第9話 8-1

    /0  ある、夏の想い出



 少年は、公園に来ていた。

 学校から帰って、帰宅し、何もすることがないから来た、という単純な理由。

 その公園はいわば行きつけの場所で、少年にとっては暇つぶしの場所でしかないのだ。

 少年は公園の砂場で泥だんごや川を作るのが常であった。だから今回、一人でそれらを作ろうと思い、公園におもむいたのだ。が、しかし砂場を占拠している者が、一人、いた。

 なにやらただ砂をいじっているだけ。砂場で遊ぶ道具なども持っていない。ただうつろな瞳で、砂をじっと見つめながら、手を動かしていじっているだけだった。

 少年は不思議そうに首をかしげたあとで、遠慮なく、彼に話しかけた。


「砂をいじってるだけじゃ、つまんないよ」


 少年の声に驚きもせず、彼は振り返った。すると彼は少年をにらむように見つめていた。しかし少年はそんなものを一切気にせず、彼の横に並ぶ。


「砂場はさ、こういう道具を使ってさ、泥だんごとか山とか川とかを作って遊ぶんだよ」


 少年は袋からスコップなどの砂場用の道具を取り出し、実際に掘ってみせた。彼はいまだに少年をにらんでいたが、だんだんその視線は動くスコップに移っていった。


「……これは、なに」


 彼は初めて少年に話しかけた。


「あ、これ? これはねぇ、バケツっていうんだよ」


 彼は不思議そうに見つめていた。


「見たことねぇの、バケツ?」


 彼はうなずいた。


「変なやつ」


 少年はそう言って笑ってみせた。彼にはなぜ笑っているのか、わからなかった。

 少年は彼と一緒に川を作ってみせた。交代でスコップとバケツを使った。そのあとはバケツに水を入れて、彼と少年は両手を砂や泥で汚しながら、泥だんごを作った。


 そしてもう夕方の五時になるころ、少年と彼は別れた。二人は別れ際に名前を聞いた。


「へえ、有馬静希くんって言うんだ。よろしくね、シズキ」


 いきなり呼び捨てで呼ぶものだから、少し慣れなかった彼。


「よ……よ、よろしく」


 照れながら、彼はそう言った。


 それから彼と少年はいつもの公園の、いつもの砂場で遊んでいた。ときどき、ほかの遊具の遊び方を教えたり、少年がボールを持ってきてボール遊びを教えてあげたりしていた。


「へえ。親、厳しいんだな」


 もうすぐで五時になるころ。彼は少年に自身の悩みや家庭事情を話していた。いわば彼にとって、少年は憧れの存在だ。なにか助けてくれるのではないかと思ったのだ。


「それならさ、うち来いよ」

「え?」

「いやまあ、泊めてもらえるかわかんねえけどさ。それでも、イッパンカテイってやつを体験すればいいんじゃないかな──」

「いいの!?」

「え、あ、ああ。そりゃいいに決まってるだろ」


 それから少年の家にたびたびお邪魔することになった彼。思った通り、少年の家族は優しかった。暖かい人たちばかりだった。だから彼は初めて家に来て、遊んで、帰るころ、大泣きをした。少年は母から何かしたの、と問いつめられ、困っていたが。


 そして彼と少年が知り合って、半年を過ぎるころ。

 彼は初めて、少年を自分の屋敷に誘った。

 少年は驚いていた。屋敷の華やかさに驚くばかりだった。少年はどれを見ても、「これ何!」と言うだけで、彼は喜んでいた。

 しかしいつも誘うときは、彼の両親や姉がいないときだ。彼の弟だけはいたけれど、弟はあっさり少年を認めてくれた。

 屋敷で高級菓子を口にしながら、屋敷のなかを探索していた。

 けれど、二階の西館に行こうとすると、彼が不自然に少年を止めた。


「もっと、別のところ行こう? ここより面白い場所があるぜ」

「……あ、ああ」


 彼の額に脂汗あぶらあせが流れているのが見えた。

 少し心配になったが、少年は見なかったことにした。

 それが、まずかったのだろうか。



 いつの日か、公園に彼は来なくなった。

 だからある日、少年は彼の屋敷へ訪ねた。そのとき、父らしき人が迎えてくれた。優しい笑顔だった。でも、なんだろう。その人の瞳は、どこか少年を嫌っているような、かげりのある瞳だったように少年は思っていた。


 少年は彼の部屋に訪れた。


────え?


 少年は、その光景に対する言葉を吐露とろした。

 うまく、言葉にできない様子でいた。それこそ、「え?」という言葉ぐらいしか浮かばなかった。


 彼はナイフを持って、女性を殺している。

 機械的に。あくまで、機械的に。

 彼は右手のナイフをその肉片に刺しこんだり、あるいはえぐったり切り裂いたり。子供のおもちゃみたいだ。



────ああ。


 なんだ、これは。少年はそんな言葉が思い浮かぶばかり。


────ああぁぁ。


 少年のなかの語彙力が急速に低下していく。


────あ、あぁぁ。


 少年の体はいつの間にか、動いていた。


────あぁ。


 少年には彼の瞳は血で染まって、赤く光っているように見えた。

 実際、彼の視界は赤い。

 彼は少年にナイフの切先を突き立てて、迫ってくる。


 少年は走るようにして、彼に迫る。

 彼は倒れる。少年はその首をおさえる。

 あくまでこれは、少年にとって自信を守るための──いわば自衛本能だ。


 だって、仕方なかった。


 だから、仕方なかった。


 そうだ、仕方なかった。


 そうするべきだったんだから。

 そうすることで自分という人間は生きながらえる。

 なら、こうすることが正しい。絶対に、だ。


 少年はそんな言葉を延々と自分に唱え続けていた。


 そのせいだろう。

 少年は、背後の脅威きょういに気がつかなかった。

 少年の後頭部が鈍い音を立てて砕けた。おそらく、脳にまでダメージは来ている。


 父だった。

 父はなにやら苛立っている。

 父は彼が少年を殺すことを望んでいた。彼が、少年によって毒されていくことを恐れたからだ。だが失敗した。だから父は少年を殺した。



 それが、この事件のきっかけであり、原点。

 そして、その元凶を思い出せ。

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