019 リゼルとの買い物2

 リゼルと彼の会話によると、彼ナシュカはこの雑貨屋の一人息子で15歳。その容姿からは15歳には見えず、もう2、3歳幼く見える。


 リゼルは月に一度、山奥の拠点ベースからここ、雑貨屋という名のホームセンターに必要な物を買い出しに来ているという事らしい。

 リゼルの生活必需品や食料はもちろん、俺たちグロリアの物も一括してここでそろえていると言う。

 店側からすると大量の物資を1か月分も買っていく大口顧客というわけだ。


 時間的なものだろうか、現在店内に俺たち以外の客はいないため、ナシュカは入口扉にかかっている札を裏返し『営業中』から『準備中』にし、扉を閉めて俺たちだけの相手をしてくれるようだ。


 1か月分の大量の物資の受け渡しのため、ナシュカとリゼルはカウンターを通って店の奥へと進む。


「それでさ、サウザンドテンタクルスにはびっくりしたよ」


「それは凄いですね。僕も食べてみたかったです」


 まぶしい笑顔にも慣れたのか、リゼルは和やかに会話を続けている。


「そのピンチの時、預かっているスライムが私を助けてくれてね。

 危うく二度とナシュカに会うことが出来なくなるところだったよ」


「その、なるべく危険なことはしないでくださいね。心配です。リゼルさんが怪我でもしたら……」


 ナシュカは足を止めて俯いてしまう。


「ご、ごめんごめん! ほらそうだ、スライム、スライムだ!

 ちょうどそのスライムを連れているんだ!」


 瞬間、クラテル越しの視界と音声だったものが俺自身の視覚と聴覚に届くようになった。

 泣き出しそうな少年をあやすかのように、リゼルは突然俺をクラテルから出したのだ。


 バランスボール大の俺からするとリゼルはもとよりナシュカも見上げる形となり、見上げた先にはキラキラと目を光らせる少年の顔がある。


「この子が! ねえリゼルさん名前は? 名前はなんて言うの?」


「こいつの名前はスーだ。ほらスー、ナシュカに挨拶するんだ」


 出るなと言われていたので心の準備も出来ていなかったけど、俺も立派な社会人経験者。

 リゼルに恥をかかせるわけにはいかないので、きちんと挨拶するぞ。


 やあ、俺は悪いスライムじゃないよ!


 もちろん発声器官を持っていないので伝わるわけないのだが、とりあえず体をぷるぷると震わせて意気込みだけは見せておく。


「僕はナシュカ。よろしくね、スー!」


 しゃがんで俺と目線を合わせると、ニッコリとほほ笑んでナシュカはそう言った。


 挨拶も終わったところで、買い物の続きが始まる。

 俺はまたクラテルに戻されるのかと思ったが、ナシュカが俺を気に入っている様子なのでリゼルは俺をクラテルから出したままにしている。


 カウンターの奥の通路を抜けた先、店の裏には小さな庭があった。

 リゼルはそこでクラテルから1体のグロリアを出す。


 丸いグロリアだ。1mほどの黄色味を帯びた丸いグロリアは、丸い部分全体が顔であり胴体でもある。胴体の半分以上を占める大きな口と口の横にある袋状のものが特徴だ。胴体からは申し訳程度の小さな腕と、ペンギンのような短い脚が伸びている。


 このグロリアはCランクグロリアのモゴモゴンだ。

 その大きな口の中に何でも入れて顔の横の頬袋に貯めこんでいく習性を持っている。口の中に入った物は不思議な力で米粒のように小さくなるため、かなりの量を頬袋に保存できるという。

 頬袋の中に入っているものは外側から透けて見え、心を通わした契約者であれば自由に物の出し入れが可能となる。


 移動用コンテナとしてとても便利なグロリアだが、Cランクのため契約者数は少なく、一般には利用されていない。

 その代わり保存容量は少ないがモゴモゴンの進化前、Dランクグロリアであるモゴンを連れている人はたまに見ることができる。

 逆にモゴモゴンの上位種スターモゴモゴンになると、頬袋内の時間が止まっており、時間経過による腐敗などが起こらないため、国を股にかける行商人には喉から手が出るほど欲しいグロリアとなっている。


