第18話 生徒会長はどうでしょう
「――
思考に
目の前のカーテンが引かれ、中から姿を見せたのは、白のシャツにゆったりとした
「どうよ?」
隣に立つ
紺やカーキといった落ち着きのある色を
「ほらほら、あんた彼氏でしょ。ボケーっとしてないで何か言いなさいよ」
実際は彼氏という設定にすぎないのだが、
「あ、うん、……似合ってる」
女の子の服装を見て感想を言うのは生まれて初めてだった。よくアニメや漫画なんかで主人公の男子が待ち合わせで女子に服の感想を述べるシーンがあって、いつも界斗は観るたびに「なんでそんなありきたりな感想しか言えないんだよ。もっと他になんかあるだろ」と上から目線で思っていたわけだが、彼もまた空想上の彼らと同じ穴の
だが、ここから先の展開がアニメや漫画とは違っていた。
普通それらのエンタメ作品では感想を受け取った女子が「……ありがとう」と
しかし、天使はきょとんとしているだけで全くの無反応だった。
もしエンタメ作品でそんな展開があれば読者としたら肩透かしもいいところだろう。肯定的か否定的かによらず女の子から何らかの反応が返ってくることを期待して読んでいたのに……と。
服装を
アキバに
「
女の子でオタクでもない伊予にも新ヒロインの良さはからっきし伝わっていないようだった。
そんな風に
「会長!」
振り返れば、先ほど埋まっていた一番奥の試着室から一人の女の子が出てくるところだった。彼女は驚いたようにこちらを見つめ、靴を履こうとして
彼女が固まっていたのは一瞬で、すぐさまブーツを履き終えると、パタパタと足音を鳴らしながら近づいてくる。
界斗は初対面の女の子から「会長」などと呼ばれるような人生は送ってきていない。天使も日本に来たばかりだ。となると、誰が「会長」なのかは明白で――。
「
試着室から顔を出していた伊予が、舞歌と呼ぶ少女に声を
「お久しぶりです。まさかこんなところで会長にお会いできるなんて夢のようです。服を買いにいらしたんですか? よければ私にも一着、いや二着と選ばせていただきたいのですが!」
舞歌は伊予たちのいる試着室の前で急ブレーキをかけるように立ち止まると、試着室の中にいる伊予に向かってぐいぐいと身を押し付けるように
「私はもう会長じゃないって何度言ったら分かる……。まあいいか、それよりも今日は別に私の服を買いに来たわけじゃなくて、この子の服を買いに来たの」
そう言って伊予は後ろにいた天使にちらりと目をやる。ここにきてようやく舞歌も彼女のことに気がついたようで、
「すごい美人さん! もしかして外国の方ですか、ホームステイで先輩のうちに泊まっているとか。あ、ひょっとして会長の親戚とかですか――
一人で色々と想像を巡らせる舞歌を見て苦笑する伊予は「また始まったか」とでも言いたげだったが、その瞳にはどこか
「違う違う、杏ちゃんは弟の彼女。――舞歌の後ろに立ってるでしょ」
体は伊予に向けたままで舞歌はぐるんと顔だけを後ろに向けると、「……本当だ」と独り言のように
「こんにちはです、会長の弟さん」
それだけ言うと彼女は再び顔を元に戻し、伊予に話しかける。
「会長がいなくなってからというもの、学校はカオスですよ、カ・オ・ス。暴走族に入っている男子生徒が体育館の物品を勝手に持ち出したり、元ヤンの女子生徒がピアスをして登校してきたり、ほんとめちゃくちゃですよ……」
彼女はズドーンと今にも効果音がしそうな風に肩を落とす。
「何を弱気なこと言っているの。そこは生徒会長である舞歌の力の見せ所でしょ」
「そうですよね……。分かってはいるんですけど……」
どうやら舞歌は生徒会長をしているらしい。……って、ちょっと待てよ。
「でも、そうは言っても、もうそろそろ次の生徒会長を決める時期でしょ。舞歌の
面白い企みを思いついたときに見せる笑みが、界斗に向けられる。
そう、伊予は今高校二年だが、中学のときは界斗と同じ
そう言われてみると、確かに学校で見たことのあるような……。
私服と制服ではだいぶ印象が変わるものだし、学校では一応化粧は禁止されている(伊予
うん、そんなことを考えているうちに、確かに舞歌を見るのは初めてじゃない気がしてきた。そう思いたいというただの自己暗示かもしれないが。
舞歌は再び顔だけを後ろに立つ界斗へと向けると、
「弟さんは何年生ですか?」
となぜか年下に対して敬語で問うてきた。敬語は彼女の
「二年生さんですか、それは確かにちょうどいいですね」
彼女は何やらよく分からないことをこれまた独り言のように呟くと、再度伊予のほうに顔を戻すと、真剣な顔つきで、
「会長も
「伊予も試着するのか」
誤解した天使が何やら言っていたが、それにツッコミを入れている場合ではなさそうだと界斗の直観が告げていた。彼の知らないところで勝手に取り返しのつかないところまで話が進められようとしている気がしてならない。
「ちょっと待て、何の話をしているんだ。僕を巻き込んで何かをするつもりじゃないだろうな」
伊予のことだ。界斗が何も言わないでいると、これ幸いと話を
巻き込まれる際の被害は最小限に。
それは、伊予と十四年間付き合ってきた界斗が心掛けていること。
伊予の前に考えなしに無防備に立つことは、荒波に自ら飛び込む行為に等しいことを、彼はこれまでの経験から学んでいた。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
そんな言葉もあるが、こと伊予と関わる際には愚者も大いにご
しかし、今回はこれまでのものとは一味違っていた。つまり、かなりひどい荒波だった。
伊予は界斗を見て、にやりと悪魔のような笑みを浮かべて、――信じられないことに、こう言ったのだ。
「界斗、あんたが次の生徒会長になるのよ」
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