第26話 一番かわいそうなのは誰?
「あ? なんかあったか? 全然気づかなかったが」
「なんかこう、誰かにずっと見られてるような」
「魔物とか?」
「うーん、そんな感じじゃなかったですね。なんかもっと神々しい? 不思議な感じで」
ガンツがコップの中の酒を名残惜しそうに見つめている。
「一応霊峰つって言われてる山だからな。俺っちにはいつもの山だから分からんだけで、初めて来る奴には何か感じるもんがあるのかもな」
「そうですね」
「・・俺、ちっとも感じなかった。山登りキッツイしか」
「マックス、てめえは鈍過ぎなんだよ」
「うっ酷え、おやっさん今日の酒はもうなし!」
戯れ合う二人を放置して考え込むミリアだった。
ミリア達は食事の片付けをして早々に休み、明日の朝早くに出発することにした。
二時間ごとの交代で火の番と小屋の周辺の監視を行う。
最初はミリアだった。時折強い風がドアを叩く以外には薪の爆ぜる音しかしない。
ゆったりとした穏やかな時間が過ぎていった。
二回目のミリアの担当の時、小屋の外で『トン、トントン』っと何かドアに当たる音がした。
魔物の気配はないので風の音だろうか? と思っていると、久しぶりにディーが姿を現した。
「外にペリがいるよ。ミリアを呼んでる」
ミリアがドアを少しだけ開けると、優雅に首を傾げた美しい人間の姿をしたペリが立っていた。
銀色に輝く長い髪が風に
「こんばんは、それともおはようと言うべきかな?」
普段は畳んでしまっている真っ白い翼が広がり、左手で
ペリはどの妖精よりも多くの伝説に包まれている。
曰く、普段は山の頂上やペリの園と呼ばれる山の奥深くに住んでいるが、人里に現れては気紛れに人間を助けたりいたずらをしたりすると言う。
曰く、男のペリは神々しい威厳に満ちた美しさ、女のペリは宝石が霞む程の目映い美しさを放っている。
曰く、彼等から流れ出た血は砂漠のバラとなり、水に落ちるとルビーになる。
曰く、星に影響を及ぼす事ができると言われ、日蝕と彗星が現れるとペリの悪戯だと噂される。
曰く、
曰く、ペリの使う魔術は《予言・幻術・変身・空中飛行》等多彩で、魔法の武器や防具、護符などを作ることもできる等々。
「はじめまして、中に入られますか?」
「いや、中はやめておくよ。不思議な力を持つ君にお願いがあって来ただけだから」
ミリアは部屋の中が冷えてはいけないと思い外に出てドアを閉めた。
「お願いですか?」
キョトンと首を傾げたミリアは、
「昨日誰かがいるような気がしたのは貴方だったのですね」
「うん、山に不思議な気配がしたからね。ちょっと覗いてたんだ。
何年も待っていた人にとてもよく似た気配だったから。
セリーナは・・まあいいか、ドワーフの里に着いたら北の外れのユグドラシルに来て欲しい。
時間は栗鼠のラタトスクに連絡させるからね。あの子とは仲良しなんだ」
栗鼠のラタトスクはユグドラシルに住む三つの世界間のメッセンジャー。
「そうだ、いいことを教えてあげよう。
ユグドラシルは三つの根が幹を支えている。それぞれの根は、
・
・
・
へと通じている。ここまでは知ってるよね。
ヨトゥンヘイムに住むフリームスルスは人間と神に敵意を持つ霧の巨人族なんだけど、その中の一体が『蛇のニーズヘッグがユグドラシルの根を齧っている』事に腹を立てて暴れてる。
だから今、山の頂は猛吹雪だよ」
「何かフリームスルスの気持ちを和らげる方法はないんでしょうか?」
「なくはないけどかなり難しい。
あそこまで機嫌が悪くなるとニヴルヘイムからロキの娘・ヘルを召喚するしかないから。
ニーズヘッグの住処はニヴルヘイムの泉だからね。
人間界では管理者責任っていうやつ?」
ペリのにっこりと笑った顔はこの世の何にも喩えようがない程の美しさだった。
ヘルは半身が青く半身は人肌の色をしており、唯一死者蘇生を可能とする女神。
彼女を召喚するなど常人であるミリアには不可能に思えた。
「これをあげる。
君にはドワーフの里に辿り着いてもらわなきゃいけないし、後ろで睨んでるドリアードが面倒だしね」
ペリが取り出したのは一枚の護符。とても精巧な魔法陣が描かれている。
「これは・・召喚の魔法陣?」
「その通り。
ヘルは気まぐれでとても気が短いから、出来る限りフリームスルスの近くで使うんだよ。
じゃないと上手くヘルを召喚できたとしてもあっという間にニヴルヘイムに帰ってしまうはずだからお願いを聞いてもらう余裕がないと思う。じゃあ、頑張って」
「消えた・・ディー、ペリが消えたの」
「ペリは幻術を使うからね、消えるのなんて簡単よ。
私のは空間転移だからペリより高度だけどね」
ディーが胸を張ってお得意の自慢顔をしている。
「あたしが知ってるのは、ユグドラシルのてっぺんには一羽の
「ユグドラシルの頂上と奥深い地下でどうやって喧嘩するのかしら?」
ミリアが首を傾げた。
「栗鼠のラタトスクが伝言を伝えるの。
想像してみて、『奴にこう伝えるんだ。お前の頭は腐った・・』で、それを聞いたもう片方が『奴に伝えろお前の頭こそ・・』
これを何万年も続けてるのよ。
馬鹿みたいで呆れちゃうわ」
「ラタトスクが一番可哀想」
ラタトスクに会ったら一杯おやつをあげようと心に決めたミリアだった。
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