幕間

    幕間


 /0  午後二十三時五分 路地裏


       〝藍沢雅臣〟



「藍沢くん、ちょっといいかな」


 見回り役として屋敷をさまよっていたが、当主である有馬誠殿に呼ばれた。薄暗い廊下なので、姿はよく見えない。僕は彼に近づいて、「なんでしょう?」と言った。


「静希がいないんだ。少し、捜してもらっていいだろうか」

「静希さまが、ですか」


 誠殿はうなずいた。

 有馬静希は、たしか一時間前に見かけた。見かけて、話しかけたのだ。僕はその時点で彼の事情を知っていた。澪先輩に教えられて。


 澪先輩は無謀だのなんだのと愚痴ぐちを言っていたけれど、あの時の彼はもう覚悟を決めている、というような顔をしていた。だから僕はその覚悟を信じて、あえて見逃したのだ。


「わかりました、捜してきます」


 僕はそう言うと、誠殿は、


「ったく、あの出来損ないめ」

 そう、彼を侮辱ぶじょくしていた。

「……」

 僕はそれを黙殺もくさつすることしかできなかった。


 僕は屋敷の外に出る。

 少し急ぎ足で街のほうへ行った。彼が犯人を捜すというのなら、街のほうだろう。


 あっという間に僕は街についていた。それから少し歩いていると、なにやらサイレンを鳴らしながらパトカーが一台、路地裏の入り口辺りにやってきていた。すでにそこにはパトカーが三台ほど集まっていて、それに一台加わっていた。パトカーだけではない。救急車も来ていた。


 立ち入り禁止のテープが貼られて、入口の向こうには行けなかった。

 そしてそこには前には人が何人か集まっていて、その集団の前に警官が二人、立っていた。そのテープを間にはさんで。


「何があったんですか?」


 僕は近くにいた背広姿の中年の男性に話しかけた。顔が赤い。どうやらよっぱらっているみたいだ。


「いや、ねぇ。俺が見つけたんだけどさ、なんかバラバラの死体が転がってて……うぷ……!」


 男性は第一目撃者らしく、そのときの惨状を思い出したのか、その場で吐いてしまった。僕はその前にあとずさった。


「……まさか」


 その死体というのは、彼ではないか、と僕は最悪のパターンを思いついてしまった。

 そして僕はすぐ立ち入り禁止のテープをくぐり抜けていこうとした。


「ちょっとお兄さん。ここから先は立ち入り禁止だ」

「あ、いえ僕は……」


 つい勢いあまって突入しようとしてしまった。どうする。僕がここで何を言っても通してはくれないだろう。僕はただの私立探偵だ。探偵、と言ったところで無駄だろう。


「春日くん、そいつは通してやってくれ」


 現場からこちらに来て、その男は言った。


「いや、でも……」

「そいつは俺の知り合いだ。探偵。こないだの事件でも世話になった。春日くん、君も見たことがあるだろう?」

「え、ああ。藍沢さん、でしたっけ。すみません。いやでも、本当に通してもいいんですか?」

「ああ。上には俺から言っておく」

「ああはい、わかりました」


「よう。藍沢。久しぶりじゃねえか。久しぶりっていうと、こないだの八神の件以来だよなあ」

「ああ、助かったよ永井刑事」


 永井刑事。本名も永井啓二ながいけいじなものだから、僕なんかはいじることが多い。彼とは僕が探偵稼業を始めたころからの付き合いだ。かれこれもう五年になるか。


「それ、どっちで言ってんだ? 刑事? それとも名前の啓二か?」

「どっちでもいいだろ、そんなことは」


 いやよかねえ、と言う永井。


「にしても、どうしてここが?」


 僕はテープをくぐって、現場のほうへと歩いていった。


「いや、ここに知り合いがね」

「ほう。どっちのほうだ? 可愛い顔した男か、普通の顔の男か」

「両方だ」


 僕はその現場を見て、胸のなかがざわついた。


「両方ともまだ身元わかっちゃいねえ。でもお前、わかるんだろ? ならっておい!」


 僕はすぐさま駆けつける。


 死体のほう。有馬直紀だ。首からの出血がひどい。

 そしてその直紀の近くで、壁に背中を預け、気絶している少年。静希だ。静希のほうにゆっくりと歩み寄る。


「左手に凶器。短刀か。こんなもの、どこから……?」


 そうつぶやいて、すぐに僕は右の遺体に目をつけた。

 バラバラだが、胴体はそのままだ。スーツに代紋をつけている。


「ヤクザ屋さんか。となるとこの短刀ドスはこの男性からか」


 ふむ、と僕は顎を指でなでる。


「うん?」


 少年の唇。粉状のものが何粒か付着している。


「なあ、藍沢。いったいどうしたんだ?」

「永井。唇を見てくれ」

「あん? どれどれ? ん、なんだこれ。粉?」

「ああ。今すぐこれを調べてくれないか」

「おう。わかった」 


 あの粉が解るまで明確な考察はできない。


 事情はだいたいわかっているからある程度の推測はできる。

 静希くんは友人の仇を見つけるため、夜の街へと赴いた。まあおそらく彼はこれまで路地裏が殺人現場であることを知っていたのだろう。


 路地裏をいくらか回って、ここにたどり着いた。

 そこで見かけたのが、この男の死体、と。


 そういう線で行くと、そこにはすでに犯人がいた。静希くんはそれに気づかず、犯人に気絶させられた。


「ん? これは──」


 静希くんの首。

 吉川線──つまりは静希くんは首を絞められ、抵抗しようとして自身の首に爪をたて傷つけた──それで?


 なぜ直紀くんが?

 直紀くんが犯人だった、ということになるのか。


 しかし首を絞めた、とするなら犯人の腕も確認をとろう。

 腕に視線を移す。


「やっぱりだ」


 右腕に引っかき傷のようなものがある。それもおそらく静希くんが傷つけたものだろう。


 首を絞められた、という推測は確定できた。

 

 しかし──死亡しているのは直紀だ。

 首に短刀を刺され、死亡している。


 つまり静希くんが抵抗する際に、あの男性にあった短刀を抜き取り、直紀の首を突き刺した。


「ほう……」


 静希くんの左手には、たしかに短刀が握られている。

 しかし直紀の首はどうだ。刺殺された傷跡は直紀目線で言うなら、首の左側。


 ならば本来、静希くんの〝右手〟に短刀ドスが握られているべきだ。


 唇に付着していた粉のことも気になる。

 

 あとは時間の問題だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る