に近く、人類すべてに発症の可能性がある。現在治療方法は無いため、Xランクグロリアで治癒方法を模索中』


 これだ。あの時はレナの病状と一致しなかったから読み飛ばしたけど、『Xランクグロリア』ってのはもしかして俺の知らない何かじゃないのか?


 俺は神カンペに記載された『Xランクグロリア』の文字からリンク先に飛ぼうとするが――


 『権限エラーです。あなたの権限ではこの情報にアクセスすることが出来ません』


 くそう、俺の権限じゃあ書かれている内容を見ることが出来ないってのか。

 確かに神様も俺では見ることが出来ない部分もあるって言ってた。


 なら、どこか別のルートでその情報に近づけないだろうか。

 例えばどこかに直接Xランクグロリアの名前が載ってたり、リンク先の権限設定がおろそかで俺でも読めるような――


 ふふふ、発見しました。

 とある項目の米印の欄に『Xランク』という、さっきのとは別の単語が書いてあってリンクが張られていました。


 『Xランク:世界に生み出して問題ないかを確認中のグロリアが属するランク。

  備考(あまり突拍子もないグロリアを生み出しては世界のバランスにかかわるので注意しましょう。また勝手に実装しないよう、二人以上で確認を行ってください。確認はこちら)』


 ……………。


 ちょっと想像の斜め上を行っていた。

 Sランクを超えるのがXランクかなと考えていたのだが……。


 Xランクグロリアとは神たちが実装テストを行っているグロリアの事だったのだ。


 おれは動揺する心を抑えながら、『確認はこちら』からリンク先に飛んでみる。


 その中にはいろいろな項目があって、世界のいろいろな問題があって、俺の頭には理解できなかった部分もあったけど、辿り辿って、一つの情報に行きついた。

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