032 リゼルとの魔境探検 カミャムを探して1

 ダグラード山脈に入って二日目の朝がやってきた。


 あれから何度か見張りを交代したであろうリゼルの気配をさっぱり感じず眠りこけていた俺。結構疲れていたんだろうか。


 昨日はいろんな事があったもんな。本当に。

 まあ気持ちを切り替えて行くしかない。少しでも気を抜けば命を持っていかれる恐ろしい場所なんだここは。


 すでにリゼルによる朝食の準備が始まっているようだ。

 まな板の上で材料を切る音、パチパチと薪が燃える音が聞こえている。


 俺はぷるぷるぷると高速で体を左右に動かして全身を振動させ、寝ぼけた体に喝を入れる。

 いつまでも寝ている場合ではない。見張りで役に立たなかった分違う所でリゼルの力にならねば。


 意気揚々とテントから飛び出した俺だったが、時すでに遅し。

 朝食の用意はほとんど終わっていたのだった。


 それでもいつもどおり体を震わせて俺の思いを伝えると、熟練夫婦のように察したリゼルはいくつか仕事を任せてくれたのだった。



 朝食を終えて野営地の撤収を行い、今日の調査が始まる。


 やること自体は昨日と変わらない。カミャムの居場所に当たりをつけてそこに向かい、輝力魚カンテラがカミャムに反応することでさらに居場所を絞り込むのだ。


 朝日が昇っているはずなのに薄暗い森の中を進む俺たち。

 

 途中何度かはぐれグロリアの襲撃を受けて、それをことごとく返り討ちにするキルベス先輩の図。

 圧倒的な強さに惚れてしまいそうだ。

 こういうのってつり橋効果っていうんだろ?

 危険なところにいるドキドキを恋心と錯覚するやつ。


 そんなことを考えられるくらいに俺の心も余裕が出て来た時――


わずかだが輝力魚が反応している!」


 俺たちが待ちに待ったシグナルがとうとう出たのだ。


 輝力魚の指し示す方向へと足を進める。

 見失ってはいけないとスピードを速めてカミャムとの合流を急ぐ。


「な、なんだこれは……」


 そんな俺たちの目の前に現れたのはキャンプの残骸だった。

 少し開けた場所にテントを張っていたのだろうが、今やそれはひしゃげてつぶれており、テントを支える金属製の支柱はあらぬ方向にひん曲がってしまっている。

 何者かに押しつぶされたのだろうか、相当な圧力を受けたことが見て取れる。


 俺たちは周囲を警戒しながら残骸の調査を行う。

 散乱した道具と着替えと思われる衣服。輝力魚はその衣服に特に激しく反応していた。

 おそらく洗濯物だ。カミャムの物かは断定が出来ないが女性のもので間違いない。


 火を起こした跡であるかまどの様子も調べる。


「この炭は今日の物ではないな。少し前の、カミャムが森に入った時期と重ねると、おそらく二日前のものだ」


 一昨日までここにいて、そのあと何かが起こったってことか。

 カミャムは召喚したグロリアのデータを取りに来ていたはずだけど、調査中のデータを記載したメモなどは見つかっていない。

 就寝中に襲われたのか、それとも近くでデータの収集中に襲われたのか。

 この状況だけじゃ何が起こったのかは詳しく分からない。


 どうするんだリゼル?


「周囲を探すしかないな。カミャム自身もクラテルの残骸もここにはない。とすると違う場所にいる可能性が高い。何らかの事情で救助を待っているのかもしれない」


 そうだな。まだ無事である可能性もある。急いで探そう!


