第5話 4-2

 /1 午後十三時十五分 有馬邸


      〝有馬静希〟



 俺は部屋で携帯をいじっていた。

 携帯の検索サイトで、今回の連続殺人事件の検索をしていたのだ。予想以上に、この事件をとりあえげている記事は多かった。

 見てみると、今まで被害者にあった人たち同士で、なにか関連性があったわけじゃないらしい。連続殺人と呼ばれるのは被害者ともどもバラバラにされて、食い荒らされていたからに他ならない。そこにしか連続性はないんだとか。

 つまり、無差別にこのような行為をしている。そういうことだろう。

 しかし、なにか関連性があったほうがこちらとしては助かる。それがわかれば、次のターゲットが判明するかもしれなかった。けれど、犯人はあくまで「おなかすいた」と言ったふうに人を無差別に襲ってきた。

 だが、これまで被害者は一人だけだった。けれど今回は複数。数にも制限はないらしい。──これで九人目だったのが十三人目だ。

 さきほど、学校から連絡がまわってきた。それが「明日以降一か月休校」という内容だった。俺としては都合がいい。しかしその理由を考えると、とてもつらかった。


「兄さん」

「ん?」


 ベッドで横にしていた体を起こす。そして扉のほうを見ると、そこには弟──有馬直紀がいた。

「お、どうした直紀」

「昼ごはん」

「そっか、わざわざ伝えに来てくれてありがとな」

「……」

 直紀は黙って部屋から出ていった。

 直紀は中学生だ。いろいろと難しい年ごろなのだろう。

「昼ごはん食べるか」

 俺は部屋から出て、食堂へ向かった。そこには俺と姉がいた。直紀はいなかった。おそらく未だに勉強をしているか、何かの習い事をしているのだろう。

 そうやって、まともな時間にご飯を食べなくなったのは俺のせいでもある。

 退院後、父は「おまえのような不出来な息子に当主など任せられん」ときつく言われた。つまり当主としての座を俺から直紀へ譲りわたされた。そんな直紀からうとまれることは俺もわかっていたし、覚悟していたことだ。だけど、思った以上にしんどいものだった。


 たしか、直紀は俺に憧れていたんだっけ。

 もう今となってはそんなことは過去のことで、取り戻しようもないことだけれど。

 俺が当主として──つまりは今と逆の立場であったときの話。俺が小さくて、毎日の教育に耐えかねてとげとげしい態度であったときのころ。そんな状態であった俺の後ろを目を星のようにきらきらさせて、つけてきていた少年。

 それが、直紀だ。

 そのことを、少し微笑ましく思いながら、まぶたの裏で描いていた。

 これは──俺の勝手な勘違いというか、妄想でしかないんだけど、今の直紀はもしかして、昔の俺をまねているのではなかろうか。

 

 俺がテーブルの座席につくころには、もう目前に料理が並んでいた。朝、昼、晩の食事のなかだと、昼の食事のほうが少し見栄えがないのかもしれない。それでも、一般家庭の食事や学食のメニューに比べれば、目が飛び出るほどの豪勢さはある。

「いただきます」

「いただきます」

 俺と姉は手を合わせて言った。

 食事中、家族同士で談話することはほとんどない。それは温厚な姉が相手でも例外ではない。父である有馬誠はそういった礼儀には厳しく、「食事中に談話など言語道断!」などと本気で叫ぶ人だ。俺にはどうしても不便で仕方がない。食事中でしかまともに談話する機会はないのだから、こういう時こそ、何かお互いのことを話したりするべきなのではないだろうか。

「なんか、顔色悪いよ? まだ気持ち悪い?」

 姉は動かしていたフォークとナイフの手を止めて、俺の顔をじっと見ながら、そう言った。

 俺はあわてて言った。

「いや、別に大丈夫だよ」

 けれどそう言うと、姉は「そう」と落ち着くどころか「は?」と俺をにらんできた。

 ……後ろからもなにか冷たい視線を感じるのはどうしてか。たしか俺の後ろにいるのは澪だったような。

「あなたの大丈夫は信用ならない」

「全く以ってその通りでございます」

 姉は絞め殺してきそうな目で俺を見てくる。それで俺の背中をちくちくと何かが刺さってくる……。

「ほんとうに大丈夫だって。そこまで心配する必要ないじゃないか」

 念を押すようにして言うと、姉と澪は二人して黙りこくってしまった。

 そのあとの食事はあまりいいものじゃなかった。料理はおいしかったけれど、空気が気まずくて、錯覚だろうけれど味がなくなったように思えた。

「──無力が、嫌だったんだ」

 自然と口が開いた。誰かに聞いてほしかったわけじゃなかったけれど、姉にはちゃんと伝えないといけないのかもしれない。

「え……」

「俺は、知っていたんだ。あいつがあの夜、出かけることを。でも止めなかった。止めようなんて、思っていなかった」

 そう、止めればよかった。

 止めていれば、あいつは死ななかったかもしれない。せめて物騒だからやめとけ、ぐらいは言ってよかったのかもしれない。そうするべきだったんだ。


「でも、それはあなたのせいじゃ……」

「違うんだ、姉さん。これは罪とか、責任とかの問題じゃないんだよ。たしかに俺はこの件には一切関係ないし、ただただあいつとは親友だっただけだ」


────でも、もはやこれは罪の独白だったのかもしれない。


「割り切ってしまえば、そうなんだよ。だから姉さんやほかの人が気にすることない、って言うのはわかるんだ」


 姉は彼の顔すら知らない。だから死んだとしても、きっとどうでもよかった。自分の命には関係のないものだから。


「だからさ、姉さんはもう気にしないでいいんだ」


 気にしなくていい。だから、もう関わらないでいい。


「俺は、俺なりの恩返しをしたいんだよ、あいつに」


 恩返し、というにはあまりに大きすぎて、命にかかわるものかもしれないけれど。


「どんな形であれ、俺は礼を言いたい」


 俺が言い終わると、姉さんは口をつぐんでしまっていた。俺が何をしようとしているのか、わかっているのだろう。けれど制止するべきかを迷っている。


「そ、そんなのはダ──」

「ダメです」


 姉さんが言うと思ったところで、そこにはさんできた言葉は、後ろにいた澪のものだった。


「あなたは資産家のご子息という立場をお忘れなのですか。たしかに次期当主の座は直紀さまにおろされました。しかしあなたは自分の命を捨てようとしている。それがどういう意味はお分かりなのですか。あなたの命が、あなただけのものであれば私は何も文句はありません。ですが、あなたの命はあなただけのものじゃありません」


「──ああ、わかっている」

 俺は立ちあがった。料理はすべてたいらげてしまっている。

「俺の命は俺以外のものでもあることは、わかっているんだ、澪。俺が死ぬことは許されないっていうんなら──終着点は俺が決めちゃいけないって言うんなら──この命の使い道ぐらいはさ、俺に決めさせてくれないか」

 それだけを言い捨てて、俺は澪に背を向けた。

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