 つまりリゼルはこのグロリアに1か月の物資を保管させてクラテルにしまい、楽々ベースに帰還するというわけだ。


 その横で、小さな体で必死に店内から物資を運び出しているナシュカの姿が見える。

 自分の姿が隠れてしまうかのような大きな袋やら箱やら、それを一生懸命運んでは庭に置いてまた運んでは置いて、をしている。

 そしてリゼルは運ばれてきた荷物を順番にモゴモゴンの口の中に入れている。

 モゴモゴンが口を開け、そこにリゼルが荷物を近づけるとスッと消えてしまう。

 吸いこんでいるんだろうか、リゼルは一緒に吸い込まれないんだろうか、どこら辺りで米粒のように小さくなっているんだろうか……。


 そんな様子をぼーっと見ている俺。何か手伝ったほうがいいのかなと思いだしてきたころ……。


「わわわっ!」


 前が見えないほどの荷物を抱えたナシュカが店の中から現れて、足元の何かにつまづいたのか体勢を崩し、抱えていた箱がグラグラと今にも落ちそうだ。


「わーっ!」

「ナシュカっ!」


 ヨタヨタと体勢を立て直そうとしていたナシュカだったがそれが裏目に出て庭の石につまづいてしまい、手に持っていた箱が宙に舞い……俺のほうへと飛んできた!


 今こそ俺の出番だ!

 俺はスライムボディを駆使して、落下する箱を見事にキャッチする。


 ふぅ、危ないところだった。買ったものがオシャカになるところだった。よかったなリゼル。


 リゼル?


 いつもならよくやったぞスー、とすかさず褒めてくれるのだが、何の反応もないことに疑問を持ちリゼルへと視線を向けたら……。


 なんだか抱き合ったまま彫像のように微動だにしないリゼルとナシュカの姿が目に入って来た。


 リゼルはナシュカを抱きとめており、ナシュカはリゼルの胸に顔をうずめたまま視線を上げ、リゼルと見つめ合っている。


 なるほど、倒れそうになったナシュカをリゼルが助けたんだな、と察する俺。

 ナシュカも無事で荷物も無事なら万事OKだな。


 俺はキャッチした箱をドサリと地面に降ろす。


 その音が引き金になったのか――


「あわわわわ、す、すみません!」

「い、いや、そんな、私こそすまない」


 今まで接着剤で固定されたかのように抱き合っていた二人が、磁石のS極同士が反発するようにパッと離れたかと思うと、お互い明後日の方向を向きながら謝罪を口にしている。


 こ、これはもしや……ラブってやつでは?

 ドドーン! と俺の意識の中で雷が落ちたような効果音が走った。


 ははーん、リゼルがご機嫌だったのはナシュカに会うからで、消臭は女子のたしなみというわけか。

 ナシュカはナシュカでリゼルになついている(ように見える)ため、これは脈ありだろう。


 つまりは相思相愛!

 35歳独身恋愛奥手だった俺でもわかる典型的な恋のパターンだな!


 ふむふむ。そういうことなら俺も協力しよう。

 リゼルも結婚しても良い年だ。いや、20歳なので若干遅いともいえる。

 このままでは結婚できないままおばあちゃんになってしまうぞ。


 日夜ベースでグロリアの世話に忙しいリゼルに俺は自分を重ねてしまう。


 そうならないようにここでしっかりとお付き合いを始めてだな、無事に結婚式を挙げるんだ。


 さて、協力するにしてもどうしたものか。

 恋愛奥手の俺にはさっぱり案は浮かばない。


 結局その場では何も起こらずに、その後二人は無言で淡々と荷物を整理し、俺たちはベースに帰還したのだ。


 その夜。

 俺はリゼルの部屋にいた。いたというか寝床にいたところを連れ出されたというのが正しいのだが。


「はぁ……」


 ため息をついているリゼル。


 俺は胡坐あぐらをかいて座っているリゼルの膝の上にいて、リゼルに抱きすくめられている状態だ。

 つまり手触りの良いクッション状態。

 俺の大きさはバランスボール大なんだが、その大きさが逆に抱き着いている感じがして良いのだろう。


「ナシュカに触れてしまった……。思ったよりガッシリしてて……。男の子なんだな……」


 その時のことを思い出しているのだろうか、俺を抱きとめている腕の力が強くなる。

 俺のスライムボディはぷにぷにでナシュカの代わりにはならないぞ?


「あんなに近くでナシュカと……それどころか、む、胸を押し付けてしまった……嫌われてはいないだろうか……」


 俺の背中部分に、ぽふりとリゼルの顔が寄りかかってきて、密着した状態でぷうぷうと息を吹き出している。

 それに合わせて俺のスライムボディは音を鳴らす。


「はぁ……」


 リゼルは顔を上げ……そしてため息に戻る。

 先ほどから何度も何度も同じやり取りをしているのだ。


 大丈夫だリゼル、あの雰囲気はリゼルを気にしている雰囲気だったぞ。脈ありだ。

 それに俺が力を貸すから元気を出すんだ。


 俺は体をプルプルと振るわせて俺の意思を伝える。


「ん、ありがとうスー。……頑張ってみるよ」


 伝わったのか伝わらなかったのか、とにかくリゼルは前向きになったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る