010 リゼル・クーシー
「お前がスーか? 案の定しわくちゃになっているな」
俺の目の前には若い女性がいる。
ウエーブのかかったショートカットのつやのある黒髪で、切れ長の目に長いまつ毛、スラっと通った鼻筋に細めの顔。
美人ではあるが彼女の第一声と相まって少しキツそうに見える。
「リゼルさん、遠い所をわざわざすまなかった」
「いえ、ブライスさんの頼みです、問題はありません」
この女性、リゼル・クーシーを呼び寄せたのはマーカスパパだ。
そのリゼルが俺を
リゼルが一体何者なのか。なぜパパが彼女をブライス家に呼んだのか。
これからその理由をお話しよう。
数日前、俺はレナの病気を治すためにその原因であったウィルスを食い尽くした。
レナは熱が下がり、家人たちは大喜びしたものだ。
だがその後、俺の身に異変が起こった。
俺の体は急に熱くなり、まるで高熱を発するかのように体中がほてっていったのだ。
最初は体内に取り込んだウィルスが俺の体の中で増殖したのかと考えたが、そうではなかった。
真夜中のレナの部屋。
マーカスパパもライザママも寝室で眠っており、この部屋には俺とレナしかいない。
俺はレナを起こさないように一人で体の不調に悶えていた。
そんな時、急に俺の体が光に包まれて部屋の中を眩しく照らし出してしまい――
「ん……スー?」
あまりの眩しさに、病み上がりのレナを起こしてしまう事にもなった。
目をこすりながら寝ぼけ
レナの見守る中、俺の体の発光が徐々に終息すると、俺の体は緑色から黒色に変化していたのだ。
俺はEランクのグラスランドスライムから、Dランクのダークスライムへと進化したのだ。
普通はグラスランドスライムから進化すると同じEランクのラージスライムなので、俺は特殊な条件で進化したことになる。
その条件とはおそらくレナのウィルスを取り込んだことだ。
神カンペ内を調べてみたが俺の権限では進化条件を見ることは出来なかった。
だけどダークスライムの特徴からすると間違いないだろう。
ダークスライムは体内で色々な毒素を作り出す事が出来る。外敵に襲われた時にだけ毒素を作って放出するので、普段は毒素を持っておらず無害なスライムだ。
体の色が黒いため見た目がおどろおどろしいが、レナはそんなことはお構いなしのようだ。
「やったねスー! 進化したよ! 進化! しんかっ! しんかっ!」
大はしゃぎのレナ。
ずっと病気で寝ていて
俺の周りをぐるぐると回り、前後左右余すところなく進化後の姿を目に焼き付けている。
成長したとはいえまだまだおこちゃまだな。
そんな様子に、何事かとマーカスパパとライザママが部屋にやってきて――
「パパ、ママ! 見て! スーが進化したの!」
両親ともこの素敵さを分かち合いたいと言わんばかりに勢いよく駆け寄っていくレナ。
だが、途中で急に力が抜けた様に倒れこみ、危うくおでこを床にぶつけてしまう所をマーカスパパに救われた。
病み上がりなんだから無理しないで、とライザママはレナをベッドに寝かせたが、実は病み上がりで調子が戻っていないから倒れたというわけでは無かった。
理由はすぐに分かった。俺が原因だ。
俺が進化したせいで、レナのグロリア許容量を超えてしまったのだ。
人間は
その輝力の総量がグロリア許容量であり、グロリア許容量が多いほど多くのグロリアと契約できるし、高ランクのグロリアとも契約できる。
通常だと、Dランクグロリアを維持するために必要なグロリア許容量を持つには20歳程度まで成長する必要がある。10歳になったばかりのレナのグロリア許容量はDランクの俺と契約を続ける事ができるほど多くは無いのだ。
こうなってしまうと、
足りない輝力を補うため、生命力を使いグロリアを維持しようとするからだ。
せっかく病を克服したのに、このままでは俺がレナを死に至らせてしまうかもしれない。
そして対策を考えるために家族会議が始まった。
極論としては俺との契約を解除することだ。そうすればレナは俺に力を割く必要がなくなる。もちろん契約を解除された俺は消えてしまう事になる。
だがその方法は、誰かが口にする前にレナによって拒否された。
「レナ、スーの契約解除なんか絶対にしないから!」
俺はレナの言葉に胸が熱くなった。
自分では諦めていたからだ。レナを救うためなら何でもできる。それは俺の命だって捨てる事と同義だ。そう思っていたからだ。
レナの目には強い意志が宿っていた。
絶対に絶対、世界がひっくり返っても絶対しないという強い想いが見て取れる。
いつの間にかこんな目を出来るくらいに成長したんだなレナ。
「ええレナ、わかっているわ」
「その通りだレナ。スーは家族なんだ。スーとお別れするなんてあるわけがない」
ママ、パパ……。
どうやら自分の事を軽く考えていたのは俺だけだったようだ。
ブライス家のみんなは俺を家族だと言ってくれたのだ。
ありがとうみんな。
俺にできる事ならなんでもするよ!
そして冒頭に戻る。
この状態を何とかするために、グロリアの専門家、リゼル・クーシーを呼んだのだ。
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