016 リゼルとのバカンス3
精魂尽き果てそうになった時、突然ニードルフィッシュの猛攻が止んだ。
今まで雨のように降り注いでいた魚たちがぱったりといなくなったのだ。
どういうことだ?
そんな状況をいぶかしむ俺。どうやらリゼルも同じようだ。
甲板に残っていたニードルフィッシュがビチビチと跳ねて海へと戻り、勢いよく船の後方へと泳ぎ去る。
「移動、していただけなのか……?」
リゼルは船の後方を見やる。
俺もその視線を追ってみると……船の前方から現れた黒い塊は、今や船の後方遠くへと移動している。
そういえば、ニードルフィッシュたちは船の正面からだけ襲ってきた。前方から矢のように襲ってきて、横や後ろからの襲撃は一切無かったな。
――キュエェェェ
俺の思考を中断するかのように、頭を突き抜けるような甲高い音が響き渡る。
これはホルンの鳴き声だ。
「どうしたホルン、――っ⁉」
リゼルの声が上擦った瞬間、俺の視界が一気に上昇し、体が地面についてないという浮遊感が込み上げて来た。
俺たちがニードルフィッシュの不可解な状況を理解する前に、さらなる展開が襲って来たのだ。
海から伸びる無数のうねうねとした細長いものが俺の視界に入る。
それら無数の触手のようなものが突如海から生えて、一瞬のうちにリゼルを、俺を、ルプシュを、グラグラを絡め取ったのだ。
「な、なんだこいつは!」
触手に足を巻き取られ逆さづりにされてるリゼル。
俺たちが乗っていた船も太い触手にからめとられて宙吊りだ。
視界が急に悪くなり、体の周囲の温度がぐっと下がる。
相手を確認する間もなく俺たちは海の中に引きずり込まれた。
海の中っ!
俺の心に恐怖心がよみがえる。
体の中身が外側に引きずり出されるあの感覚を思い出したのだ。
だけど俺の体は何ともなかった。
塩分濃度の濃い海水に体中全方向満たされているというのにだ。
さすがはダイオウカエルの油エキスだ。
海水を物理的に遮断しているだけでなく、伝わってくる水温も若干マイルドになっている。
ちなみにニードルフィッシュに体を噛み千切ら出た部分は油が取れてしまっているので、その部分をうまく体の内側に入れ込むようにし、表面は油エキスが塗られている状態をキープしていた。
あの猛攻の中も油断せずにいてよかった……。
冷静さを取り戻した俺は状況を把握しようと試みる。
触手に絡めとられた皆は俺と同様に海の中。船の前を泳いでいたホルンもその巨体を無数の触手にがんじがらめにされている。
触手の先は暗い海の底へと続いており、その先にあるであろう犯人の姿は確認することが出来ない。
その触手だが、人間の手首ほどの太さのものから大木のように太いものまで様々な太さのものがある。
それらが純粋な筋力で巻き付いているのもさることながら、表面にある吸盤のようなものが体に吸い付いてきており、なおのこと体の自由を奪っている。
神カンペにはこの形状の触手を持つグロリアがいくつか存在するが、この状況では特定まで至らない。
――コボッ
俺の目の前を泡となった空気の塊が通過し、水面へと上がっていく。
俺は酸素を必要としないが、リゼルや俺以外のグロリアは酸素が必要なはずだ。
自分の事で手一杯で気付かなかったが、皆冷静に自身に絡みつく触手を引きはがそうとしている。
だがその効果は芳しくないようだ。
俺の球体スライムボディにも古新聞を紐でくくるかのように十文字に触手が絡みついている。
不定形の俺の体を掴み取るためだとは言え、一本の触手を器用によくもまあ!
感心している場合じゃないのだが、器用な絡みつき方と吸盤の力もあり俺の力では振りほどけない。
リゼルは大蛇にぐるぐる巻きにされたかのように触手に締め上げられており、手が自由にならないため脱出の糸口もつかめていない。
あのままではじきに窒息してしまう。
何とか酸素をリゼルに届けなければ。
そう思うものの、それには二つの問題が立ちふさがっていた。
まず酸素をどこから調達するのか、そして触手につかまった俺がどうやってそれを届けるかだ。
不可能にも近いこの課題、どうやって解決すればいいのか。
リゼルの動きが鈍くなってきた。
いよいよやばい、どうする、考えろ健太郎、リゼルを死なせるわけにはいかないんだぞ。
酸素ボンベさえあれば海の中でも息ができるのに……。
酸素ボンベ、酸素ボンベ、さんそ、ぼんべ……閃いたぞ!
この方法なら何とかなるかもしれない。
脱出と酸素、両方やってみせる!
まずは触手からの脱出だ。
吸盤に吸い付かれているのが脱出するための一番の障害だ、それさえ何とかなれば脱出できる。
だが、それも問題ない。
俺は吸盤が吸い付いている部分のスライムボディを破棄した。
吸盤が離れないのなら、離れない部分を本体から切り離せばいい。もちろん切り離す部分は最小限だ。
そしてタイミングを合わせて体の形状を変化させ、十文字の触手による拘束から脱出した。
体を切り離して油エキスが無くなった部分に海水が触れ、浸透圧で中身が吸い出される感覚が俺を襲う。
我慢だ我慢!
こんなのリゼルの辛さに比べたら!
俺はスライムボディをなみなみに、
途中触手が襲ってきたが、何とか回避に成功している。
ここで捕まっては元の木阿弥だ。
リゼルっ!
俺がリゼルの元にたどり着いた時にはもう、力なくぐったりとしていた。
今助けてやるからな!
俺は体を広げていき、リゼルの顔に覆いかぶさった。
首から上を俺のスライムボディで一度包み込む。
リゼルの頭部は俺の体に包み込まれ、宇宙服のマスクのようになっていることだろう。
中に残っている海水を上手に包み込んですべて外へと排出する。
ここからが本番だ。
俺はダークスライム。体内でいろいろな毒素を作り出すことが出来るのが特徴だ。
それはつまりは酸素をも作り出すことが出来ることを意味している。
酸素、二酸化炭素、窒素。ボディの外側にある海水を材料に俺の体の中で必要な物質を作り出し、神カンペで調べた大気の成分と同じ割合になるように混ぜてマスクの中へと放出する。
準備は出来たぞリゼル、さあ息を吹き返してくれ!
だが、溺れて気を失っているリゼルは満たされた酸素を吸いこもうとしない。
緊急措置だ、許せリゼル!
俺はマスクの内側に体の一部を伸ばすと、パンパンとリゼルの頬をビンタした。
――がふっ、がふっ
やった! リゼルが息を吹き返したぞ!
「これ、は……。スーか。お前は凄いやつだよ。助かった。ありがとう」
力なく俺に礼を言うリゼル。
俺ができるのはここまでだぞ。
「ふふっ、分かっているさ。あとは私が頑張れってことだろ?」
なんか伝わってる。そうだその通りだ。
マスクの中の成分調整は任せろ。吐き出した二酸化炭素も分解して最適な酸素濃度を保ってやるからな!
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