006 立ち上がる牛肉
「レナ、勝負だ! 今日は俺が勝つぞ!」
翌日のジミー君。
「レナ、ぎゅうたろうの本当の力をみせてやる!」
その日のお昼のジミー君。
「レナのおばちゃんこんにちは!」
そのまた次の日のジミー君。
ブライス家にて。
「レナ、レナ!」
と、暇を見つけてはジミー君はレナに絡んでくる。
ほほえましい光景ではあるが、毎回戦わなくてはいけない俺の身にもなって欲しい。
勝ったらレナも喜んでくれるため別に戦うことは嫌いじゃないが、毎度無策に突っ込んできて俺に一撃をもらって倒れていく
そして今日も同じように尻に一撃を入れてやり過ごした所だ。
今日は学園でのバトルだ。
学園の校庭はそれなりに広く、ぎゅうたろうが思いっきり突っ込んできても問題ない。
お屋敷の庭で戦った時はぎゅうたろうの突進が逸れて花壇に突っ込んでしまい、ライザママからのお叱りを受け、庭でのバトル禁止令が発令されてしまった。
ごめんなさいライザママ。
「今日もレナちゃんのかちー。……あ、あれれ?」
いつもの通りミイちゃんが勝利宣言してくれるが、何やら様子がおかしい。
そう、いつもなら倒れこんで動かなくなるぎゅうたろうだったが、今回は違う。
よろよろと、まるで生まれたての子牛のように立ち上がったのだ。
「いいぞ、ぎゅうたろう、がんばれ!」
そしてその瞬間……。
「ぎゅうたろうさんが光っています……」
ナノちゃんが感嘆の声を漏らした。
立ち上がったぎゅうたろうの体が淡く光り始め、姿が見えなくなるほどの眩しい光の球体に覆われてしまった。
時間にしてほんの10秒ほど。
眩しくて姿が見えなかったぎゅうたろうだったが、だんだんと光の輝度が落ちていき、徐々に輪郭が露わになっていく。
「立ってる……」
レナがポツリと漏らした。
そう、光の中のぎゅうたろうは、二本足で立っていたのだ。
まるで人間のように。
全長はジミー君やレナ達よりも大きく小学生くらい(この世界には小学生はいないのだが、便宜上小学生と言っておく)で、牛らしくがっちりした体形は変わらない。後ろ足の二本は蹄(ひづめ)のままだが、前足は人間のように五本の指を有している。そんな牛。
「進化だ! ぎゅうたろうが進化した!」
目をキラキラさせながらはしゃいでいるジミー君。
その通りだ。この一連の状況はグロリアの進化を意味している。
何度も戦って打倒された
なぜなら俺とぎゅうたろうの立場が逆転したからだ。狩るものと狩られるものの。
「いけ、ぎゅうたろう! 今度こそそのスライムに勝って強いんだってことをレナに見せてやるんだ!」
よっぽど溜まっていたのだろう、ジミー君今まですまなかった。
だから手加減してもらえるとありがたい……。
ぎゅうたろうはぎゅうたろうで、なぜか反復横跳びをしている。
これは、俺は縦移動だけじゃなくて横移動も出来るんだぜというアピールだろう。
裏を返せば、なすすべもなくやられてきたうっぷんが溜まっているということだ。
そのことはこの進化にも表れている。
通常スモールオックスの進化後はEランクのビッグオックスなのだが、何かのトリガーで特殊進化しスタンドビーフへ進化したのだ。
何か、というのは『直線移動以外もやってやる』という強い意志であることは言うまでもない。
さて、この強敵相手にどう戦うか。
レナのほうをちらりと見るが、レナは俺の勝利を疑ってはいないようだ。……プレッシャーを感じる。
よし、俺だってEランクのグレイウルフを倒したこともあるんだ。
ここは攻めに転じるぞ!
一撃必殺、渾身の体当たりだ!
