015 リゼルとのバカンス2

 俺たちはビーチ近くにある船着き場に来ていた。

 調査のための船も領主側が出してくれる契約になっているとのことで、この領主専用船着き場に足を運んだのだ。

 

 船着き場と言うより港と言ったほうがいいかもしれない。

 そこには大きさの大小を含め多種多様な形状の船が所狭しと係留されていた。

 

「本当にこの船でよろしいのですか? 大型の船もご用意できますが」


 俺たちが一つの小型船の前にたどり着いた時、領主の使いさんが静かに口を開いた。


 領主側は多数の乗組員が必要な大型の船での調査を想定していたらしいのだが、リゼルは事前にそれを固辞し一人で操作できる小型の船を選択したというのだ。


 そのため、領主の使いさんの発言は、遠洋に小型の船では心許ないのではないか、という心遣いが含まれているのだろう。


 遠洋がどんな場所なのか俺には想像できないが、荒波が渦巻く場所だとすると目の前の小型船で大丈夫なのだろうかと心配になってくる。


 見た目は大き目のヨットというかクルーザーの様に船室があるタイプだ。5m程度の船体の中央に大きなマストが張られており、操作は甲板で行うみたいだ。


 木製ではあるが作りはしっかりしているようで、船室の前方には透明な板で波よけが取り付けられているなどオシャレな造りをしている。


「うん、なかなかいい船だな。こちらをお借りします。契約どおり何かあっても損害金は支払いませんよ」


「はい、存じております。船自体はどうなっても問題ありませんが、クーシー様には危険が及ばないことを願っております」


 揺るぎないリゼルの言葉を聞いた使いの方は、一礼すると主の元へと戻っていった。


 調査業務に対して報酬の他にプライベートビーチの利用と船舶の無償提供か。かなり破格な契約内容だと思うが、領主は相当の金持ちなんだろうな。


 などとやり取りを行って、さあ船に乗り込むぞとリゼルが意気込んでいるところで大問題が発生した。


 他のグロリアはリゼルの後ろを着いて行く中、なぜか俺だけはリゼルにがっしりと抱きかかえられて船へと連行されようとしていたのだ。


 リゼルの意図を悟った俺は腕の中からの脱出を試みたのだが、その様子を見たリゼルは――


「スー、お前ももちろん行くんだぞ? 何を逃げようとしているんだ?」


 と、死刑宣告をしてきた。


 俺は留守番または特別にクラテルの中に入れてもらえるのだと思っていたがそうではなかった!


 いや、俺は海水だめですから。落ちたら死んでしまいます。

 絶対に波で大いに揺られる船ですもの。揺れた瞬間に大海原にダイブする可能性が高い。

 断固拒否します!


 俺は体をぷるぷると振るわせて拒否アピールする。


「なんだ海が怖いのか? だらしないやつだな。大丈夫だよ。ほらちょっと待ってな」


 そう言うとリゼルはカバンから何かを取り出した。

 その小さな瓶には何かの液体が入っているようだ。


 瓶の液体を手に取り、しなやかな指に絡ませていくリゼル。


「ほらじっとしてな。こいつはダイオウカエルの油を加工したもので、スライム族と一緒に泳ぎたいという金持ちが特別に作らせたものだ。こいつを塗ると、水の中でも問題ないというわけだ」