 ――キュエェェ

 ――ゲーゲー


 その場を後にしようとしたその時、鳥グロリア達の鳴き声が響き渡り、何体もの鳥グロリアがあわただしく木々から飛び去っていった。

 時を同じくして、ズゥン、ズゥンと重く腹に響くような振動が俺たちに襲ってきた。

 

「キルベス、スー気をつけろ! 何か来る。それもかなり大型の何かだ!」


 鳥グロリア達が飛び去り留守になった木々の方向へと視線を向ける。振動はそちらから響いてくる。

 ゆっくりと、ゆっくりと、一歩一歩前進してくるような、そんな振動が。


 ――グゴォォォォ


 森の木々が震えるほど大きな鳴き声を上げてそれは現れた。

 二階建ての家ほどの大きさのある巨大なグロリア。

 高く伸びた森の木よりもさらに高い場所にある首と頭は、まるで地球のジュラ紀に生きた首長竜の様だ。

 バキリバキリと木をなぎ倒しながら現れたその4足歩行の胴体が巨大なことはもちろんのこと、その背は目を疑う構造をしている。


 まるで小さな要塞。

 その背にはあたかも人が作り出したかのような建造物が乗っているのだ。

 その構造物を構成する積み上げたレンガのようなものは鱗が変化したものだろう。そこには窓のような窪みがいくつか存在し、構造物の中が空洞になっているのが分かる。

 窪みのうちいくつかからは大砲のような円形の筒が伸びておりこちらへとその照準を定めている。


「こっ、こいつは要塞亀! このキャンプを襲った犯人はこいつか!」


 いつも冷静なリゼルも驚きを隠せないでいる。

 俺だってそうだ。天を突くようなこの巨体を見せられたらすくみもする。

 その巨体の威圧感はもちろんのことだが、グロリアとしてのランクも高く、キルベス先輩と同じAランクなのだ。

 

 『フォートレスタートル:Aランク

  背中の要塞は無敵の攻撃力と防御力を誇る。背から伸びた大砲は圧縮空気を撃ちだし敵対するものを粉砕する。年を経た個体の要塞は城のように大きく成長することもある。狂暴な性格で他の生物を背に乗せることは稀だが、もし従える事が出来たのなら大きな力となるだろう』


 ――グゴゴゴゴォ


 現れた巨体は足を止め、空高くにある顔がこちらを見定める。

 

 どうするんだリゼル、逃げるのか戦うのか。

 動きは鈍重そうだから逃げるのもありだぞ。


「完全に標的にされてるな……逃げるのは無理そうだ」


 リゼルがちらりと見やったのは背中の砲門。

 すでにこちらを捕らえており、逃げようとすると背を撃たれるのは確実だ。

 命中精度がどの程度なのかは分からないが、あれだけの巨大な砲門がいくつもあるのだ。乱射しただけでこの辺の地形を変えるくらいやってのけそうだ。


「やるぞキルベス! ドリルアームを――」


 リゼルがキルベス先輩への指示を出し終える前に、キルベス先輩の体が跳ねた。

 何かがぶつかった爆音と共に、後方へと。


「キルベスっ!」 


 キルべス先輩が反応できない速度の攻撃だなんて。

 まさかと思うがあの大砲、撃ちだす圧縮空気ってのは不可視の砲弾なのか?


 吹っ飛びながらもキルべス先輩は宙で回転し、体勢を立て直すと地面に着地した。

 不意の攻撃だったが、かろうじて反応できていたようだ。


「みんな! バラけろ! 動きを止めるんじゃないぞ、狙い撃ちにされる!」


 リゼルの声と共に、連続した爆音が辺りに響き渡る。


 とりあえずバラバラになって照準を一か所に定めさせない作戦だが……。


 俺はそんなに素早くないんだよ!

 とにかく木の影にでも隠れないと。


 俺は爆音と爆風の中、何とか木の影に滑り込むことに成功した。


 ふー、これで何とか……。


 げぶっ!


 一呼吸ついた俺の体を衝撃が襲った。

 圧縮空気が隠れた木ごと俺を撃ち抜いたのだ。


 スライムボディに衝撃が伝わり、地面との反動で跳ねたボールのように空を舞ってしまう。

 

 木がクッションになって砲弾の威力が減っていたとはいえなんていう衝撃だ!

