008 王都の医者と魔法狐
ライザママが寝ずの看病をした翌日、ようやく王都の医者がブライス家にやってきた。
挨拶する時間も惜しいと言うその医者はすぐにレナの容態を診察し始める。
体温計のようなもので熱を測り、聴診器のようなもので呼吸器や内臓の音を聞いたり、腕で脈を取ったりと、手際よく診察を行っていた。
「先生どうなんでしょうか」
一区切りついたところでマーカスパパが口を開いた。
「私もこれまでこのような症状は見たことがありません。王室一族の治療を行ったこともある私でも見たことがないのです」
「そ、それじゃあ娘は……」
「ブライスさん、落ち着いてください。見たことが無い症状だからお手上げというわけではありません。治療は行います」
医者はそう言うと、クラテルから自身のグロリアを呼び出した。
現れたのは人間のようにローブを身にまとい三角のとんがり帽子をかぶった狐の顔をしたグロリア。黒紫の衣装と二足歩行の獣の姿が妙にマッチしている。
これは珍しい。Bランクグロリアのマジックフォックスだ。
不思議な波動で病気を治癒することが出来るという。
これならレナの病気も治るかもしれない!
それから治療の準備が行われる。
念入りに汗を拭きとり、新しいパジャマを着せて、そうやって体を清潔な状態にするのだ。
これは不思議な波動の効果を高めるために必要なことらしい。
準備が整ったレナをベッドの上に寝かせる。
布団は着せていない。
「それでは治療を開始します。眩しいですので気を付けてください」
医者はマジックフォックスに指示を出す。
するとマジックフォックスは手に持った杖のようなものをくるくると回転させ始める。
何らかの力がその杖に集まっていくのを感じていると、その力がマジックフォックスの体にも伝播し始め、マジックフォックスの体が眩しく光り始める。
時間にして1分ほどだろうか、長くもどかしく感じたその状態から、杖を通して光がレナの体に浴びせられる。
後ろで見ている俺たちにもその光の温かさが伝わってくる。
温かく、そしてなんだか気持ちのいい、心が軽くなるような感じだ。
ほどなくしてレナの体も淡い光を放ち始める。
その状態が続き、しばらくしたところでマジックフォックスの体から光が失われて行き、逆にレナの体の輝きは増していく。
まるで杖を通してすべての光がレナの体へと移ったかのようだ。
そしてレナの体の光も徐々に収まっていき……消えてしまった。
「ごくろうさん、さあクラテルに戻っていなさい」
医者はマジックフォックスをねぎらうと、すぐにクラテルの中に戻してしまった。
あれだけの力を放出したのだ。クラテルの中でゆっくり休む必要があるのだろう。
ありがとうマジックフォックス。
「先生、治療は成功なんですか?」
「マジックフォックスは多くの病を治癒することができます。たとえ一度で完治しない場合でも何度も治療を行うことで必ず治すことは出来るでしょう。
私は一度王都に戻りますが、また三日後経過を見に来ます。
それまではこちらを使ってください」
医者はカバンからガラス瓶に入った何かを取り出した。
ポーションってやつか?
