027 リゼルとの魔境探検3

 モグラのようにキュートなお顔をしたアッシュブレイクキルベス先輩とその横に並ぶ俺。


 その俺たちの前に仁王立ちするリゼルは、いつものレザーアーマーと黒いぴっちりズボン、頭には水中メガネのようなゴーグル姿。

 それに加えて今回はフィールドワーク用のしっかりとしたブーツに、首元を保護する長めの赤いマフラーを巻いている。


「カミャムは4日前にロジーさんの拠点ベースからここに向けて出発したと師匠から聞いている。

 4日前と言っても、飛行タイプのグロリアではなく陸路で向かうと手紙には書かれていたので、おそらくここに到着したのは昨日だろう。麓の街からここに来る方法はスモークキャタピラーに乗せてもらうしかないからな」


 スモークキャタピラーは2mを超える大きな芋虫の様な姿をしていて、危険地帯である山間部の移動に使われているDランクグロリアだ。

 大人しいというか鈍重なグロリアなので天敵に見つかったらひとたまりもないのだが、体から常に煙を噴出していて、その煙はグロリアが嫌う匂いがするのだ。

 人間には無害で匂いもしないが、スモークキャタピラーに乗っている間はクラテルからグロリアを出してはいけない。


 話は逸れてしまったけど、昨日到着した所ならまだ無事である可能性も高い。

 とはいえ、こんな視界の利かない森の中で一体どうやってカミャムを探すんだ?


「どうやってカミャムを探すんだ? って思ってるだろ、スー」


 いや思ってたよ!

 すごいなリゼルは。って、なんでここだけ100%通じてるんだよ……。


「それでは披露といこうか」


 リゼルはウエストポーチからカンテラのようなものを取り出す。

 カンテラと言えばガラス瓶のような容器の中に火種が入っていて夜の闇を照らすための道具のことだが、これは火種の代わりになにやら白魚のようなグロリアが入っている。


「この輝力魚は輝力に向かって泳ぐ性質があるんだが、そいつに少々教育しゅぎょうを施して私の輝力には反応しないようにしている。

 ここは人がめったに立ち入ることのない場所で瘴気が濃い。

 つまり私たち以外に輝力を発するものがあれば、それがカミャムと言うわけだ」


 ガラス瓶に満たされた水の中を、規則正しくグルグルと円形に泳いでいる輝力魚。

 なるほど。輝力探知機みたいなものか。


「ただし、ある程度近づかなくては反応しないから、おおよその方向は定めて探索する必要がある。

 カミャムはスモークキャタピラーである程度山脈の深くまで入っているはずだから、まずはそちらのほうを目指す」


 ふーむ、ある程度というのがどんな範囲なのかは分からないけど、そんなに簡単には見つかりそうにもないな。



 方針が決まったので探索が始まる。


 先頭はキルベス先輩、殿しんがりに俺、そしてその間に輝力魚カンテラをもったリゼルという構成だ。

 俺はパーティの一番後ろを任されているので責任は重大だ。

 後ろから襲ってくる敵に常に警戒しておかなければならない。バックアタックを食らうとダメージは倍だからな。 


 鬱蒼うっそうとした森の中を進む俺たち。

 もちろん人が入ることのない森の中に道なんかない。キルベス先輩が道なき道を右手のドリルで切り開きながら進んでいるのだ。

 無いのは道だけではなく光も無いと言える。

 太陽の光は瘴気に遮られたうえ、木々にも遮られほとんどここまで届いていない。

 昼間なのに夜かと思うくらい薄暗い。


 日光が届かないのになんでこんなに木が成長してるんだ、と疑問だったがどうやらここいらの木は周囲の瘴気を取り込んで成長しているようだ。

 おかげで普通なら爽やかな木のにおいも葉っぱのにおいも、ここではなんか尖ったような鼻につく匂いとなっている。

 俺に鼻は無いのでリゼルの感想だけどな。


 俺にも分かるのは落ち葉だ。

 かなりの量の落ち葉が降り積もっていて、瘴気の影響をうけているのかなんかネバネバしている。

 跳ねて移動するたびに俺の体に落ち葉がまとわりついてきて、次の着地地点でまた、まとわりついた落ち葉にさらに落ち葉がくっついて……十二単じゅうにひとえのように何層にもなったところで葉っぱを振るい落とす。


 そんな地面と接する面積の大きな俺とは違ってブーツを履いたリゼルであっても、ブーツの底に付く落ち葉に手間を取られている。

 こんな状態の地面と木々だが山脈であるがゆえに平坦ではなく上り下りもあって、もりもり体力を奪っていく。


 ただ進むだけでこれだけ大変な中、はぐれグロリアが襲ってくるのだ。


 まず襲って来たのは辺りの樹木と見間違うような、植物型のはぐれグロリアだった。

 気づいたときには完全に囲まれていた。俺たちが囲いの中に入るまで気づかれないように静かに木に擬態していたというわけだ。

 10匹程度の群れが一斉に枝を振り回したり刃物のように鋭い葉を飛ばしてきたりと、全方位から襲い来るという対処しにくさがあったが、俺がリゼルへの攻撃を身を挺して防いでいるうちに、キルベス先輩が次々と屠(ほふ)っていき、あっけなく戦闘は終了した。