 直撃したら俺のスライムボディなんか粉々になってしまうぞ。


 しかしなんで、どうして隠れていたのにその場所がばれたのか。

 逃げ込んだ場所を見られていたのか?


 俺は宙に浮いてその理由を理解した。高所に目があるからだと。

 長く伸びた首の先にあるその目からは、木々の隙間に隠れようとも逃れることは出来ないという訳だ。

 リゼル達の姿を眼下に捉えた俺は正解にたどり着いたが、だからと言ってどうなるものでもない。危機を脱したわけではないのだ。

 むしろ宙に浮いて遮蔽物もなく回避できないこの状態は詰みに近い。


 さっき覚えた『かたくなる』を使って防御力を上げるか?

 いや、そんな暇はない。おそらくもう攻撃は放たれている。


 ぶべっ、と俺は咄嗟とっさに消化液を噴出し、その力を推進力にして方向を変えようとした。


 瞬間、俺の体を何かが貫通していった。

 ぐうっ、や、やられた……。


 消化液推進のおかげで直撃ではなかった。

 だが、俺の体の三分の一は失われていた。

 

 力なく落下する俺。

 つぶれた水風船のようにべちゃりと地面に引っ付いた。


 うぐぐ、体を、なんとか動くようにして……逃げないと。


「スー! 待ってろ今助けてやる!」


 だ、だめだリゼル来るんじゃない、固まったら狙い撃ちにされる。


 そんな俺の呼びかけも無視してリゼルは俺のほうに駆け出して、ビーチフラッグの旗を取るかのように俺に向かって飛び込んで、うまく俺をキャッチし体を二三回転させて大岩の影に滑り込んだ。


 ありがとうリゼル。でも危険なまねはやめてくれ。

 俺のせいでリゼルが傷つくのなんか見たくない。


 おふっ


「馬鹿を言うな。家族だろ」


 神妙な表情を浮かべた(つもり)の俺の体に人差し指をぷつりと突っ込むと、リゼルはそう口にした。


「とはいえ、このままじゃあまずい事には変わりない。キルベスは何とか砲撃を回避してやつに近づこうとしているが、近づくと私たちを狙っていた砲門まで迎撃にまわっていて、後退を余儀なくされている。一進一退というわけだ」


 リゼルはウエストポーチからスライム再生薬を取り出すと俺の体に突っ込んだ。


 はわわー、こいつは効く。じわじわと体中に血流が回るようだ。

 もちろん俺の体には血が流れてはいないのだが。


 しかしリゼル。俺を回復したところで戦力にはならないぞ。

 

 ――ドウウゥッ!


 俺たちの隠れた岩の上で圧縮空気が弾ける。

 丁度キルベス先輩が後退したところだった。


「何か打つ手は……考えろ、私はリゼル・クーシーだぞ」


 リゼルも思考を回しているようだが、この状況を脱するための良案は簡単には浮かばないようだ。


 何か、何か方法はないのか。

 俺もスライム細胞を総動員して打開策を探る。

 無敵の不可視遠距離攻撃、その数は無数で攻撃が絶えることは無い。

 キルべス先輩の速度でも近づく事は叶わない。

 

 解決策もなく、ジリ貧のままやられてしまう。そう思った時――


 ――グギャウゥゥゥゥ


 突如、フォートレスタートルから悲鳴のような鳴き声が上がった。


 そして砲弾の爆音数が一気に数を増す。

 所かまわず無差別に撃ち込まれる砲弾。


 異常な悲鳴と爆音。

 その状況からただならぬ事態を感じた俺たちは、そっと声の主の様子を探る。


「な、なんだあれは……」


 岩の影から身を乗り出した俺たちが目撃した光景。

 それは巨大なフォートレスタートルの体に食いついている3つの大きな頭。

 

「ドラゴン……」


 リゼルが小さくそうつぶやいた。

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