第35話 兄と豚と妹
これまた時間は一時間ほど
「待たせたな、美衣香」
やってきたのは、美衣香の兄で界斗の友達でもある
界斗と駅前で別れてから十分ほどして美衣香から電話がかかってきて、政也はちょうど自宅の前でその電話を受け、着替える時間もなかったため、格好は部活ジャージのままである。
彼は中学入学以来の一年半にわたる定期考査で七位を高確率でマークしたり、バドミントンのプレーも部活仲間から「戦略的」と評されたり、他にも色々と頭脳戦を得意とする人間である。彼を表す言葉に近しいものを選ぶとすれば、「
「で、そこの
そして、……重度のシスコンでもある。
美衣香の隣にいた田辺に刺すような視線を向ける政也を、
「もう、お兄ちゃん、今はそんなことどうでもいいでしょ! 界斗さんがピンチなんだって」
美衣香が
「おう、そうだったな、ごめん。で、界斗がどうしたって?」
美衣香は電話で「界斗さんがピンチだから助けてほしい」としか政也に伝えていなかった。と言うのも、伝えるのがそれだけでも、政也なら妹の頼みを聞いて駆けつけてくれることが分かっていたためだ。
「悪い人に連れていかれちゃったの」
「べ、別に悪い人に連れていかれたわけじゃ――」
そう言う田辺を、政也は鋭い眼光で黙らせて、
「そりゃあ大変だ。で、その悪い奴はどこ行ったよ」
あっち――と美衣香が指差した路地の手前には、政也も知る界斗の自転車が置かれていた。
「あそこに入っていったわけか……。界斗が連れていかれてから時間はどれくらい経ってる?」
「十分くらい」
「十分か。今から追いかけて見つけられるかどうか……」
政也の顔は真剣だ。いつもは
「それなら心配いらないよ。――ね、モブオくん」
先ほどから完全に空気と
「え、う、うん」
田辺はさらに鋭くなった政也の眼光におびえながらも、携帯の画面を彼らのほうに向ける。
「い、今の
画面にはここら一帯のマップが映っており、赤い点が一つと、その周りを囲むようにして無数の青い点が表示されている。赤い点の動きに合わせ、無数の青い点が
「……なるほど、この赤い点が界斗のいる場所ってことか」
田辺と口を
無数の青い点は田辺のオタク仲間たちの居場所を示していたわけだが、政也はそれら青い点が何を意味しているのかを尋ねなかった。彼が必要としていた「界斗の居場所」の情報はすでに手に入ったし、おおよそ青い点の意味するところも目星がついていたというのもある。いずれにせよ、急を要するこの場面で不用意な情報収集に時間を割くほど
即断即決。
これもまた彼を策士たらしめる要素の一つである。
――物事の本質を即座に見極めて行動する。
それができなければ、立てた戦略の多くは海の
何せ状況は刻一刻と変わる。
最適だった策が次の瞬間には最悪の策になっていることだってあり得るのだ。
「悪い奴はどんな奴だった? 特徴は? 性別は? 何か凶器を持っていたか?」
次に敵の情報を得るために、政也が美衣香に質問を投げかけると、
「お兄ちゃんの学校の先生だよ」
彼女はただ一言そう答えた。
さすがの政也も真意を測りかねたのか、
「えーっと、それはつまり……」
と言葉に詰まり、しぶしぶといった様子で田辺に「どういうことだ?」と目で尋ねた。
「だ、だから、美衣香ちゃんが――」
軽々しく妹を下の名前で呼ぶな、と政也に圧のある眼光を向けられ、田辺は言い直す。
「か、彼女が言っていた悪い人っていうのは、マッツンのことなんだ。それに、別に古遣くんは、先生に連れていかれたわけじゃない。彼が先生の後をつけているところを、偶然僕たちが目にしただけなんだ」
「嘘をつくな」
本当のことを言ったにも関わらず嘘つき呼ばわりされる田辺は、可愛そうなことこの上ない。
しかし、相手が悪かった。
シスコンである政也に妹の言葉を信じないという選択肢はなく、彼の脳は自動的に田辺が嘘をついたと判定した。政也に弱点があるとすれば、それは
だが、今回はそのエラーが致命的な結果につながることはなかった。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。私の勘違いだったみたい……」
美衣香が素直に間違いを認めたからである。
もしこの場にまともな人間がいたら、「は? 勘違いって、何がどうなったら中学の先生を悪い人呼ばわりして、それを追いかける界斗が連れ去られたことになるんだ」とツッコミを入れていただろうが、この場にいるのはシスコンと、そのシスコンを恐れる
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