031 リゼルとの魔境探検 夜のイベント2

 リゼルの手料理を堪能した俺たちは朝まで交代で周囲の警戒を行う事になった。

 残念ながらDランクの俺は戦力外。アサシンパンサーなんかに近づかれたら一発でおしまいだ。もちろんモゴンは運搬係で戦闘役ではないのでご飯が終わったらクラテルに戻されていた。


 そのため警戒はキルベス先輩とリゼルが交互に行う。まことに面目ない。

 リゼルは結構鋭くて俺なんかよりもよっぽど索敵能力が高い。たくさん秘境に入ってフィールドワークをしているだけの事はある。


 まずはキルべス先輩が警戒に当たる。

 リゼルは俺を抱きかかえてテントに入ると仮眠をとり、数時間後目を覚ましてキルベス先輩と交代した。

 俺はと言うとなんだか眠れず、しばらくはリゼルのいなくなったテントの中でもぞもぞしていたのだが、気分を変えようと火の番をしているリゼルの元にやってきた。


「どうしたスー、眠れないのか? 明日も過酷な捜索が続く。寝れる時には寝ておくんだ」


 俺に気づいたリゼルは早く寝るようにと俺を諭す。

 分かってはいるのだが、どうも寝れないのだ。

 俺はぷるぷると体を震わせて意図を伝える。


「仕方がないやつだな。少しだけだぞ。ほらここに来な」


 俺は促されるままにリゼルの横に陣取る。

 パチパチと薪が燃え弾ける音がする。しばらく無言のまま二人はその音を聞き続けていた。


 そして冒頭に戻る。

 おれの回想シーンはここまでだ。


 つまりはテントの外に出たことで余計に寝れなくなった俺は、リゼルの隣で暇な時間を持て余していたというわけだ。

 無言で周囲に集中するリゼルのおかげで俺は暇だのなんだのと思えるわけで、その点はリゼルに申し訳ないと思う。


 とは言えなぁ、明日も危険で辛い探索が続くと思うと色々考えてしまうしなぁ。


 などと考えている俺に――


「なあスー。スーは自分の親というものを覚えているか?」


 沈黙を破るかのようにリゼルが静かに語り掛けて来た。

 その視線は俺の方ではなく赤い光を放つ炎に注がれたままだ。


 親って、親の事だろ?

 俺の親父やお袋は……元気かな。先に死んですまん!

 でも俺、異世界でスライムとして無事にやってるから安心してくれ。


 ……っと、スライムの俺の親は誰になるんだろう。転生させた神様か?

 普通のスライムは分裂して増えるけど、その場合どっちが親になるんだ?


「私はな、親の顔を覚えていないんだ」


 俺の沈黙にリゼルが言葉を続けた。


「酒に付き合ってもらった時にも話したかもしれないが、私は物心ついた時からナバラ師匠の元で育てられていたんだ。師匠からは私の両親は事故で死んだと聞かされている。

 だから私は両親の顔も、そのぬくもりも覚えてはいない。

 気づいた時には親もなく一人だったんだ。


 一人だった、と言ったけど、回りには同じように師匠の元で育てられていた子供達がいて一緒に生活していたよ。

 だけど、血のつながった家族じゃないと思うと、どうも自分で一線を引いていたんだ。


 だからなのかな。顔も知らない親を恋しく思い、普通の幸せな家族という物にずっと憧れていた」


 そこで一呼吸置くと、リゼルは新しい薪を手に取り小さく燃えている火種の中に放り込んだ。


「師匠の下から独り立ちして、一人になった私にはグロリア達が家族だった。

 辛い時も苦しい時も悲しい時も、グロリア達は私のそばにいてくれた。

 そんなグロリア達を愛おしく感じて過ごす中、ふと思ったんだ。グロリア達の親の事を。

 グロリア同士が交配して生まれた子供ならともかく、召喚されたグロリアには親はいないんじゃないかと。

 それはつまり、私の子供の頃と同じじゃないんだろうかって。

 それで、それなら私がみんなの親になろうと、愛を与えようと……そう思って今も接している。

 思えばナバラ師匠も同じ思いを持っていたんだろうなって、今なら分かるよ」


 召喚の仕組みは未だ解明されていない。

 神カンペにも詳しい記述はなかったが、おそらくリゼルの推論は正しいだろう。

 それにリゼルの思いはきちんとグロリア達に伝わってると思うぞ。

 少なくても俺はそう感じる。


 リゼルは言葉を続ける。


「でもな、それでも、私は自分も愛を求め続けているんだ。

 愛して欲しい愛されたい、そんな欲求は人より強いのかもしれない。

 子供のころ寂しかった反動かな?

 だから結婚したくて頑張ってるけど……残念ながら未だに生涯の伴侶には出会えていない」


 そうだったのか……。それで必死に頑張っていたのか。婚活を。


「なあスー。お前はスライムとは思えないほど賢い。まるで人間のように。

 私の言う事は完全に理解していて、人間でもなかなかできないような気づかいや心遣いも出来る。本当にすごいよ。

 だからかは知らないが、いつのころからか私はお前に信頼を寄せるようになっていって、そしてそれはなんていうか……愛情に変わっていった。まあなんていうか、好きってことだな」


 ん? なんかさらっと凄い事を言ったぞ?


「その……お前はどうなんだ? 私の事は、その……好きか?」


 ちょ、ちょっとまてー、これ告白タイムですか?

 まってまってまってまって、なんで人間のリゼルがスライムの俺に好意をもってるのさ!

 俺に愛玩的な癒しを求めるのは間違っちゃあいない。愛玩能力には自信があるからな。

 だけどグロリアに愛情を抱くってのは、変り者ってことだぞリゼル!


 でもまあ、そこもリゼルのいい所かもしれない。

 それだけグロリアの事を好きでいてくれるってことだからな。

 

 そうだな、俺がリゼルの事をどう思っているのか、か。

 

 俺は――

 

「いや、今のは忘れてくれ。冗談だ冗談。

 この森の雰囲気に私もやられていたようだ。

 さあ明日も厳しい道のりになる。早くテントに戻って寝な」


 リゼルは早口で会話を終わらせると、視線を再び燃える薪に戻してそれ以上何もしゃべることは無かった。


 その姿に、さあ寝ろ、早く寝ろ、寝れる時に寝ろ、という無言のオーラを感じたため、俺は素直にテントの中に戻り、今あった出来事について頭の中でぐるぐると思考しながら、いつの間にか夢の中へ落ちていったのだった。

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