俺はスライムボディのゲル状の体と地面が反発する反動を利用し、ぎゅうたろうの腹めがけて体当たりを行う。
だが、俺の渾身の一撃はボクサーのように両腕でガードされ、有効打とはならなかった。
それならば、とグレイウルフ戦で見せた素早さを見せつける。
相手の周囲をぐるぐる回り、隙を見て体当たりを叩き込む作戦だ。
ふふふ、どうだ俺のすばやさは。
どうやら二足歩行に進化したせいで、すばやさの最高値は低下しているようだ。
ぽよぽよと周囲を闊歩する俺の動きについてこれてはいない。
よしここで横っ腹に一撃だ!
結果として俺の一撃はまたもや失敗に終わる。
――ぶもぉぉぉぉぉぉぉ
突如
体当たりを仕掛けた俺はその音の影響をもろに受けて、狙いを外してしまう。
頭がぐわんぐわんするし、視界もぐるんぐるんする。
地面にぽてりと着地した後もその影響から回復することができない。
いったいどういうことだ……。
思考もまとまらない、動くこともままならない俺をぎゅうたろうはがしりと両手で捕まえ、頭の上に持ち上げると勢いよく地面に叩きつけた。
ぐへっ……。
うぐぐ、あやうくつぶれた水風船のようになるところだった。
ダメージを食らいながらもなんとか起き上がる。
まだ頭がぐわんぐわんする。俺の体の頭ってどこにあるのかはわからないけど。
この状態異常を与えたのは……音、なのか?
ぎゅうたろうの鳴き声がした直後、何か衝撃波みたいなものが俺のスライムボディに振動を与えていった。
俺の動きを点でとらえることが出来ないため、それならと全方位の攻撃を繰り出したと考えるのが妥当だろう。
音だとしたらどうやって防げばいいんだ……。
そんなに頻繁に放てるのか? 連発は出来るのか?
そもそも本当に音なのか? 見えない不可視の攻撃を受けた可能性もある。
まだ回復しきっておらず思考が堂々巡りする。
次、もう一度食らったら終わりだぞ……。
……仕方ない。
レナの悲しむ顔を見たくはないしな。
おれのチート能力を使うしかない。
それはご存じのとおり【神カンペ】だ。
『スタンドビーフ:Eランク
生息地に適応するために二足歩行を選択したスモールオックス。二足歩行になったことによる移動速度低下を補うために
『オックスロア:牛族のグロリアが使用する技。声帯を振るわせて指向性の超音波を発し、その振動で獲物をマヒ状態にする。種族によってその威力は異なる。』
なるほど超音波か。超音波ならば理にかなっている。なぜなら俺のスライムボディはゲル状で他の生物よりも振動を伝えやすいのだ。
攻撃の謎が解けたところで俺の攻略は行き詰まる。
指向性のため方向を決めて放っているとはいえ、その効果範囲は広い。180度とは言わないまでも120度の範囲はあるだろう。それはつまり回避は困難であることを意味している。
ぎゅうたろうと相対して戦う以上、懐に入る以外に回避することは出来そうにないのだ。
その上、オックスロアはスライムボディ特効ときたものだ。
自分で考察しておいてお手上げ状態だ。
だがぎゅうたろうは俺が解決策をひらめくのを待ってはくれない。
オックスロアが有効であることを学習し、今まさに口を開けて放とうとしている。
どうする、一か八か股下に滑り込んでみるか?
いや、十中八九失敗するだろう。俺の移動スピードよりもぎゅうたろうが首を動かすほうが断然早い。
あれやこれやと考えが纏まらないうちに、ぎゅうたろうが咆哮した。
あががががが!
逃げ場のない振動が俺のスライムボディを揺らす。
ぐぎぎぎぎ、つ、つらい……。
それに初回よりも長い。ここで完全にとどめをさすつもりなんだろう。
振動により視界もぶれていく。
これは本当に負けてしまう……。
「スー! がんばれー!」
振動の中からレナの声が届いた。
自身も両手で耳を押さえながら、あらん限りの大声で俺への声援を送ってくれている。
レナ……。お嬢様としては、はしたないけど……でも、ありがとう!
