013 リゼルとのせいかつ2
「ほら走れ走れ!」
今日も日課のランニングだ。
いつもどおりリゼルの指導とグレーターハウンドの牙が追ってきている。
――くえーくえー
今日は地獄ランニングに仲間がいる。
鳥型のグロリアであるフォレストオウルだ。
まるいつぶらな瞳に小さなクチバシ。普通の鳥のように側面に目があるのではなく人間のように前面に顔パーツが集まっており癒しを与えてくれるようなそんなチャーミングな顔をしたやつだ。
白い体毛で広げれば1mにもなろうかという大きな翼と、これまた特徴的な長い尾羽を持っている。
オスなので彼と称すが、彼は俺と同じく別の
どうやら鳥なのに空を飛べないらしい。
彼の目下の課題は空を飛べるようになること。
ランニングしていて空を飛べるようになるのだろうかという疑問は生まれるが、あのリゼルが課した特訓内容に間違いは無いのだろう。
弱々しい鳴き声を上げながら必死に走っている彼の名前はグラグラ。
白い尾羽は地面に引きずられて砂にまみれて汚れてしまっている。
他のグロリアのことを心配している場合じゃない。俺もすでにふらふらで、俺たちの後ろにはグレーターハウンドのルプシュが牙をむいて追いかけてきているのだ。
――くえぇぇぇぇ
すまんが助けてやれそうにない!
お互い生き延びて明日を迎えよう!
全速力で走りこんだ後、最近は『戦い』が育成プログラムに組み込まれている。
進化のためには進化のトリガーだけではなく経験値も必要なのだ。
その相手はグラグラ、二人ともへろへろの状態で体をぶつけあうことになるのだ。
ばっちんばっちんと体をぶつけあうこと数十分、お互い相打ちになった形で地面へとにゅるり込んだ。
「なんだダウンか? 情けないな。
体力が足りない証拠だな。休憩したら走り込み再開だ。
私は別の仕事があるから見ててやれないが、ルプシュ任せたぞ」
疲労でくたくたの俺たちに与えられる過酷な追加メニュー。
リゼルの鬼、悪魔!
こんなリゼルだが、人には見せない一面も結構ある。
例えば先日のことだ。
夜ご飯を終えた俺は腹ごなしにぽよぽよと夜の散歩をしていて、そもそも俺には胃が無かったな、などと思いながら適度な時間を費やした俺は寝床に帰るところだった。
この
極少輝力状態に耐える修行のためにクラテルに入れてもらえない俺はともかく、他のグロリアもここでは放し飼いにされており、牛型であれば牛舎に、鳥型であれば止まり木にとその寝床は様々である。
俺に与えられたのは湿地を模したエリアだったが、じめじめしてどうにも受け入れがたく、必死の抗議の結果リゼルの居住区域の物置部屋をあてがわれた。
物置部屋だけあって物がごった返しているが、人間だった時はワンルームの部屋に住んでいたから狭いのも散らかっているのも慣れているので全く問題はない。
そんなごった煮空間の空いている場所に丸い木製の
その物置、いやさマイルームに帰る途中、部屋で一人酒を飲んでいるリゼルに遭遇したのだ。
「なんらぁ、スーじゃないか、そんなところにいないれ、一杯つきあえよぉ」
すでにろれつが怪しいリゼルに取っ捕まった俺は部屋に引っ張り込まれた。
これが20歳女性の私室なのか、と思うくらい普段の姿通りの質素で男前な部屋の内装とレイアウトだった。
床には脱ぎ散らかされたレザーメイルや服。どうやら昼間着ていた服のようだ。
今はタンクトップにハーフパンツとラフな格好で酒をたしなんでいる。
「ほれほれ、飲みなぁ。私の酒がのめんのか~」
木製のコップに酒が注がれて俺の目の前にごとりと置かれる。
シュワシュワと泡が立ち昇っていることからスカッと爽快系の酒であることが見て取れるが……。
おいおい、どこの世界にスライムに酒を飲ませようという人間がいるんだよ……。
酒の味を覚えてしまって酒を求めて暴れだしたらどうするんだ。
もちろん俺はそんなことはないが。
「ぶっぶ~、冗談でした~、これは私がのみまぁす」
自分で出した酒を自分で片づけるその姿がツボに入ったのか、ケラケラと笑うリゼル。
完全に酔っ払いだ。
そこからはリゼルの独壇場だった。
あそこの貴族が気に入らないだの、鍛冶屋の親父は頭が固いだの、親御さんは早く結婚して孫の顔を見せろだの、いろいろな愚痴がこぼれてきた。相当溜まっていたんだな。
俺もなかなか進化できなくて仕事を増やしているんだろうな、とそのストレスの一端を担っていたかと思うと申し訳なく思う。
「あっれえ~、もしかしてスーちゃん、私に申し訳ないとか思ってたりするぅ? あっはっは、気にするんじゃぁないよ。私にとってグロリアは恋人だ。カレシってやつ?」
俺ってそんなに気持ちが体に出やすかったっけ?
心を読まれた不思議もそこそこ、酔っ払いがさらに絡んできた。
「ほーれ、ほれ、カレシよー、ちゅーだちゅー」
うげ、なんか抱き着かれたぞ。というよりは腕で締め上げられている。
そういえば初対面でもギリギリと締め付けられた記憶が……。
まさかベアハッグするのが好きなのか?
ベアハッグが男女間の親愛を表すと思っているのなら間違っていると教えてあげなければならないのだが……うぐぐ締まってきた。
俺はこのよっぱらいの暴挙を受けることを良しとせず、もぞもぞとそのベアハッグから抜け出そうと試みる。
「なにを嫌がってるんらよぉ、あ、そうか、服らな。わらしのふくがチクチク刺さって嫌なんらな。んーしょ」
なんだか脱ぎだしたぞおい。
これ以上はなんかやばい気がする。
俺はリゼルが服を脱いでいる隙に部屋を脱出した。
いやあ危なかった。
間違いがあってはいけないからな。
リゼルはああいうところあるんだよね。人前ではパリッとしているのにグロリアの前ではたまにだらしない姿を見せたりするんだ。
朝なんか素っ裸で顔を洗ってたりするからな……。
それから俺は物置に戻って眠りについていたが、べろんべろんに酔っぱらっていたリゼルのことが気になってこっそり残虐会場の様子を見に戻った。
案の定、リゼルは素っ裸のまま寝てしまっていた。
このままでは風邪をひいてしまうので、毛布を引っ張り出してかけておいた。
布団の上に運んでもよかったのだが、運んでいる最中に目を覚まされても困るのでやめておいた。
「う、ううーん。スー、お前は賢いなぁ、むにゃむにゃ……」
突然呼びかけられたので心臓が飛び出るかと思ったが、寝言だったようだ。
おやすみリゼル。
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