第5話 4ー3
/2 午後十八時二十五分 街中
〝藍沢雅臣〟
僕は街中にある公衆電話の中にいた。携帯自体は持ってはいるが、仕事中の所持は不可とされているため、もちろん持っていない。
今、僕は買い出しに行っていた。
今月分の食料確保、ということだ。
それで僕は報告をしていた。相手は助手。僕がここに出張してから、彼に事務所を任せていた。最初は彼もここに来ることは決まっていたのだが、もう一つ、大事な依頼が入ったことにより、僕と助手で分担することにしたのだ。
「そっちの依頼はどうですか?」
助手が自分の状況を報告し終わったあとで、問いかけてきた。
「ああ。昨日、偶然現場を見た」
「え、見たんすか?」
「本当に人の肉を食べていたよ。腹がたまったのか、何個か肉片を残してね」
助手は想像力が高い。僕が言ったことを
「これは依頼主が言っていたことだが、その犯人は間違いなく有馬家のなかにいるらしい。まあいまだに僕はそれを裏付けるような証拠を見つけていないわけだがね」
「でも、けっこう早く終わりそうじゃないですか。もうどの範囲に犯人がいるのか、っていうのはわかってるんですから」
「そうだね。たしかに犯人がどこに潜んでいるのかはわかったよ。けど、問題は僕が殺人鬼に叶うか、なんだ」
「え、でも先生は合気道とかかじっていますし、いざとなれば銃だって使えるでしょう?」
「残念ながら銃は持っていないがね」
僕は皮肉らしく笑いながら言う。
「あ、あとこっちでわかったことなんですがね」
「うん?」
「有馬建設っていう会社、あるでしょう?」
ああ、と僕はうなずいた。
その会社こそ、有馬家の象徴だろう。
「こちらの龍源寺のご主人の弟さまなんですが……別に家に入り婿することになり、そして有馬建設で働いていたらしいんですが──」
「ほう」
「失踪したそうです。もう何年も前の話ですよ。死体とかはそれらしい痕跡は遺っていない。捜索願を出したにもかかわらず、警察もあまり動いてはくれない。新聞やニュースにも載りはしない。本当に何もなかったようにしてるらしいです。そして彼らは同様にまるで何かにおびえているようだ、と」
それは──いったい。
「あ、もう行かないといけませんから、切りますね──」
助手が言葉を言い切ったあとで、時間切れになったのだろう、ちょうどそこで電話は切れた。
さきほど、助手が言っていた事実。
となると──有馬誠には何か裏があるのか。普通の失踪事件ならばニュースで報道されることはあるだろうし、捜索願を出されれば警察だってそれなりには動くはずなのだ。それと何かに怯えているかのように、という言葉をひっかかった。
これは、もう少し思考をひねるべきだ。
そして、僕はひとりになった。
街中だからだろう。
夜のわりににぎわっている。いや夜の街だからこそ、こうして喧騒が鳴りやまないのだろう。
「まずは目星をつけよう」
僕は公衆電話ボックスのなかで、そう独りつぶやいた。
せまい空間だから、僕の声は反響していた。
「まずは……」
有馬静希、彼だろう。
彼は大きな謎に満ちている。僕は彼に関することを何も知らない。──そう、何も知らない。
彼は普通の人間だ。有馬という姓をもって生まれる者は等しく優秀なのだが、彼だけは違う。彼は凡庸で、平凡な人間でどこかほかの有馬家の者とでは、月とすっぽんのようだ。──格が違う。雰囲気や言動そのものが違う。
有馬家のようなところで、異質なもの。だがそれが本当に、あの殺人鬼につながるのだろうか? いくら彼が普遍的な人間であったとしても、それがあの家にとっては異質だったとしても、それがここ連日の事件につながることがあるのだろうか。
「ああ、そう……」
訂正しよう。
別に彼のことを知らないのではないのかもしれない。いまだに思い出せないけれど、彼を、僕は少し知っている気がする。ただ、それを思い出すには──また別の大切な人を思い出さなければならない。それはつまり、僕が触れたくないと箱に詰めこんだ
まずはそろそろ有馬邸に戻らなければならない。
誠殿が言っていたことが本当だということが解った。
あとは犯人の正体を確かめること。それと、そいつの排除。
あと少しだ。あと少しでばらまかれたピースはそろう。そしてそろったならば、それが二度とそろわないよう、粉々に砕くだけだ。それで、この仕事は終わる。
あの家が、恐ろしい。
恐ろしい、という言葉では言い表せない。
有馬静希という存在を作り上げたという業は、永遠に消えないもののはずだ。だというのに、彼らは普通の人間として暮らしている。
あと、あの家には大きな裏があるように思えて、仕方がない。
一つの大きな影が、あの館のところどころに影を覆っているように思える。
これはあくまで僕の勘でしかない。でも、でも──どうしてもそう思ってしまう。
推論でしかないけれど、あの家にはもしや大きな存在が暗躍しているのではないか。今回の殺人事件の元凶であり、そして有馬家の現状を作り上げたさらなる黒幕。
その存在自体、あの家にいないことを、僕は願っていた。
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