005 強いのはぎゅうたろうだ!

「みなさーん、おはようございまーす!」


 先生が挨拶をすると、おはようございまーす! と、子供たちが元気に挨拶を返している。


 教室の中は日本の小中学校のように個別の机が並んでいるわけではない。どちらかというと幼稚園に近く、子供たちは先生の前に集まって床の上に座っている形だ。


「それではお勉強を始めるので、グロリアは一旦しまいましょう」


 はーい! と、またもや元気な声を上げる子供たち。


「それじゃあスー、レナお勉強するから中に入っててね」


 レナはその小さな両手の平にクラテルを乗せ、俺に向けてかざす。

 すると俺の体は無数の小さな光の粒子となってクラテルに吸い込まれた。


 このクラテルはグロリアとの契約に使用するアイテムであると同時に、グロリアの収納アイテムでもあるのだ。


 姿形、色大きさ、様々なグロリアがこの世界には存在する。中にはビルのように巨大なグロリアも存在し、そのままではこのように人が集まる場所や狭い場所では活動できない。

 それに大人になるにつれてグロリア許容量が上昇し、2体3体とグロリアを持つ人も出てくる。

 それらとうまく共存するためにクラテルに収納するというわけだ。


 ちなみにクラテルはそれほど重い物でもなく、レナのような幼子でも持ち歩くことが出来る。そしてグロリアが中に入ったとしてもその重さは変わらないのだ。


 クラテルの中は契約したそのグロリアの望むようになっているという。活発なグロリアなら広い草原のような、水生生物なら海の中であるとか。

 俺の場合は、そういう物理的な環境ではなく、精神だけがふわふわ漂うようなそんな抽象的な世界の中にいる。

 特に時間が止まっているわけでもなく、クラテルを通じて外の様子も分かるようになっている。


 そんなこんなで、子供たちの勉強の時間が始まったのだ。


 ◆◆◆


 小一時間して今日の勉強の時間が終わりを告げる。

 この後は自由時間となる。


 レナ達仲良し3人組は庭に出て遊ぶようだ。


 今日のポジションは一本の大きな木の下。

 レナはいつも通り俺にぴったりとくっついている。


「レナちゃん本当にスーちゃんのこと大好きだよね」


「うん。大好きだよ! かわいくて、ひんやりしてて、ぷにぷにで、王子様なの!」


「確かにひんやりしていてぷにぷにで、初めて見たときはびっくりしたけど、大人しい子だし」


 ナノちゃんが俺のスライムボディをなでてくる。

 なんだか嬉しいのでぷるんぷるんと体を震わせて返事する。


「あ、私もなでる!」


 二人が気持ちよさそうに俺をなでているのを見てうらやましくなったのか、ミイちゃんも俺の体をなで始めた。

 幼子3人に囲まれてなでられる。なんてのどかな生活なんだ……。


「おいレナ!」


 そんな穏やかな空気を引き裂く声。


「そんなスライムよりも俺のグロリアのほうがよっぽどカッコいいぜ!」


 声の正体は、今朝の登校時に馬車から手を振っていたジミー君だ。


 茶色のくせっ毛の少年ジミー君。

 半ズボンから伸びるむき出しの膝は汚れており、この子が結構やんちゃであることがうかがえる。


 ちなみにこの学園の制服は女の子はスカート、男の子は半ズボンだ。


「レナちゃん、またジミー君来たよ?」


 ミイちゃんが小声でレナに話しかける。

 その言葉どおり、ジミー君は事ある事にレナの元にやってきて何かしらのちょっかいをかけていく。

 大人の俺からみるとほほえましい光景なのだが、当のレナは辟易しているようだ。


「ジミー君、なにかご用?」


 早く追い払いたいのだろう、冷たくあしらうレナだったが。


「ふふん、俺のグロリアのほうがカッコいいぞ、見てみろよ!」


 当のジミー君はそんなレナの気持ちに気づいていないのか、返事があったことに気をよくして話を進めている。


 ジミー君が手にしたクラテルから光の粒子が放たれ、それがグロリアを形作っていく。それは時間にして1秒もかからない。

 その場に現れたのは小型の牛のようなグロリア、スモールオックスだ。

 平均的園児ジミー君の身長と同程度の小型ではあるが、そのがっしりとした体格と二本の角はパワーあふれる姿である。

 ちなみにスモールオックスは俺と同じFランクだ。


「どうだレナ! レナのスライムよりも俺のぎゅうたろうのほうが強いしな!」


 彼、ジミー君のスモールオックスの名前はぎゅうたろうと言う。

 別に俺の名前もスーであるため、名前に関してはノーコメントを貫きたい。


