007 レナと俺との幸せな日々

「おべんとう~、おべんとう~、お母さんが作ってくれたおべんとう~。楽しみだね、スー。もちろんスーの分もあるよ」


 これは学園のピクニックの一コマ。近くの山に遊びに行った時のことだ。

 草が一面敷き詰められて緑の絨毯が敷かれているような広い原っぱがあって、滑り台のように少し傾斜がついた坂になっている場所から、みんなで寝転がってゴロゴロと回転しながら坂を下ったりしたのは良い思い出だ。


「レナちゃん、ミイちゃん、怖い話しませんか?」


 これはナノちゃんのお家でお泊り会をしたときの一コマだ。

 仲良し三人組は布団をかぶって顔だけ出して怖い話に興じていた。

 言い出しっぺのナノちゃんはかなりのホラー話の使い手で、35歳おっさんの俺でもゾクッとくるような話もあった。

 レナとミイちゃんはきゃあきゃあと悲鳴を上げながら話を聞いていたが、その顔は笑顔で、若いってうらやましいなと思ったのは秘密だ。


「スー、広いよ、大きいよ! しょっぱいよ!」


 これは初めて海に行った時の一コマだ。

 レナは圧倒的な海の大きさにはしゃいでいたなぁ。


 子供用のワンピース水着を着たレナはマーカスパパに手をもってもらい、ばっちゃばっちゃとバタ足の練習をしていた。

 運動神経は良い子なので、少しするとスイスイと泳げるようになっていた。

 うんうん、泳ぎもお嬢様のたしなみだよな。


 俺はと言うと、塩水は苦手なのだ。

 最初はレナと一緒に水に入ったのだが、浸透圧的なもので塩水につかると体内の水分が奪われるようで、しおしおになっているところを救い出されたのだ。

 バカンスで死ぬところだったよ。


「スー、ほら、あれおいしそうだよ! あ、あっちのも甘くていい匂いがしておいしそう!」


 これはお祭りの一コマ。

 年に一度、感謝祭というお祭りが行われ、その数日間は街中がお祭り一色となる。

 所狭しと露店が並び、レナは露店で売られている食べ物に目移りしていた。

 綺麗なアクセサリよりも食べ物を選ぶ辺り、まだまだ子供だなと思った。

 大きくなったらマーカスパパに宝石をねだったりするようになるのだろうか。


「レナ、お誕生日おめでとう!」


 これはレナのお誕生日の一コマ。

 王都の学校で寄宿舎生活をしているお兄さん、ジョシュアと会ったのはこの日が初めてだ。

 レナとは10歳年の離れた金髪イケメンお兄さんで、年が離れている事もあるのかレナの事を猫かわいがりしていた。

 レナの方も久しぶりに会った兄にべったりだった。

 仲良きことはすばらしいことかな。うんうん。


 この時は俺もこっそりサプライズプレゼントを用意したのだ。

 俺は四六時中レナと一緒にいるから、サプライズは結構大変だった。

 なんせレナが眠りについてからこっそりと準備したのだから。

 何をプレゼントしたのかは秘密だ。




 こんな風に俺とレナは楽しい日々を過ごし……そして俺がレナに召喚されて5年が過ぎた。




 5歳だったレナも10歳になり背も伸びた。幼かった顔立ちも少しだけ大人びたものとなり、元々の可愛さに美人さが加わった。

 あと5年後には超絶美人になって、目を合わすことが出来ないくらいになっているかもな。などと親バカなことを思っている。


 トレードマークだった髪型のサイドツインテールはポニーテールへと変わっている。

 うんうん。どんな髪型でもレナは似合うのだ(親バカ)。


 レナはグレア学園を卒業し、より専門的な教育を行う学校に入学した。

 お友達のミイちゃんとナノちゃんも一緒なので、実質グレア学園と変わりはないのだが、登校は週5回に増えた。


 グレア学園の卒業式の時、担任の先生とのお別れが悲しくて三人ともボロボロ涙を流していた。

 おっさんが忘れてしまった美しい涙というやつだ。

 もちろん俺ももらい泣きしましたよ。

 先生これまでありがとうございました。



 そんなレナとの生活なのだが、いつのころからか俺はレナに抱きかかえられて移動することが多くなった。