 ダイオウカエルの油については知っている。かなりの高級品だ。

 この油も調査契約の条件の一つとして提供されたものなんだろう。


 リゼルの細い指が俺の体を行ったり来たりする。


「はぁぁ、スーの体はいつもぷにぷにで気持ちいいな」


 何やらリゼルも楽しんで塗っているようだ。俺の方もまあ悪い気はしない。オイルマッサージみたいな感じだ。

 体の隅から隅までオイルを塗りたくられて、ギトンギトンになった俺。


 ま、まあこれなら海水をはじけそうだな。もしかして海水に浮けるかもしれない。

 とはいえテスト遊泳は止めておこう。

 入る必要が無いに越したことはないのだ。


「さて出発するぞ!」


 リゼルの掛け声と共に船は陸を離れ、大海原へと進みだした。


 ◆◆◆


 ――ざっぱーん、ざっぱーん


 揺れてます。しこたま揺れてます。

 内海というか船着き場からある程度の距離までは波も穏やかだったので船旅もいいものだと思っていたのだが、ある時を境にやたら波が高くなり船がそれに翻弄され始めた。

 小型船なので波の影響を受けやすいのだ。


 俺といえば、すごい揺れで船酔いする事よりも、この揺れで海に投げ出されないかを心配している。

 スライムボディはこの程度の揺れで酔ったりはしない。

 以前にスタンドビーフのぎゅうたろうと戦った際に受けたオックスロアのような咆哮ならまだしも。


 船の前方でアクアビーストホルンがすいーっと泳いでいるのが見えた。


 波は荒いが天候は快晴で見晴らしも良い。

 大型船なら絶好のクルージング日和だろう。


「そろそろ目的の海域だが、これと言っておかしなところは無いようだな」


 リゼルは揺れる船に逆らわず柔軟に体幹の移動をしているようで、まるで地面に根付いた樹木のようにどっしりと構えている。


 バランスボール大の俺の視点の高さはリゼルの視点の高さとは違うため、彼女のように遠くまで見ることは出来ない。

 だから調査には協力できないな。うん。


 何もおかしなところが無い海を行くこと数分。

 その状況は一変した。


 ――キュエェェェ


 船の先を泳いでいたホルンが鳴き声を上げた。


「何か……来る」


 リゼルもその気配を感じ取ったようだ。

 俺はというとさっぱりわからない。波の動きに翻弄され続けるだけの哀れなスライムだ。


 おうっ!

 船体が波に持ち上げられた衝撃で俺の体が宙に舞う。


 ……あれは……。


 落下までのわずかな間にその光景を目にした。

 青かった海面が何かによって黒く色を変えていく様を。


「お前たち注意しろ。来るぞ!」


 瞬間、羽音のような音と共にそれは襲い掛かって来た。

 魚だ。体長40cm程度の魚。口には鋭いギザギザの小さな牙がたくさん生えており、その牙で獲物を噛みちぎるのだろう。

 こいつはEランクグロリアのニードルフィッシュだ。

 

 まるで海中から撃ちだされているかのように、海面から飛び出すニードルフィッシュ。1匹ではない。10匹、100匹と、俺たちの船に襲い掛かってきた。

 

 船体のへりに、マストにと噛り付くニードルフィッシュ。

 その凄まじい歯の威力で木造の船体はボロボロにされて行く。

 

「ルプシュは船前方で飛んでくるのヤツを爪で撃退、ヒーランは空で待機、スーとグラグラは自分の身を守ることだけを考えろ!」


 的確に指示を飛ばすリゼル。

 

 自分の身を守ることだけって言われても……ひえっ!


 俺の体をニードルフィッシュがかすめて行った。

 それが二度三度、息つく暇もなくやってくる。


 俺の体をかすめたヤツやその突撃で獲物に巡り合えなかったヤツは、甲板の上でビッチビッチと跳ねて海へと帰っていく。


 タイマンならDランクのダークスライムがEランクのニードルフィッシュなどに負ける事は無いのだが、数が多いと事情が異なる。戦争は数だよ兄貴。とどこかで聞いたセリフが頭の中に再生された。


 同じく防衛組のフォレストオウルグラグラはニードルフィッシュと同等のEランクであり、タイマンだとしてもいい勝負なため、俺よりも厳しい戦いを繰り広げている。


 危ないっ!

 

 俺はグラグラめがけて飛翔してきたニードルフィッシュに体当たりを食らわせその軌道を逸らす。

 一瞬、グラグラと視線が交錯する。

 助かったぜ相棒! と言われている気がした。


 きっと気のせいじゃないぜ。俺とグラグラはリゼルの調教せいかつを共にする仲間だ!


「ホルン、無理はするな。体にまとわりつくヤツだけを叩き落していけ!」


 海の中のホルンはもっと厳しい戦いを強いられているのだろう。

 あの巨体はニードルフィッシュたちのいい的になってしまう。


 最中さなか、何かが激しく海面に叩き付けられた音と衝撃が起こった。


「いいぞホルン、その調子で魚達を海面に叩きつけて体から叩き落すんだ」


 どうやら水中のホルンがイルカのジャンプのように海面高くまで飛び上がり、入水時の勢いで体に着いたニードルフィッシュを一気に倒しているようだ。


 しかし多勢に無勢。俺たちはじわじわと押されている。

 前方で迫りくる多くの魚を打ち落としているルプシュだが、いくらか傷を負ってしまっている。


 俺も何度か体をかじり取られた。痛くはないが、やられすぎると死んでしまいます。

 グラグラはうまく回避していたがそろそろ息が上がってグロッキー状態寸前だ。


「このままじゃ……どうする、考えろリゼル」


 戦況に渋い表情を浮かべるリゼルだが、自分の脳をフル回転させている最中なのだろう。その目には強い光が宿っており、こんなことで彼女が屈することが無い事を物語っている。

 俺たちグロリアはその目を見るだけで彼女を信じて戦えるのだ。


 とはいえ、早い所解決策をたのむぜ。もう持たない。

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