先ほどまで敗北のイメージを引きずっていた俺のテンションは一気にマックスへと高まる。
それに長い長い咆哮を受け続けたため、対策を閃いたのだ。
同じ波長の音波をぶつけて相殺すればいいのじゃないかと。
そんな都合の良いものどこにあるんだとお思いでしょう。
ありますよ、身近なところに。
そう俺の体にダメージを与え続けているこの振動が!
俺は体の形状を変えていく。
まずは体を細長く伸ばす。中は空洞にして後方を開く。
コップのような、メスシリンダーのような、そんな長くなった形状。
受け続けている振動をこの長い部分で増幅させるのだ。
その方法は企業秘密だ。
最後尾、コップの口に当たる部分をぐにょりと外側に曲げて反り返し、それを前方に向ける。
手持ちの拡声器を思い浮かべてもらえるだろうか。
ちょうどあれの真ん中の棒が長いバージョンが今の俺の姿だ。
そして変形しながら気づいてしまった。
これ、もともとの音波より増幅して放てそうだと。
俺は身に受け続ける衝撃を増幅し、いまだ止むことのない咆哮の発射口に向けて打ち出した。
名付けて、
――ぶもぉぉぉぉぉぉぉ
自ら放ったオックスロアよりも強い振動をぶつけられた
やった大成功だ!
オックスロアが停止したことにより、俺の
よし、今がチャンスだ!
と言いたいところだが、俺のほうも今にも内臓をリバースしそうなほどフラフラだ。
長く受け続けたことと、自分の体内でその振動を強めてしまったことが原因だ。
お互い千鳥足のようにふらりふらりと戦闘フィールドの中をふらついている。
いち早くこの状態から脱し、相手に一撃を入れたほうがこの戦いの勝者となる。
ぬおおお、うえっぷ、口もないのに吐きそうとか……。
ええい、レナのためレナのためレナのため!
俺は頭の中をレナでいっぱいにして、渾身の体当たりを放った。
いつもの威力は無いとはいえ、手ごたえはあった……。
だが俺のほうも力を使い果たした。
反動で地面にぽとりと落下すると、丸形を維持できないほどに弱ってしまい、べちゃりと水たまり状態へと化した俺。
ど、どうだ、倒れろ、倒れろ……。
いまだフラフラと千鳥足のぎゅうたろうだったが、とうとう後ろ向きに倒れこんだ。
だが、ジャッジから勝利のコールは無い。
お互いがダウンしている状態で、ここから立ち上がったものの勝利だ。
うおおおお、レナのためレナのためレナのため!
俺は気合で立ち上がる。いや、スライムボディを丸形に維持した。
数秒後、ジャッジが俺の勝利を告げる。
ぎゅうたろうは目を回しており戦闘不能状態だったのだ。
そして俺の意識もそこで途切れた。
◆◆◆
目を覚ますと見慣れた場所だった。
ブライス家のお屋敷。レナの部屋だ。
窓から差し込む光が午後であると告げている。
レナは自身のベッドの上でお昼寝中のようだ。
寝る子は育つ。健康的でよろしい。
俺はというと、なにやら桶のようなものの中に入れられていた。
べしょりと液体状になっていた俺を寒天やゼリーを固めるかのように枠に入れたという感じか。
いつもならレナは枕かクッションかの代わりに俺に抱き着いて寝ているところだが、さすがに戦闘不能直前までいった俺にそんなご無体はなかった。
俺は桶から脱出すると、ぽよぽよと動きベッドの脇にあった椅子に上る。
「ううーん、スーの勝ちなんだから、むにゃむにゃ……」
夢の中でも俺が戦っているようだ。無事に勝ってくれたようでありがたい。
幸せそうな表情で眠るレナ。
いつまでもこんな生活が続けばいいなと思う。
俺は再びレナの姿を眺めると、その横で静かに眠りにつくのであった。
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