「これは?」
「ヒーリングヒポポタマスの軟膏です。朝昼晩と3回全身に塗ってあげてください」
ヒーリングヒポポタマスか。Cランクのグロリアだ。こちらも珍しいグロリアで、その唾液から作られる軟膏は治療薬としても名高いのだ。
ガラス瓶三個、つまりは三日分の軟膏をマーカスパパに手渡し、医者は王都への帰路についた。
先ほどまでの高熱が嘘のように今は熱が下がっており、レナはすうすうと寝息を立てて寝ている。
この調子ならじきに完治するだろうと思える。
予断は許さないものの、小康状態の娘を見て安堵するパパとママ。
ママはレナに付きっきりだったため、少し休んだほうがよいとのパパの気遣いからレナの部屋を後にしている。
パパもしばらく休憩することになり、部屋の中には俺とレナだけとなった。
レナ、早く良くなってくれよな。
それでまた一緒に遊ぼう。
◆◆◆
数時間後、うとうとしていた所にメイドさんとライザママがやってきた。
ヒーリングヒポポタマス軟膏を塗る時間だ。
ライザママはよく眠っているレナの様子にほっと一息つき、白い綺麗な手をレナのおでこに乗せる。
ライザママの反応から、どうやら熱は無いようだ。
ううん、とレナが目を覚ましてしまった。
とはいえどうやら夢見心地のようで、これ幸いとメイドさんとママはパジャマを脱がしていく。
あたたかい時期とはいえ、さすがに何も着ていないと寒いだろうから暖炉には火が入れられている。
ガラス瓶のコルク栓のような蓋をきゅぽんと開け、中に入っている液体を手に取るライザママ。
どうやらメイドさんではなくママが塗るようだな。
医者の言う通りにヒーリングヒポポタマス軟膏を全身に塗り付ける。
ちょっと塗りすぎかなと思うくらい塗っているのはライザママの心配の現れなんだろう。
レナは時折体をびくっと震わせていた。軟膏が冷たいんだろうな。
ライザママも気にしていたようだけど、ママの手のひらで温めているうちに効能が消えてしまってもこまるので、仕方がなく冷たいまま塗っているのだ。
軟膏を塗り終え、パジャマを着せ、布団を着せる。
レナは夢見心地のまま再び眠りについたようだ。
その後も俺とライザママはこれまでどおり、レナの横で看病を続けるのであった。
◆◆◆
「熱が上がってきただって⁉」
マーカスパパが声を上げている。
部屋の外でメイドさんとパパがしゃべっている声がここまで聞こえて来たのだ。
そんなに大きな声を出してしまう気持ちも分かる。
なぜなら夜になってレナの容体は急変したからだ。
平熱近くまで下がっていた熱が上がりだし、今や40度を超える高熱を発している。
苦しそうに高熱でうなされているレナ。
医者に貰った軟膏も塗り替えてはいるが全く効果が出ていない。
「誰か早馬を! 王都に戻る途中の医者に追いついてくれ!」
間に合うのか?
医者が家を出てから半日は過ぎている。うまく合流できてもここまで戻ってくるには朝方になるだろう。
いや、パパも必死なのだ。俺だってそうだ。俺に何かできることは無いだろうか、ずっとそう考えている。
こういう時、スライムの俺にできることは少ない。
医者がせめても少しでも早く到着するように祈るくらいしか。
そう思うと、無性に人間であるパパとママがうらやましくなった。
だがそんなことを言っていても仕方がない。
俺も気が動転しているのだ。気を取り直して、いや、気を引き締めなければ。
本当に大変なのはパパでもママでも俺でもなく、レナなのだ。
高熱にうなされているレナは息を荒くし、時折うわごとを言っている。
汗も玉のように吹き出しており、軟膏まみれのその体はびちょびちょになっていたたまれない。
くそっ、何とかならないのか?
そうだ、マジックフォックスよりもすごい治癒能力を持つグロリアを連れてくれば!
って、そんなに都合よくすごいグロリアがいるはずもない。マジックフォックスですらめったに見かけることは無いのに。
いやいや、マジックフォックスとはいかずとも医者が来るまで持ちこたえることが出来ればいい。例えばマジックフォックスの進化前とか別進化とか、そういうグロリアがいるかもしれない。
俺は神カンペに目を通していく。
神カンペは膨大な量の情報が入っているが、俺の権限では中身を検索することは出来ない。出来る事と言えば分厚い辞書のページを一枚一枚めくるかのように必要な情報を探し出すしかないのだ。
俺はマジックフォックスのページにたどり着き、その情報を一言一句漏らすまいと目を凝らす。
『マジックフォックス:Bランク
年老いたクラフトフォックスが群れの中の重症の子供を助けるために進化した姿。特殊な治癒魔術を使い傷を癒す。その力はこの世の大半の病をも治癒することが出来る。なお、マジックフォックスが治癒できない病はこちら』
くそっ、マジックフォックスはクラフトフォックスが特殊条件で進化した種族か。
たとえ進化前のクラフトフォックスを連れてきたとしても、クラフトフォックス自体には治癒能力は無いってことだ。
……ん?
マジックフォックスが治癒できない病はこちら?
もしかしてこれは別ページへのリンクか?
やっぱりそうだ!
俺がその項目の先を読むと、大量の情報が記されていた。
治癒できない一部の病でこれだけの情報量。それに俺には理解しきれない情報もある。
だけどこの中にレナが患っている病の情報があるに違いないのだ。
きっとそこには治癒のヒントもあるはずだ!
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