第25話 快適な山小屋

 半日かけて神殿まで登っていくと、思った以上に巡礼者がいた。


 商人と騎士が最も多く、貴族や農民もちらほらと見受けられる。


 巨大な石を組み上げて作られた神殿は大きく門戸を開いているが、薄暗く遠目からは中の様子は窺えなかった。


 神殿前の広場は綺麗に整地され草の一本・石の一つも落ちていない。

 


 神殿の左手には宝物庫と祭具や供物の倉庫があり、右手には聖職者の住居と集会所が建てられていた。



「いろんな方がいるんですね」


「ああ、ここはなんでもありだからな。商売繁盛も武芸上達もな。欲深い奴らの願いをなんでも聞いてくれる。

聞くだけならな。

あそこの貴族の奴らは多分主家の代理だし、農民は地元の奴らだな」


「流石ガンツさんは詳しいですね」


「まあな、さて神殿の裏に回るとするか」



 神殿の右側から裏手に行くと背の高い草が鬱蒼と茂り人の出入りを阻んでいるように感じられた。



「こっから登ってくぞ」


「大丈夫なんですか? 誰かに見られてたらヤバくないすか?」


「だから右側から回ったんだよ。この時間なら聖職者の奴らは出払ってるし、集会所は使ってねえし」



「はあ、わかりました」


「ならさっさと行くぞ。遅れたら置いてくからな。

この辺りはつのウサギやらが結構隠れてる。気をつけろよ」



 ガンツは背の高いクサに完全に紛れてしまった。


 少しでも離れるとガンツを見失ってしまいそうなので、ミリアとマックスはガンツにピッタリとくっついて山を登って行った。



 草地を抜ける頃にはまばらに生えていた灌木が影を潜め、高木が枝を広げて日差しを遮っていた。


「なんか少し寒くなってきたような。ミイ、大丈夫?」


「まだ大丈夫。でももう少ししたら上着を出した方が良さそう」



 ピンと張り詰めたような空気としっとりと湿った落ち葉、つい先程までの穏やかな陽気が嘘のように身の引き締まるような神秘的な感じがする。



(これが霊峰って言われる所以なのかしら)



「寒いから? 虫の鳴き声が聞こえなくなった気がするんだけど」


「この辺りにゃうるさく騒ぐ虫はいねえ。その代わり危険な奴らが増えて来る。

毒のある蛇だとかトカゲのでかいやつとかな」


「えっ、こんなに寒いのに出るんすか?」


「ああ、特別変異ってやつだろうな。何しろ奴らは冬眠しねえから年中見かける」


「ミイ、木の棒持っておいた方が・・ってもう持ってるし」


「蛇が出るとは思わなかったけど念のためにね」



 気温はますます下がっていき、ミリアとマックスは上着の上にマントを羽織って歩き続けた。

 ガンツは寒さに強いのか未だに上着さえ着ていない。

 山は静まり返りまるで何者かに見張られているような、それでいて心安らぐ不思議な気配がした。




 辺りが薄暗くなりはじめた頃、ガンツが岩陰に建てられた小さな山小屋を見つけた。


 ドワーフが使う山小屋のようでかなり高さが低い。

 ガンツの後から背をかがめて入って行ったミリアとマックスは驚いた。



 恐らく岩をくり抜いたのだろう、奥に向かって広く快適な空間が現れた。

 床にはラグが敷かれテーブルとクッションが置いてある。


 右側の壁には作り付けの棚が置かれており、ランプや鍋などの生活用品がずらりと並びどれも綺麗に磨かれている。

 左側の壁には暖炉まで作られていた。


 暖炉脇に置いてある薪を使ってガンツが暖炉に火をつけると、パチパチという音と共に小屋の中が一気に暖かくなっていく。



「この暖炉で煮炊きもやっちまうんだ。こいつ一つで向こうの部屋まで暖まるからな。便利だろ?」



 奥は寝室として使うようで、部屋の隅には畳んだマットが置いてあった。



 三人は暖炉の火を使って夕餉の準備に取り掛かった。



 シチューの鍋を火にかけ、串に刺した魚を焼く。パンにチーズと野菜を挟みリンゴを出しておいた。


「お前のバックの中にはどんだけ荷物が入るんだ?」


「容量はよく分からないですけどかなり入ります」



「よくこんなに山盛りの飯を準備したな。

俺っちとしちゃラッキーなんだけどよ」


「ちょっと前に何日か続けて野営をした時、あったかいものが欲しいって思ったもので」


「ああ、茶も沸かせないってか?」


「その通りです、試したら大失敗で」



 ミリアは黒焦げになって底が抜けたポットのことを思い出して溜息をついた。




 部屋が暖まり熱々のシチューと焼き魚を頬張る。

 パンに挟まれた野菜を嫌そうに見たガンツは、野菜だけよけてマックスの皿に乗せパンに噛みついた。


「おやっさん、野菜も食わなきゃ駄目っすよ」


「俺っちは野菜は食わなくて平気なんだよ」


「好き嫌いしてたら大きくなれません」


「うるせえ、ドワーフん中じゃこれでも大きい方だからいいんだよ!」


「いっつもこれだ。俺が頑張って作ってんのに、好き嫌いが多くて・・すぐ怒るのは絶対野菜不足」




「今回、魔物にも野生動物にも殆ど会わんかった。今までこんな事はなかったんだが」


 マックスの小言を無視したガンツがミリアを横目に見ながら話しかけた。


「魔力が多いらしくて、弱い魔物や野生動物には寄ってこないみたいです。

お陰でウサギとか犬とかをもふもふした事がなくて」


「「・・」」


「鳥も逃げちゃいます。将来お店を持ってペットを買うのが夢だったんですが諦めました」


「お前・・可愛い顔してるのに残念なやつだな」


「はい、思いっきり残念なんです」


「ミイ、残念の意味違う」


「? そう言えば、山で気になる事が」



 ミリアが首を傾げ、目をすがめて遠くを見つめるような仕草をした。


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