 ジミー君の発言に、レナはピクっと反応した。


「スーのほうがかわいくて強いわよねー。ねっ、スー!」


 そう言うとレナは両手で俺を抱きしめて頬ずりしてくる。

 自分のことを褒められてわずかながらに浮かれている俺だが、さすがに皆が見てる前では恥ずかしい。

 その返答として体をぷるぷると振るわせておいた。


「そんなことない、強いのはぎゅうたろうだ!」


「いーえ、スーですー!」


 二人が火花を散らし始める。


「じゃあ、どっちが強いか勝負だ!」


「いいわよ、スーのほうが強いんだから」


 あれよあれよと俺とスモールオックスぎゅうたろうが戦うことになってしまった。

 この世界ではグロリア同士が戦うことはよくあるのだ。その理由はそれが一番グロリアの成長を促すことが出来るからだ。

 頻繁に行われる訳ではないが学園の授業でも取り入れられている。

 正式な勝負となると先生が審判を行うのだが、今回は野良試合。勝敗のライン引きは、お互い、あるいは観客ミイちゃんナノちゃんに委ねられる。


 少々開けた場所で、俺とぎゅうたろうが向かい合う。

 お互いの後ろにはそれぞれの契約者マスターが陣取っている。


「ぎゅうたろう、あんなスライムに負けるんじゃないぞ!」


「スーのこと信じてるから」


 信じてると来たか。ちょっとプレッシャーを感じる。

 同じFランクではあるが、向こうのほうが体格がよく攻撃も防御も強そうだ。


 契約者マスター達の視線が交錯し、戦いの火ぶたが切って落とされる。


「せんて……ええと、せんていっしょうだ、ぎゅうたろう!」


 おお、難しい言葉を知ってるんだなと思ったが、惜しい、ちょっと違う。

 などと思っている余裕はない。

 ジミー君の言葉と共にぎゅうたろうが一直線に突っ込んでくる。

 俺にとっては巨体も巨体なぎゅうたろう。それが砲弾のように突っ込んでくるのだ。当たれば一撃でやられてしまうほどの威力と予想される。

 

 だが、惜しむらくはスピードが今一つだったことだ。


 砂埃を上げながら突っ込んでくるぎゅうたろうの一撃を、俺はひらりと回避した。

 ひらりと回避したのは俺のイメージで、はたからみるとぷにぷにと跳ねてかわしたことになっている。


「まだまだだ、ぎゅうたろう、もう一度体当たりするんだ!」


 俺の横を通り過ぎて尻を見せていたスモールオックスぎゅうたろうはくるりと向きを変えると、ジミー君の指示通りに再び俺に向けて突っ込んできた。


 俺たちFランクグロリアはそれほど攻撃方法が多いわけではない。

 最下級ということもあり特殊な力は無いに等しい。それゆえパンチ、キック、体当たりなどの格闘が主体となってしまい、攻撃は読みやすい。

  契約者マスターも幼く、的確な指示に慣れているかというとそうでもない。


 それゆえに、指示通り単調な攻撃を繰り出しがちになるのだ。

 俺は、慣れた足さばき、いやスライムボディさばきでぎゅうたろうの再攻撃をかわし、すれ違いざまに彼の尻に重い一撃たいあたりを食らわせた。


 ――も゛ぉぉぉっ


 牛的な鳴き声を上げるぎゅうたろう。

 俺の一撃を受けた彼は勢い余ってバトルフィールド脇の大木に頭からぶつかり……どさりと倒れ伸びてしまった。


 ああっ、ぎゅうたろう、と言って倒れて目を回しているぎゅうたろうに駆け寄るジミー君。


「スーのかちー。おめでとうレナちゃん!」


 観客兼審判団のミイちゃんが勝利アナウンスをしてくれる。


「やったねスー、いえーい!」


 両手を挙げてハイタッチを求めるレナに、俺はジャンプして体ごとタッチする。


「ち、ちょっと調子が悪かっただけだ。ぎゅうたろうは朝ご飯たくさん食べたから!」


「そんなことよりもジミー君、早くぎゅうたろうさんを治療してあげないと」


 ナノちゃんが横倒れになったままのぎゅうたろうを心配する。

 うんうん、ナノちゃんは優しい子だ。大きくなったらいいお嫁さんになるな。


「わ、わかってるよ、レナ、次は負けないからな!」


 ジミー君はクラテルにスモールオックスぎゅうたろうをしまうと校舎のほうへ駆けて行った。


 返り討ちにされた挙句、取り繕う間もなくナノちゃんに畳み込まれたジミー君。

 それでもレナに声をかけていく所なんかは男の子だなと思う。


「何回来てもいっしょよ。スーは強いんだから。ねー」


 俺とレナは意味もなくくるくる回りながら勝利の余韻を味わっていたのだった。

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