018 リゼルとの買い物1
ある日のことだった。
「ふんふふふ~ん」
どこからか鼻歌が聞こえてくる。
しかしえらくご機嫌のようだ。珍しい。
この前、調査の仕事でたくさんの報酬をもらった時でもこんなに機嫌は良くはなかった。
グロリアとしては
いったいどんな良いことがあったのだろうか。
俺はそのご機嫌気分を分けてもらおうと思い、ぽよぽよとバランスボール大のスライムボディを揺らしながら鼻歌の発生源を求めて移動を開始する。
音源はすぐに見つかった。
そこは俺の寝床からそう遠くないリゼルの私室。
ドアは開け放たれており、中の様子は丸見えである。
ここにはリゼルしかおらず、人里離れた深山の中に位置しているため人が訪れることなどほとんど無い。
そのためリゼルは就寝時以外はいつも部屋のドアを開いたままにしている。
風通しを良くしたいのか、いつでもグロリアが訪れることが出来るようにしているのかは分からない。
という訳で本人公認オープンであるため、俺が私室に立ち入ることも問題ではないのをご承知いただきたい。
やましいことをしているわけではないので、気配を殺さずにあえて自分の来訪を伝えるように音を立てて、ぽよりんと跳ねて部屋にINする。
想像通り部屋の中には鼻歌混じりでご機嫌なリゼルの姿があった。タンクトップにホットパンツ姿で、まあ、いつも通り朝のルーズな姿ではあるが、下着姿じゃない事は褒めたい所だ。
「ん? スーじゃないか。今私は忙しいんだ。腹が減ったのなら後にしてくれよ?」
そう言って、何やら手に持った筒から出る霧状のものを体に振りかける作業に戻ってしまった。
ちなみに俺は腹が減ってリゼルの元を訪れたことは一度もないので、この誤解は心外だ。
そもそもこのスライムボディには空腹も腹痛も存在しないのだ。
腹がないからね。
そんな俺を意識外に置いて鼻歌交じりで作業を続けるリゼル。
シュッシュと腕に、体に、脇に、太ももにと霧状のものを吹きかけている。
手に持った霧吹きというか液体の入ったボトルというか、そこにはラベルが張られており、ラベルには『ニンシャーザルのミスト』 と記載されている。
ニンシャーザルとは、Dランクのグロリアで体長50cm程度の小型の猿のような姿をしている。どこからか取り出しているのか自分の体がすっぽり隠れるほど大きな布を使い、まるで忍者のように背景に溶け込んで隠れる習性がある。隠れる時に使うのはその布だけではなく、消臭効果のある液体を使って自身の臭いを消して見つかりにくくするのだ。
これらを利用したニンシャーザルを人間が風景から見分けるのは困難で、気配察知に定評のあるグロリアでも困難を極めるという。
ニンシャーザルのミストの中身はニンシャーザルが消臭に用いる液体だろう。
つまりリゼルは念入りに消臭しているという事だが、俺たちグロリアの臭いを消してどこかに行くんだろうか。
ちなみにスライム族の臭いについてなのだが、一部スライムには悪臭を放つものも存在するが、この俺ダークスライムはそんなことは無い。
……と神カンペにも書いてある。
まあとても嬉しそうだし邪魔するのも悪いな、と思いリゼルの部屋を後にした。
その後少しして、俺が空腹だったと勘違いしたリゼルが食事を持ってきた。
とてもニコニコしていたので、特に必要ないけど食べる事にする俺。
うまいか? たんと食べろよ、と言いながら俺が食事をするのを満面の笑みを浮かべながら見ているリゼル。
あまり見られているとなんだか恥ずかしくて食べにくいのだが……。
◆◆◆
食事が終わり次第、俺は速やかにクラテルに収納された。
何事か、と思う暇もなく
見えてきた目的地は大き目の街だった。
石造りの道と、同じく石造りの家が並んでいる。それらは碁盤の目のように規則正しいわけではなく、大通りを挟んでその周囲に広がる様に街並みが広がっている。
その大通りは王都まで続く街道であり、街並みのとおり街道沿いに発達したこの街は石の城壁で囲まれてはいない。
城壁といえば、人間同士の争いか狂暴な猛獣かから身を守るために築かれるのが常であるが、この世界は平和で戦争もなく、恐ろしいはぐれグロリアは街の近くにはいないため、城壁自体が存在することが
さすがに王都ともなれば別であるが、地方都市であるこの街には無用の長物だ。
ちなみにリゼルの
などと思っているうちに、ヒーランは街の中心部から少し離れた
そこからは歩いて街へと足を踏み入れる。
今日のリゼルは軽鎧を身に着けてはいない。
鎧の代わりにパーカー風な赤い上着を着ている。
街に用事があるのだから危険は無い、と言われればそうなのだが、ブライス家に来たときは身に着けていたと思うぞ?
