022 リゼルとの買い物5

 そんなこんなで小休止を終えた二人は、次に水の生き物ゾーンに向かった。

 カニ型、魚型、カエル型など多種多様な水生グロリアがいるゾーンだ。

 特に魚型グロリアは契約している契約者マスターが少ないので街中で見ることはあまりない。クラテルから出すには池や水槽が必要で、バトルも水の中で行う必要があり育成に手間がかかるのが原因だ。


 目を丸くしながら珍しそうに魚型グロリアの水槽を眺めるナシュカと、グロリア研究者の本領を発揮して普通の人には見わけがつきにくい種族の解説を始めるリゼル。

 その後、隣のいけすで、カニ型のグロリアに糸でつるしたエサをおろしていって、挟んだところを吊り上げる体験コーナーも堪能していた。


 そんな風にいろいろな水生グロリアに触れ合ったところで事件は発生した。


「ナシュカ、危ない!」


 石を積み上げて作られた屋外プールのような場所のそば

 象の鼻のような長い鼻を持つグロリアが水面から顔を出し、突発的にその鼻から水しぶきを放ったのだ。

 その水しぶきに対して何とかナシュカを守ろうとしたリゼル。

 咄嗟とっさにナシュカに手を伸ばすが、突き飛ばしてはならないと考えたのか、そのままナシュカを抱くようにして地面に倒れこんだ。


「ナシュカ、大丈夫か? 濡れてないか?」


 幸い周囲はビーチマットのようにスポンジ状の素材でおおわれていたため、押し倒したとしても痛みは無い。


「は、はい。その、ありがとうございました。その、ちょっと恥ずかしいかなと……」


「ひやぁっ!」


 自分がナシュカを押し倒してしまった事に気づいたリゼルは、まるで起き上がりこぼしのような動きで、ぱっとナシュカから離れた。


 ――ばっしゃん


 忘れていたのだろう。

 起き上がったリゼルは放水を体全体で受けたのだ。


 ――ばもぉぉぉぉ


 犯人、いや犯グロリアが大きく鳴いて、水の中へと戻っていく。


「リゼルさん大丈夫ですか! ハンカチハンカチ、タオルタオル……」


 慌てふためくナシュカと、呆然とするリゼルと。

 そんな二人に飼育員さんがタオルをもって駆け寄ってきて。


 タオルを受け取りその場で拭きだしたリゼル。それはまあ普通の行動なんだが、頭を拭いて、パーカーを脱いで薄い白地のインナー一枚になったからさあ大変。

 あーあびちょびちょだ、と言いながらインナーの中に手を入れて拭く次第だ。


 ベースにいるときのようにインナーを脱ぎ去ってから拭かなかったのは褒めたいところだが、分かっているのかリゼル?

 かろうじてインナーは透けてはいないが、乙女の腹とか見せてはいけない。

 ナシュカは察して背中を向けてくれているが、他の来園者の注目を集めている。


 俺はリゼルに体当たりし、注意を促す。


 どうしたスー? などと言って、俺が伝えたい乙女のたしなみは理解してもらえなかったので、俺はスライムボディを伸ばして腹巻のようにリゼルの腹を覆い、衆人環視からリゼルの乙女ボディを守るのだった。

 

 この時のリゼルはしっかり動いているように見えて、頭の中はナシュカを押し倒したことで一杯で、ポンコツ状態だったことが後で判明した。


 タオルで拭いたとはいえ濡れた体のままでは風邪をひいてしまうためここまでにしましょう、というナシュカの提案にリゼルは一瞬残念そうな表情を浮かべたが、自分の体のことを考えてくれているナシュカの気持ちをむげにも出来ず、グロリアランドデートはお開きとなった。


 ナシュカを雑貨屋まで送るのに30分。雑貨屋からベースに帰るのに数時間。

 いつもであれば日の高いうちにベースに戻るのだが、デートを行ったため日が沈んでおり、夜の空を飛ぶことになった。


 湿った髪に月夜の風。

 おかげでリゼルは風邪をひいて数日寝込むことになったのだ。

 

 ◆◆◆


 グロリアランドデートからおおよそ1週間後。

 容量の小さなモゴンで購入した物資が尽きそうなため、再びナシュカの雑貨屋に向かった。


 カランカランといつものとおり鐘の音が響き、俺たちは雑貨屋へと足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ~」


 いつもと違って女性の声が聞こえてきた。

 カウンターに居たのはナシュカではなく、頭に白いカチューシャをつけた茶色髪の女性。

 にこやかな営業スマイルはさわやかであり嫌味は全くない。

 ナシュカと同じ年ごろに見えるが、ナシュカは元々幼い見た目なので少し下だろう。ナシュカが15歳だから13歳くらいかな?

 アルバイトでも雇ったのだろうか。


「おや、ナシュカはいないのかい? えっと、君は?」


「初めまして、私はククロと申します。先日から店に立つのを許されまして。今後ともよろしくお願いします」


「ああ、新しい店員さんか。私はリゼル、よろしく」


「まあ、あなたがリゼルさんですか。お話はうかがっています。あの人を呼びますのでお待ちください」


 ん? あの人?


「あなた~、リゼルさんがお見えですよ~」


 あなた⁉

 俺の頭に疑問符が浮かぶ。

 

 俺とリゼルの疑問符をよそに、店の奥からナシュカが現れた。


「ちょっとククロ、あなたは止めてって言ってるじゃないか」


「だって、すぐにそうなるんだからいいじゃない」


「だめったらだめ。すみませんリゼルさん、お待たせしました」


「な、ナシュカ、その、あなたっていったい……」


「ああ、お恥ずかしいところをお見せしました。この子はククロ。僕の許婚いいなずけなんです。まだ早いって言ってるのにククロのお義父さんがここで働かせるように要望して、父も意気投合してしまって」


「そ、そんな……」


 あ、ああ、俺も理解できない。


「まあ僕も一人で店番をするのも大変だし、いつかはククロと結婚して店も切り盛りしてもらうので、仕方ないかなと」


 えへへ、と顔を赤くして恥ずかしそうに頭をかいているナシュカ。


 うぐっ、決定的な言質が取れた。

 親同士に嫌々結婚させられる訳じゃない。これは相思相愛の許婚だ。


 つまりは俺たち、いやリゼルに入り込む余地は無い。

 残念だがリゼル。俺たちの敗北だ。

 35+5歳未婚の俺と20歳未婚のリゼルの俺達二人に、ナシュカの心の中を読むことは難易度が高すぎたんだ……。


 その後リゼルはロボットのような受け答えを無表情で行って、ベースへと帰還したのだった。


 その日の夜。

 反省会という名のリゼルのヤケ酒が始まり、俺は背中をさすりながら悲しみに暮れるリゼルを慰めーの、しくしくと泣きながら自身の半生を語るリゼルの話を聞きーの、出来上がって来たリゼルの愚痴を聞きーの、うつらうつらするリゼルの抱き枕としてのお役目を果たしーのしながら夜は更けていったのであった。


 次は頑張ろうなリゼル。

 俺も微力ながら力を貸すぞ!


 リゼルのウェディングドレス姿を見ることを俺のスライムライフの目標の一つに追加して、この騒動は幕を下ろしたのであった。

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