 簡単に解説しているけど、俺の体には枝がバチバチ当てられ、葉っぱがぶすぶすと刺さっていて重症。

 でもまあリゼルを守った名誉の負傷だと思うと誇らしい気がする。


 そんな俺にリゼルはありがとうと言いながら、突き刺さった葉っぱを綺麗に抜き取って、ヒーリングヒポポタマス軟膏を塗りこんでくれた。


 スライム族特有の再生能力も相まって短時間で傷は癒えて……俺たちは再び進みだす。


 次に襲って来たのは俺の真後ろから!

 この落ち葉降り積もる森の中、足音も立てずに俺たちの背後を強襲したのだ。


 俺が気づいたときにはすでに硬い何かがスライムボディに突き刺さった後。


 急激な重力の喪失感を覚え、視界を向けた先には、ぶち模様の入った薄茶色の後ろ足が見えた。


 ――スー!

 と言うリゼルの声が遠く聞こえる。

 もしかしてこの重力というか浮遊感と言うか、連れ去られてるのか?


 確認しようにも、視界の半分以上が真っ黒で何も見えない。

 とりあえず分かるのは俺の体に刺さった何かと、その周囲が真っ黒なことだけ。

 もしかして鋭い牙で咬まれて保存食としてお持ち帰りされているのでは?

 と思った瞬間、俺の体から鋭く尖ったものが抜け、勢いよく宙に放り出された。


 空中で見たのは、キルベス先輩が俺を襲った犯人にドリルを叩き込んでいる所だった。


 ヒョウの様にスマートなぶち柄の体を持ち、背中には蝙蝠のような2枚の大きな羽根が生えたグロリア。

 先ほどの木に擬態するミミクリーウッドのような小物ではない。こいつはBランクグロリアのアサシンパンサーだ。

 音もなく忍びよる孤高の狩人。一撃で獲物の息の根を止め、巣へとお持ち帰りする習性がある。


 なるほど俺が接近に気づかなかったのも仕方ないな、などと思考を巡らせていた所、太い木の枝に背中がぶつかって自由落下を開始する俺の体。


 俺の体が地面にキスをする前に勝負は決まっていた。

 一撃を受けたアサシンパンサーは相手が悪いことを察し、深手を負った体を反転させ森の中へと消えていった。


 危険が去ったのを確認し心おきなく地面とちっすして……地面との反動で再び空に舞おうとしていたところをキルベス先輩がキャッチしてくれた。


 キルベス先輩、本当にありがとうございます。

 俺一人なら今頃お持ち帰りされて保存食になってました。


 アサシンパンサーの牙から注ぎ込まれた毒を中和しながら俺は先輩にお礼を伝えた。



 等々と、命がいくつあっても足りない強行軍だ。

 

 さすがのリゼルも疲労がたまってきたのが見て取れる。

 街中を歩くのならまだしも、生死がかかっているので常に気を張りっぱなし。

 それに、出発してから数時間歩きっぱなしなのだ。

 普段のリゼルなら計画的に休憩を挟みながら進むはずなんだけど、カミャムの命が危険にさらされているかもしれない現状では無理をしてでも進もうと考えているのかもしれない。


 息も荒く無言で進むリゼルの姿を見てるとなんだか辛い。


 おっ、ちょうどいい所に開けた場所があるぞ。

 座るのによさそうな岩もあるし、木々も少なめで見通しもいいし。


 俺はぽよぽよぽよと先を行くリゼルに追いつくと、そのまま追い抜かして休憩にもってこいなその場所にとダッシュした。


「スー、どこに行くんだ!」


 こっちこっち、あぁ疲れたなー。

 ほらこっちで少し休もう。


 おれは岩の上に乗ると飛び跳ねてリゼルを休憩へと誘う。


「戻るんだスー、危険だ!」


 大丈夫だって、この辺りには何もいないし。

 見通しもいいから何かが来てもすぐわかるって。


 ほらほらー、おわっ⁉


 突如俺の乗っていた岩が動いたため、おれは足を踏み外して、いや体を踏み外してべしょりと地面に落下した。


「スー、大丈夫か?」


 俺の体を案じてリゼルが駆け寄って来てくれるが、何かの気配を感じたのか途中で足を止める。


 いったいなんなんだよ……。

 おれは頭から落下した体の天地を元に戻す。


 そんな俺の目の前。

 岩と岩が強い力でこすれあうような音が発生し、俺が先ほどまで跳ねていた岩が振動と共にせり上がっていく。


 まさかこの岩もはぐれグロリアだったのか⁉


 俺たちの前には3mはあろうかという岩の人形がそびえたっていた。

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