ちなみに俺は未だクラテルの中。
俺はジャックスライムに進化するために輝力を絞られた状態で生活する必要があるため、クラテルから出るように常々言われている。クラテルの中では輝力を消費しないからだ。
そのため、飛行中はまだしも、それ以外であれば即クラテルから出されているのだが、今日は違う。
逆に
スライム嫌いのクライアントに会うのだろうか。それなら別に連れてこなくてもよかったのでは? と疑問符が浮かぶ。
ともかく今日のリゼルはいつもと違う。
ご機嫌なのは良いことなのだが少し気になる。
リゼルの腰のベルトに着けられたクラテルから外の様子をうかがう俺。
どうやらお目当ての場所にたどり着いたようだ。
大通りに面した建物。見た目は少し大き目の民家のように見えるが、入口には『雑貨屋』と書かれた看板が掛けられている。
どうやらお店のようだな。雑貨屋ということはファンシーなグッズが売っているのだろうか。
リゼルがクマのぬいぐるみとかフリフリのレースがついたハンカチとかを買う姿なんか想像つかないけどな。
そのリゼルはと言うと、ふーっ、と一息大きな呼吸をし、よしっ、と何故か気合を入れた後扉へと手を伸ばした。
扉を引くとカランカランと取り付けられた金のベルが音を鳴らした。
お客の来訪を告げる金が鳴る中、雑貨屋へと足を踏み入れる。
扉をくぐった先には、目を覆うほどのファンシーな世界……が広がっているというわけでは無かった。
確かに所狭しと並べられた棚には数多くの物が置かれているが、なんというか武骨な感じを受ける。
鍋や金槌、干し肉に木の苗など、こじんまりとしたそんなに広くない建物の中、そういうものが死角のないように配置されている。
これは見たことがあるぞ。規模は違うがホームセンターだ!
「いらっしゃいませ!」
元気な少年の声が聞こえてくる。
入口正面のカウンターには誰も人がおらず、その奥からだ。
お客様を待たせるわけにはいかないと、タタタと奥から駆けて来たのは少年。
茶色のおかっぱ髪型で、ほっそりとしたラインの童顔。
そしてリゼルと比べると低めの身長の少年。
「お、オホン。や、やあナシュカ」
「リゼルさん! お久しぶりです!」
少年はリゼルの姿を目にすると、ぱぁっと笑顔を浮かべる。
「うん、1か月ぶりだな。元気だったかい?」
「はい、ありがとうございます。リゼルさんはお元気でしたか?」
この少年、ナシュカという名前のようだが、どうやらリゼルとは顔見知りのようだ。
ナシュカはそのままカウンターから出てリゼルのそばまで来ると、ニコニコ顔のままリゼルを見上げている。
「う、うん。私も元気だったよ」
ニコニコ顔の視線が眩しいのか、リゼルはナシュカへの視線を外すように明後日の方向を向いて返事をしていた。
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