第41話 戦い

 五分もしないうちに待平は部屋に戻ってきた。――笠根を連れて。

 彼女も目覚めたときの界斗と同じようにガムテープで口をふさがれていたが、縄で縛られているのは両手だけで両足は自由だった。この部屋に連れてくる際に邪魔になって待平がほどいたのかもしれない。

「ん! んーー!」

 床に転がる界斗に気づいた笠根が、声にならない叫び声を上げて界斗のところへと駆け寄ってくる。彼女は界斗の横で両膝りょうひざを床につけて、彼の体に怪我けががないかをあわてた様子で確かめているようだった。界斗はそんな彼女の様子を見ながら、彼女の体に目立った外傷がないことを見て取り、心の中で安堵あんどした。

「いいねいいね」

 その光景を見ていた待平は嬉しそうにそう言って、界斗たちのほうへと近づいてきたかと思うと、界斗の上におおいかぶさるような形になっていた笠根の横っ腹をり上げた。

 突然に蹴られた彼女は宙を舞い、部屋の端のほうへと飛ばされ、どさりと音を立てて落下する。

「――ぐっ!」

 ガムテープしにれた彼女の苦悶くもんの声が、遅れて界斗の耳に届く。

「お、おい!」

 思わず待平を避難する声を上げてしまったが、彼がそのことで気分を害した風はなく、

「いや、ちょうど彼女には大人しくしてもらいたかったから、ついでだよ、ついで」

 床の上で痛みにもだえる彼女の体をひっくり返して、彼女の顔が界斗のいるほうへと向くようにすると、「準備完了」と待平はつぶやく。

「ほらほらー、笠根。ちゃんと見てるんだよ。愛しの界斗くんが痛めつけられる光景を」

 言うや否や、待平は界斗の横っ腹を思い切り蹴り飛ばす。笠根のときよりもかなり強い蹴りで、彼の体はサッカーボールみたいに飛んでいって、笠根のいる壁とは反対の壁に叩きつけられ、そのまま床に転げ落ちた。

 尋常じゃない痛みが界斗をおそう。あばらの何本かが折れたかもしれない。

「んーーー!」

 笠根の叫び声がやけに遠くに聞こえた。

「ほらほら、まだまだこれからなんだから、寝たらダメだよ」

 界斗の前でしゃがみこんだ待平が界斗の髪をつかんで顔を立たせ、反対の手でほほを平手打ちする。

「今度はこれをお見舞いしちゃおうかな」

 そう言って待平が胸ポケットから取り出したのは、鈍色のナックルダスターだった。

 それを利き腕の右手にめながら、

「ちなみにだけど、ここに来た君を気絶させたのも、このナックルダスターだから。使い始めた頃はやりすぎて殺しちゃうこともあったけど、今じゃ人を気絶させるのにちょうどいい加減も知ってる。――今度は手加減せずに殺すつもりで殴るから、覚悟してね」

 そう言って右手を振りかぶる待平。

 チリチリと殴られた後頭部が痛む。逃げろ、逃げろ、と脳が警告を発している。だけど、手も足も動かない。待平はにやりと口角を上げて、こぶしをさらに振りかぶって――。

 ドンっと音が鳴り、彼の体が左に傾いた。ねらいがれた彼の拳は界斗の頭上の床に当たり、ガツンっと金属音を響かせる。

 界斗の視界に横から入ってきたのは笠根だった。

 笠根がタックルで待平の体を横から吹き飛ばそうとしたのだ。だが、彼女の体格では成人男性の待平の体を吹き飛ばすには至らず、彼の体は傾いたに過ぎなかった。それでも、界斗が九死に一生を得たのは事実だった。

「大人しくしてろと言っただろうが!」

 待平が怒りにえ、ナックルダスターの拳を笠根に向けようとした――そのとき、

 ドンっと何か大きな物音がした。

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