第4話 3-3

  /7 昨夜 午前二時十五分 路地裏 


        〝藍沢雅臣〟



「はぁ……はぁ……」

 路地裏にやってきた。

 たまたま見回り役として屋敷をうろついていたら、窓から門を抜けて屋敷から出ていく誰かの姿が見えたのだ。暗闇で誰が歩いているのかはわからなかった。そもそも性別さえ不明のままだ。

 それを見かけて、誠殿の言葉を思い出したのだ。


────犯人は私たちの中にいる。


 あの門を抜けていったアレこそ、犯人なのだろう。僕はそう思いいたった。

 そこからアレを尾行した。なるべく見つからないように、暗闇にまぎれてだ。だがアレのほうが上手うわてだったと言える。アレは僕に気づいていたのか、それともアレ自体の習性なのかなのだろうが、ほとんど外灯がないところを通っていた。

 それで最終的な場所が、この路地裏だった。街中に来たので、ようやく姿が見れると思ったら、男性の四人衆になぐられていたのだ。と言っても、一人、見るからに若い男性が暴力をふるっていた三人を引き留めようとしていた。けれど、しつこい、と言ったふうに彼をもなぐっていた。それでも引き下がっていなかったようで、三人のなかの一人の足をつかんで、止めていた。しかし、彼もそこまでだった。その一人に顔を何度か蹴られて、そこで彼は意識を失ったようだった。顔はもうあざだらけで、大量の血を流している。おそらく死んだのだろう。

 

 それで、アレは倒れて、自由にされるがままに彼らに乱暴に運ばれ、路地裏へ。

 僕はなるべくアレや彼らに見つからないように、建物の壁を遮蔽物にして、その路地裏の様子を遠くからのぞいていた。


 結果は、無惨だった。

 アレが起き上がって、彼らの一人を組み伏せて、捕食。激しい血しぶきが見えた。まるでクジラの潮吹きのようだった。そこからおびえていたほかの二人を見事に殺してみせた。

 しかし、誤算だった。

 死亡していたと思われた彼が起き上がって、路地裏のほうへ駆けつけていったのだ。死んでなんかいなかった。彼は気絶していただけだったのだ。僕はそこで、「逃げろ!」と思わず叫んだ。

 だが、もう遅かった。

 彼はその惨状を目にして、腰をぬかした。それをアレに見つかった。アレは何かを持って、彼の前に差し出した。それがなんなのかはわからなかったが、彼はそれを口にしていた。ずっと彼は何かを食べ続けていたけれど、突如、鮮血が噴き出した。

 金属バットを持って、彼の頭蓋を割ったのだろう。不意打ちというものだった。

 事を終えた殺人鬼は、何事もなかったかのように平然と歩いて、奥の道へ進んでいった。


 僕はその惨状を間近で見ようとして、おそるおそる歩きながら近くに行った。


「……く」


 錆びた鉄のような異臭が漂っていた。まるでそこだけが別の世界であるかのように異質で、僕たち人間が踏み入っていいような領域ではなかった。

 それは。それは、なんだろう。うまく言葉にできない。僕たちが持つ言語では表せない。いや、世界中の言語を用いてもとても表現することのできないもの。

 そう、強いて言うなら。


「……ソニー、ビーン」


 それは昔の実在する事件だ。

 ソニービーン一族。それらは伝説の食人一家と呼ばれるものだ。家はなく、洞窟で暮らしていた。近親相姦きんしんそうかんを繰り返して、家族を増やした。

 最初こそソニービーンが洞窟近くにいる旅人や商人などを襲って、金銭を奪い、食べ物などを買っていた。けれど、やがて洞窟近くに来る者はいなくなった。当然だ。何回も繰り返して襲っていたのだから、噂がたったのだ。あの場所に近づいてはいけない、と。

 だから金銭や資源を奪うことができなくなり、残ったの襲った旅人や商人の死体ども。

 ソニービーンは考えた。とんでもない、人間みちを外れたことを。

 それらを、つまりその死体どもを食料にした。


「……本当、なのか」


 有馬一族が昔、食人一家であったことは──。




         上・了

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