第33話 もふもふと二日酔いのマックス

「はい、多分。それから、お願いがあるんですが」


「あ? なんだ?」



 ミリアが玄関を開けると白い仔犬が意気揚々と入ってきた。

 尻尾をブンブン振りキョロキョロと周りを見回す様は、これがあの牙を向いて威嚇していたフェンリルとは思えない愛らしさだった。



「なんだこりゃ?」「かっ可愛い」



「えーっと、友達? 暫くの間だけ一緒にいることになったみたいで」



「勝手に着いて来ちまったってことか? 名前は? 何だ、ないのかよ。なら取り敢えずちびな。ちび、ミルク飲むか?」



 ナナが大暴走している。



(フェンリル、怒らないでね)


『我はこれしきの事で腹を立てたりはせぬ』


(ありがとう)



 ナナが小皿に温めたミルクを入れて持って来た。


「なあ、ちょびっとだけ撫でても良いか?」


 ナナの目がキラキラと輝いている。



「私もまだ触った事ないから。多分大丈夫だとは思うんだけど」



「なっ、飼い主より先なんて良くねえ! 俺は二番目で良いからな」



 鼻息荒く興奮しているナナの様子をよそに、フェンリルは我関せずとミルクを舐めている。



「飼い主じゃなくて友達、友達ですから。

それよりナナさん、教えて欲しいことがあるの」


「ん? 何でも聞いてくれ」


「一つ目は鉱山での喧嘩の事、二つ目はこの里の事なんだけど」



「俺はそこにいなかったから、聞いた話だけどな・・」



 喧嘩は突然起こったと言う。鉱山で大勢のドワーフが採掘中に誰かが足を引っ掛けたと騒ぎ出した。


 普段ならその程度の事で揉めることなどあり得ないがその日は、


 『わざとだ』『やってない』


と、小競り合いが続いて取っ組み合いの喧嘩に発展したとか。



「鉱山で揉めるとかあり得ねえよ。みんな掟は知ってるんだ、なのにあの日は・・。

しかも長老がみんなを集めて話を聞いたら、誰が最初に言い出したのかよく分かんねえって。なのに、気が付いたらみんなで殴り合いしてたって。

怒られるのが怖くて黙ってるんだろうが」



「ドワーフの里で何か気になる事はない? 例えば・・突然雰囲気が変わったとか、おかしな事があるとか。

ガンツさんがここを出たのはいつ?」


「俺っちが里を出たのは二十年以上前だ。特に変わった事は分からねえな」



 ナナはしきりに首を傾げていた。


「俺も特に気にした事はねえ。まあリロイんとこにガキが生まれたとか、長老が時々寝込むようになったとか。

あとはあれだな、マーニーんとこの兄貴が結婚したからマーニーは家を立てて一人暮らしを始めた。で、超汚い」




「ミイ、何が聞きたいんだ?」


「うーん、私もよく分かってないんだけど。

喧嘩が起きた事が不思議だったの。

ここに来て里の皆さんに会ってから、長い間大切に守られてきた掟を破る様なドワーフはいない気がして」



「俺っちもそれは不思議だった。ドワーフの里が荒んできてんのかとか、何か問題でも起きてるのかとか」


「ここはいつも一緒、何も変わんねえよ。

同じ顔ぶれで同じ事の毎日。変化といやあ山が荒れることくらいで、ガンツが里を捨てたのは当然かもな」



「ナナ、俺っちは里を捨てたんじゃねえ。ドワーフも前に進むべきだと思ったって何度も言ってんだろうが」


「二十年も待たせて? どの口が言ってんだか」



 仔犬の姿のフェンリルが大きな欠伸をしていた。





 外が明るくなりマックスとグレンがやって来た。

 マックスはまだ酒が残っているのか青い顔でフラフラしている。



「グレン、まさかお前も行くとか言わねえよな」


「行くに決まってんだろ。俺はな肉には買収されねえからな!」


 ミリアを指差して自信満々に言い切った。



「真っ先に一番デカい肉を持ってった奴がよく言うぜ。ま、好きにしたらいいがな。

マックス、何だてめえは。シャキッとしやがれ」


「長老ってば酷いんですよ。俺がもう飲めないって言っても聞いてくれなくて、すんごい絡み酒で」



 マックスの近くに行きクンクンと匂いを嗅いだフェンリルは『キャン』と一声吠えて逃げ出した。



((臭かったんだ))


 女子二人の心の声がシンクロした。




「しょうがねえな、お前ら邪魔したらタダじゃおかねえから覚悟しとけよ。

もしちょっとでもやらかしたら去勢してやる」


「「ひっ!」」






 荷物を準備し長老に挨拶した後、ナナとグレンを含めた五人は鉱山に向けて出発した。


 鉱山は長老の家の前を通り、細い道を抜けた先にあった。


「さて、行くとするか。先頭はナナと俺、殿しんがりはグレンとマックス。

ミイの指示には絶対に従えよ。分かったかグレン」


「分かったけどよ、その仔犬も行くってか?」


「ええ、宜しくね」




 鉱山の中はひんやりとして暗く、それぞれが持つ魔導ランプの灯だけが頼りだった。

 カツンカツンと足音が響く以外には何も音がしない。慣れない者にとっては不気味で恐怖心を呼び起こし、あまり長居はしたくない場所だった。



 武器の製造に使われる鉱石は、銅・(銅と錫で作る)青銅・鉄・オリハルコン・ミスリル・ヒヒイロカネなどがある。



 この鉱山は上層で良質の銅や鉄が産出され、下層に行くと少量だがオリハルコンやミスリルが出る。

 ヒヒイロカネはこの国では産出された事がなく伝説の石扱いされている。



 このような複数の鉱石が出る鉱山は非常に珍しく、だからこそドワーフの先祖はここに隠れ里を作ったのだと言われている。



 坑道に入って初めての分かれ道にやって来た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る