033 リゼルとの魔境探検 カミャムを探して2
まさしくそれはドラゴンだった。
赤黒く光る見るからに強靭な鱗に覆われたその顔には、ギラつくように光る鋭い牙がちらりと見えている。
その顔が三つ!
一つが
――ギギャァァァァァァァ!
その頭から逃れようとする
俺たちは動けなかった。
その異様な状況に呑まれてしまったのだ。
生物の頂点ともいうべきその姿に恐怖を覚えない者はいないだろう。
暴食と表現するほど荒々しい捕食行為でレンガのような要塞の破片が辺りに飛び散っていき、大きな要塞がその姿を消していく。
激しく暴れていた
そして要塞の影に隠れて見えなかった脅威の捕食者、その存在の全体像が見えてきた。
巨大な3つの首は頭と比較して、ともすると折れそうなほど細く長い首で支えられており、その根元はそれらを支えられるのか疑問なほどアンバランスな小さめの胴体に繋がっている。
二本の短く太い脚と、申し訳程度の小さな二本の手。
かろうじて長い尻尾でバランスをとっているのだと分かる、そんな不安定な存在。
なお奇妙なのは、体の中央の腹の部分。
そこには今まで見えなかった第4の頭と言うべきものがあった。目や鼻は無く牙の生えた裂け目だけ。
つまりは腹に口があったのだ。
「一体なんなんだこいつは……」
リゼルが呆然とそれを見つめる。
やっぱりリゼルでも見たことが無いか。俺の神カンペにもこんなグロリアは載っていない。
明らかに生物の範疇を超えている気がする。
3つの首が俺たちを見ている。
リゼル、どうするんだ? こいつからなら逃げられそうな気もするけど。
逃げる進言ばかりしているとお思いだろうが、俺は臆病な部類ではないと思ってる。
リゼルに危害を加えるならば格上だとしても大抵のやつには向かっていくし、その自信もある。
だけどこいつは別格だ。
その存在から発する何かが俺に最大限の警戒を要求しているのだ。
おそらく神カンペに載っていないグロリアだということもそれに拍車をかけているだろう。
「いや、戦う。わずかだが輝力魚が反応した。カミャムが召喚した珍しいグロリアがこいつかもしれないし、考えたくは無いがこいつがカミャムを襲って食ってしまった可能性もある」
リゼルから男前な回答が返ってくる。
どのみちヤツもやる気の様だ。
パワーは凄そうだが、
もちろん俺は戦力外なのでキルベス先輩にお頼りするしかない。
「キルベス、やつの腹を狙うぞ、ドリルアームだ!」
リゼルの指示に呼応し、キルベス先輩が鋭い爪が重なった右腕を高く掲げる。
そしてそのドリル状の右手を一回、二回、三回と上下に動かす。
気合を入れるためのルーティンなのか、その動作が終わるや否や、三つ首のドラゴンに向かって駆け出した。
無論ドラゴンも指をくわえてそれを眺めているわけもなく、向かってくるキルベス先輩に対してご自慢の頭で迎撃を行う。
三つの頭が順番にキルベス先輩を狙うが、キルベス先輩は右へ左へと動き、その牙を難なく回避しドラゴンへの距離を詰めていく。
さすがはキルベス先輩だ。Aランクグロリアは伊達じゃないな。
攻撃をかわすことが出来るということは、相手の実力を上回っているということだろう。神カンペに載っていないからってビビり過ぎただろうか。
3発のヘッドアタックを回避したキルベス先輩は、ドラゴンとの間にある倒れた
だが、その大技の隙を狙って、体へと戻ってきたドラゴンの首が
大技、ドリルアームは中断されキルベス先輩は横に吹っ飛ばされるが、分銅のようなその一撃の威力を殺しきったのかすぐに復帰した。
ドラゴンの首が目の前に横たわる
自らと俺たちの間に障害物は無くなったと言わんばかりに、その短い脚でズシンズシンと小幅な歩調の音を立てながら俺たちとの距離を詰めてくる。
悠々と木々をなぎ倒すその様は王者の貫禄をも感じられる。
相対するキルベス先輩。
俺とリゼルはヤツの攻撃範囲内に入らないように、キルベス先輩の邪魔にならないようにと後ろに下がり距離を取る。
「思ったよりあの頭が厄介だな。キルベス、まずは頭を黙らせるんだ!」
頭を狙うっていっても、それも結構難しいんじゃないか?
動かない腹部分ならともかく、鞭の様に自由自在なんだし。
どうやって狙うのかという俺のクエスチョンマークに、キルベス先輩は先ほどと同じように腹を狙って走り出す。
はてな? と思う戦い素人の俺にキルベス先輩が実演して見せた。
同じように迫りくる牙によるヘッドアタックを紙一重で回避し、一瞬の技後硬直にある頭をその右手のドリルで貫いたのだ。
悲鳴を上げるわけでもなく、無反応のまま本体側に回収される穴の開いた首。
間髪を入れず残った2つの首が襲ってくるが、キルベス先輩には通じず、同じくドリルがきらめいた。
ほんの数秒のうちに穴の開いていない首は無くなってしまった。
おかしい。頭にあれだけの穴が開いたら致命傷だぞ? あの頭は飾りなのか?
じゃあ本体は、脳は……胴体にあるのか?
キルベス先輩も同じ考えに至ったようで、守るものの無くなった腹へと突撃し、そのドリルで第4の口を貫通して見せた。
3つの頭と腹との4か所に穴の開いたドラゴン。
見た感じ致命傷だが、呻き声はおろか血液らしきものも見られない。
キルベス先輩も手ごたえの無さを警戒してか、俺たちの眼前に戻ってくる。
どういうことだ……。
いや、よく見ると傷口から液体のようなものが。
それどころか傷口から白い煙のようなものが発生して、それに呼応して傷口から液体が地面にしたたり落ちている。
そして先ほどまでドラゴンを形作っていた輪郭があいまいになり、首の先にあった頭などは傷口の周囲から飴が溶けたようにどろどろになっていく。
これはもしや……俺と同じ――
「スライム族……」
その変化を一つも逃すまいとリゼルは目を見開いて対象の様子をうかがっている。
複雑怪奇だったそのドラゴンの輪郭は失われ、後に現れたのは黄土色の、ともすれば土に似た濁った色の丸い巨体。目もなく口もなく、その波打つ体は軟体ボディであることが見て取れる。
まぎれもなくスライム族だ。あの異様な形状のドラゴンに擬態していたというわけだ。
倒すべき敵に変わりはない、とキルベス先輩が戦闘態勢をとる。
「ま、まて、キルベス。あれは……」
リゼルがキルベス先輩を制止した理由は俺にも分かった。
その濁った軟体ボディの中に何かの影があった。
それは人間の女性だった。
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