014 リゼルとのバカンス1
「よろこべ! 日頃頑張っているお前たちにバカンスを与えようと思う」
ある日、はちきれんばかりの笑顔でリゼル・クーシーはそう言った。
◆◆◆
そして俺たちはここにいる。
空にはギラギラと輝く太陽。
足元にはその太陽に焼かれた目の細かいサラサラの白い砂が敷き詰められている。
目の前には視界のどこまでも広がる青色。端から端まで濃い青色と薄い青色の境目がはっきりと見える。濃い青色は流動しており、その音が規則正しく聞こえる。
流動する青色からはそれ独特の香りが発せられ、ここが特別な場所であることを主張している。
つまりは、海だ。
ここは綺麗なビーチで有名な観光地。
国内外から多くの観光客が訪れる人気スポットだ。
日も昇っていない朝早くからリゼルに叩き起こされ、冒頭の謎な発言を聴いた後、すぐさまクラテルに詰め込まれてヴァリアントホークで飛ぶこと数時間。
到着したのがこのビーチだった。
ビーチに到着するや否や、リゼルはビーチパラソルとビーチベッドを調達し、てきぱきと陣地を整えていく。
いつの間にかテーブルも用意されており、その上には綺麗なガラス容器に入った青色に透き通った液体とその中に浮遊する赤く熟れた果物らしきものが見て取れる。
あっけにとられる俺たちの前で、ガラス容器を手に取り刺さったストローに口をつけ、中の飲料でのどを潤すリゼル。
「ん? どうした。お前たちも自由にしていていいんだぞ?」
ぽかんとする俺たちグロリア一行。
何の説明もなく連れてこられて自由にしていいとはこれいかに。
「そうだ、暇なんだったらサンオイルでも塗ってもらおうかな。そうだそれがいい。自分で塗るよりよっぽど極楽に違いない」
ビキニではなく、太ももの上まである競泳水着のような形状の紺のワンピース水着を身に着けているリゼル。日に焼ける面積もビキニと比べるとかなり少ないのだが、焼くならビキニのほうがいいのでは? とは言わない。
ちなみにこの世界では紫外線量は少なく、小麦色の肌は健康の証だ。
ほらほら、さあさあ、と期待のまなざしでこちらを見ているリゼルだが、ご要望のサンオイル塗りは丁重にお断りしておいた。
そもそも俺には手が無いし、このスライムボディで
おかげで、犠牲になったのは
その白い羽でサンオイルを塗らされて、羽がサンオイルまみれになっている。
飛べない鳥が余計に飛べなくなったのではなかろうか。
ちなみにこのバカンスに連れてこられたのは移動役のヴァリアントホークのヒーラン、
リゼルったらあんなグロリアを所持していたんだな、と遠目で海の中を泳ぎ回るその姿を見ている俺。
リゼルの手持ちでは初見というだけで、俺はあのグロリアが何者かを知っている。
あれはCランクグロリアのアクアビーストだ。
全長5mくらいでクジラのような姿をしており、その姿は白く、大きな4枚の胸ヒレで水の中を自在に動き回ることができる。ヒレの数がクジラと違うこともさることながら、最も違う特徴というのはその頭には鋭く尖った長い一本の角がついていることだ。
いうなればイッカクの姿に近い。
イッカクは動きが鈍く角も狩りのために使うわけではないらしいがこちらは全くの逆だ。
3mはあろうかという角で海の中の魚グロリアを追い回しているようだ。
「お前たちもホルンと一緒に泳いで来たらどうだ。きっと気持ちがいいぞ」
あのアクアビーストの名前はホルンというのか。
しかしまあ、一緒に泳いで来たらいいと言われても、このメンツの中で泳げそうなのは、犬型のルプシュしかいない。
ヒーランとグラグラは
昔、レナと海に行ったときにひどい目にあったからな。俺のスライムボディは海水とは相性が悪すぎる。
それでも海に興味があるのか俺以外の3体は波打ち際まで行ってしまった。
「なんだ、スーはいかないのか? まあそれもいいだろ。ほらこっちに来なよ」
俺の返答を待たずにリゼルは俺を抱きかかえると、ビーチベッドに寝っ転がる。
「んんーっ、ひんやりしてて気持ちいい。日光で火照った肌に染み渡るよ」
……この人、俺をぬれタオル扱いしてるぞ……。
まあいいか。バカンスなんだからリゼルにもリフレッシュしてもらわないとな。
いつもお仕事ご苦労様。
◆◆◆
さんさんと降り注ぐ日光。
砂浜ではグロリアと戯れキャッキャとはしゃいでいる家族連れの姿がある。
人気のリゾート地にしては人の姿が少ないなと思っていたが、どうやらここはプライベートビーチのようだ。
ようはお金持ちがゆったりと過ごすためのもので、庶民は入ることは出来ない。
パリピ系の若い男性二人組がリゼルに声をかけようとしていたが、どうやら不法侵入だったようで摘み出されていた。
そんな金持ち達に交じってバカンスだなんて、リゼルって結構稼いでいるんだな。
ひとしきり日光を浴びたリゼルは今はパラソルの影に入ってお休み中。連日の激務でお疲れなんだろう。
すぅすぅと寝息を立てているリゼルに近づく
ちなみに俺は太陽光に当たって温くなってきたという理由で濡れタオル役からは解放されている。
さすがに炎天下の中スライムボディをひんやり温度には維持できない。
遠目では、波打ち際ではしゃいでいるルプシュとグラグラの姿が見える。
そんなのんびりした空間でバカンスする事数時間。
俺の体が水分不足で悲鳴を上げそうになる頃、一人の男が現れた。
「リゼル・クーシー様ですね?」
その男はビーチには似つかわしくなく黒いスーツを身に着けた初老の男性だ。白一色に染まった頭髪はそのスーツとマッチしており、言葉の端からも醸成された清廉さを醸し出している。
声の方をちらりと見て相手の存在を確認するリゼル。
「ああ、もうそんな時間か……」
リゼルは一言そう呟き、ビーチベッドの上で大きく伸びをすると起き上がった。
現在、太陽が真上に達しようかという時間帯。
そろそろお昼ごはんで、俺たちをねぎらうため高級レストランでも予約していたのかなと思った俺は、まだまだ想像力が足りなかった。
リゼルに対し恭しく礼をしたその初老の男は、この地を治める領主の使いであった。
彼曰く、最近遠洋で漁船の乗組員が海の中に不審な影を見たという情報が複数上がっており、その調査をリゼルが受けたのだという。
……やっぱりバカンスではなかった。
バカンスの名を借りた仕事だったのだ。
このプライベートビーチの利用はリゼルがその仕事を受けるための条件の一つらしかったが、仕事の合間につかの間の自由を俺たち(?)に満喫させようというリゼルの心遣いも理解できる。
それならそうと言っておいてくれたら心づもりをできたものを、と思うが、人間とグロリアでそれだけの意思疎通を図るのは難しいのだろう。
言うまでもないが、俺は完全に理解してますからね。
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