 レナが成長し背が伸びて力もついて、バスケットボール大の俺を持ち上げることが可能になったのだ。

 子供の成長って早いな、などと思っていたのだが――


「スーが光ってる……」


 そう、俺も進化したのだ。

 Fランクのスライムから、Eランクのグラスランドスライムに。

 草原に生息するスライムでそんなに強いわけでもない。

 緑色のスライムボディは相変わらずだが――


「スー、大きくなって重くなった……」


 大きさが1.5倍のバランスボール大になり、それに伴って体重も重くなったのだ。

 さすがに今までと同じように抱っこすることはできず、レナは残念がっていた。

 それでも抱き着ける面積が増えたことを喜んでいて、いつも通り枕やらクッションやらのお役目は大忙しだ。


 5年たっても変わらず幸せな日々を過ごしていた俺たちだったが、ある日事件が起きてしまった……。


 ◆◆◆


「はあっ、はあっ……」


 レナの息が荒い。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 つらそうなその様子を見ると、俺もいたたまれなくなる。


 自室のベッドの上で寝ているレナ。額には濡れたタオルが置かれている。

 頬や首から汗が流れ落ちてパジャマを濡らしていくため、時折横で看病しているライザママが丁寧に拭きとっている。

 

 一体何が起こっているのか。

 事は数日前にさかのぼる。


 それはいつもと同じく明るく爽やかな朝だった。

 朝目覚めるといつも元気に「おはようスー!」と挨拶してくれるレナなのだが、その日はそうではなく、起きる時間になっても布団から出てこなかった。


 まあそういう日もあるのかなと思っていた俺だが、さすがに学校に遅れてしまう時間になったので、ベッドに上るとプニプニのスライムボディでレナの頬をつんつんして起床を促した。


 レナは目を覚ましたもののなんだかダルそうで、そして体調不良を訴えたのだ。


 普段から元気で病気などしたこともないレナ。

 そのレナが調子が悪いと言い出したのだ。


 俺は慌ててメイドさんを呼びに走った。


 マーカスパパ、ライザママ、メイドさんに俺。

 皆が勢ぞろいしてレナのベッドを取り囲み、緊急家族会議によって学校を休むことが決定した。


 すぐさま呼んだ医者の老人が言うには風邪のような流行り病で、薬を飲んで寝ていたら翌日には元気になるだろうとのことだった。


 その日の午後、学校を終えた後お見舞いに来てくれたミイちゃんとナノちゃんには、アハハ病気になっちゃった、と苦笑いしながら返事をしていたものだ。


 だが一日たっても症状は改善せず、それどころかじわじわと悪化していった。


 翌日また医者の老人がブライス家を訪問しレナの病状を確認したのだが、なぜ悪化していくのか原因がよく分からないとのことだった。

 この医者ヤブ医者なんじゃないかと思ったが、王都にいる凄腕の医者に連絡を取ってみるということで、かろうじて俺の信頼はつながっている。


 現在、王都の医者が来てくれるのを待っている状態だ。

 その間もレナの病状は悪化しており、現在は高熱を出して寝込んでいる。


「大丈夫よスー、レナは強い子だから」


 心配そうにレナを見ている俺にライザママが声をかけてくれる。

 言葉ではそう言っていても、ライザママは俺以上にレナの事が心配に違いない。


 これまでレナは病気らしい病気はまったくしなかったのだ。

 健康でやんちゃで、それでいて淑女らしく振舞おうとする可愛いさあふれる女の子だったのだ。


 俺だってそのレナがこんなに弱ってしまうなんて信じられない。


 早く元気になってまた、はちきれんばかりの笑顔を見せて欲しいのだ。

 王都の医者はいつになったら来てくれるんだ。

 馬車でも飛ばせば2日、移動専用のグロリアなら1日もかからず来てくれるはずなのに……。


 レナが体調不良を訴えてから4日。

 俺たちは焦れていた。

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