026 リゼルとの魔境探検2

 リゼルはテキパキと用意を整えるとすぐさまヴァリアントホークヒーランに乗り込んだ。


 ヒーランで飛ぶこと数時間。

 視界の先の地平線、そのすべてを覆うかというような広大な山脈が見えてきた。途切れなく連なる山々は荘厳で人の力では太刀打ちできないような、そんな威圧感を感じる。


 ここまでお話しただけでお分かりだと思うが、俺も徴兵されています。

 なぜBランクグロリアが跋扈ばっこする危険地帯にDランクのダークスライムが向かわなければならないのだろうか。

 俺も留守番勢に交じって修行したい。ああ無性に留守番勢と一緒に修行がしたいなぁ。


 いや……でもまあ、空からヒーランに乗って捜索するのなら山脈を跋扈ばっこする魑魅魍魎達に遭遇することは無いか。


 という俺の甘い考えは即打ち砕かれた。


「やはり空からの捜索は無理か。瘴気が濃くて地上の様子が分からない」


 山脈に近づくにつれ、立ち上った黒いモヤが地表を覆っている様子が鮮明になってきた。それは空からの視界を遮っており、眼下にどのような植物が植生しているのかやどんな地形をしているのかの確認を不能にしている。


 人間の近づかない深山には瘴気が溜まりやすいというが、このダグラード山脈は特に酷い。山脈全体を濃度の濃い瘴気が包み込んでいて、その瘴気の影響で頻繁にはぐれグロリア召喚が行われて……数多くの召喚が行われた結果、高ランクのグロリアがうろついているというわけだ。


「仕方がない。当初の予定どおり悪魔の口に着陸するか」


 リゼルが不穏な単語を口にした。

 悪魔の口ってなんだよ、物騒極まりないぞ。


 通常時なら体を振るわせて追加説明を求めるのだが、今俺はクラテルの中。そのため追加説明を求めることは叶わず、リゼルの独り言は俺の心を重くしただけだった。


 悪魔の口。

 それはダグラード山脈の森深くにある比較的瘴気が薄く円形に開けている場所の事で、広大で薄暗い森の中にポツンと空いていることからそう呼ばれている。


 もちろん悪魔の口に着陸せず空から瘴気あふれる深森の中に無作為に降下する方法もあるにはあるが、そんな自殺行為は推奨されない。

 そのため空から入山する者はこの場所に着陸し、ここから山脈に入ることになるのだ。


 ――リゼルの独り言より。



 生い茂る木々が無くヘリポートのように開けた場所にヒーランが着陸する。

 辺りに立ち上る瘴気の様子から禍々まがまがしさを感じるが、この周辺にはぐれグロリアはいないようだ。

 リゼルはヒーランからひらりと華麗な身のこなしで降りると、お疲れ様と言いながらヒーランの羽毛に覆われた体を撫でてねぎらって、そしてヒーランをクラテルに戻す。


「いつ来ても陰気臭い場所だな」


 瘴気は立ち込めているわ、地面は岩石がむき出しになっていて泥やら土やら砂やらが露出しているわと、ピクニックにふさわしい場所とは正反対であり、リゼルの独り言も頷ける。


「用心に越したことは無いか。出てこいキルベス」


 リゼルがクラテルから一体のグロリアを呼び出す。


 短い茶色の体毛に覆われた二足歩行の人型グロリア。

 顔は細長く突き出ており、その先端にある鼻は赤く丸い。鼻からは数本の尖った髭が左右に伸びている。

 尻の上あたりから爬虫類のように鱗に覆われた尻尾が伸びており、先端に行くほど細くなっている。しっぽの付け根あたりから頭の上までは背びれの様に金色の体毛が生えており、頭部だけ見るとモヒカンに見える。


 一番特徴的なのは右手の先端。

 硬質な爪が集まって、見たままドリルになっている。


 尻尾を除いた体長はリゼルの半分ほどのおよそ90センチ。

 このグロリアはAランクのアッシュブレイクだ。


 小さな見た目によらずかなりの怪力で自身の体長の10倍の大きさがあるグロリアですら軽々投げ飛ばすという。

 小型ゆえに動きも俊敏であり、右手のドリルは鋼よりも固いと言われる金剛亀の甲羅もやすやすと貫くという。

 名前どおり砕いたものの灰すら残さず消滅させるという超強力なグロリアなのだ。


 なるほどね、このグロリアがリゼルの切り札ってわけだ。

 Aランクグロリアと契約している契約者マスターなんて、1国に指を折って数えるほどしかいない。それだけ珍しい存在なのだ。

 Aランクグロリアと遭遇するかもしれないこのダグラード山脈でこれほど頼もしい存在もないだろう。


「そして、スー」


 え、ちょっと待って!

 不意打ちをくらわされた俺は、快適なクラテルの中から瘴気あふれる悪魔の口の空気を吸うことになった。

 俺に肺は無いんですけどね。


「戦闘はお前たちに任せるぞ。頼りにしているぞ」


 待って待って待って、Aランクのアッシュブレイクならともかく、Dランクの俺じゃあ足手まといにしかならないよ!


 俺は体をぷるぷると震わせて必死に抗議する。


「うん。スーもやる気十分だな」


 うおおーい、いつもこのアクションだけで俺の言いたいことを分かってくれるじゃないか。

 今日に限ってなんで伝わらないんだ。


「さて、捜索を開始するか」


 どうやら俺の参戦はくつがえらないようだ。

 こうなったら……。


 俺はアッシュブレイクのキルべスに近づくと――


 キルベス先輩、初めましてっ!

 若輩者ですがよろしくお願いしまっす!


 体を小刻みに左右に動かし挨拶する。


 初対面の先輩ゆえ、どんなお方かも分からない。

 まずは挨拶からだ。

 意思疎通は大切だ。この後連携して戦うことになるのは間違いない。

 この危険な森の中でリゼルの身を守るためにはお互いの事を知っておく必要がある。


 キルベスはそんな俺のほうを見ると、顔を近づけ、スンスンと鼻を鳴らし俺のにおいを嗅ぎ始めた。

 

 あ、あの、先輩?

 もしかして不快なにおいがしますか?

 平にご容赦をっ!


 ひとしきり嗅がれたと思ったら、ドリルではないほうの左手でスライムボディをポンポンと叩かれた。

 どうやら仲間だと認めてもらえたようだ。

 ほっと一息だ。


 そんな俺たちの様子を、うんうんと頷きながら見ているリゼル。

 想定通り、と言わんばかりだ。


 とにかく、生きて帰れるように頑張るしかない!

 俺は気合を入れなおした。

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