第4話 酒乱令嬢爆誕ですってよ!!
スカーレットがいなくなった会場。
そこでは成人を迎えた貴族の子供達が談笑していた。
彼らの話題になっているのは先程の婚約破棄騒ぎの中心であるマーベラスとスカーレットについてだ。
「スカーレットのあの顔。最高だったな」
「そうですな。毎度のように我々に注意をしてきて。女は黙っておけと思ってましたよ」
「流石はマーベラス様。俺らも面白いものが見られてスカッとしましたよ!」
会場の中心でバカ騒ぎしているのはマーベラスとその一派。
スカーレットと懇意にしていた貴族達は離れた場所からそれを冷たい目で見ていた。
「シェリー感動しました。マーベラス様があんなにもわたしを庇ってくれるなんて」
「キミのような美しいお嬢さんを守るのも騎士の務めさ。これからはオレはキミの専属騎士だ」
茶髪の男爵令嬢シェリーが体を密着させると、マーベラスはだらしなく鼻の下を伸ばしながらそれを抱き締める。
「あの女も最低な奴だ。田舎出身だからとこんなかわいい娘をいじめるなんて」
「国境に近い貧しい領地の出身なんだってね。かわいそうに……。今度うちのパパに資金援助してもらえないか頼んでみよう」
マーベラスの取り巻きである男達はシェリーの苦労話を聞いてその過去に同情していた。
その様子見てニヤリと笑ったシェリーはマーベラスに耳打ちをする。
「ところでマーベラス様。ジン王子にはいつ紹介していただけますの?」
「そうだったな。えっと王子は……」
ここは王城であり、場所を提供してくれたのはジン王子であったがその姿は会場には無かった。
「マーベラス様。王子が来られましたよ」
「おぉ、丁度よかった。ジン! こっだ!」
シャンデリアの灯りでキラキラと輝く金髪に宝石のサファイアのような青い瞳をしたクールな青年の登場に会場が盛り上がる。
「執務の関係で遅くなった」
「お疲れ様だなジン」
ジン王子を招くマーベラス。
近くにいた令嬢達は王子の姿を見て黄色い声を出している。
「随分と盛り上がっているな」
「オマエにも見せてやりたかったよ。最高に盛り上がるショーがあったんだ」
「ほぅ」
上機嫌に語るマーベラスに普段通りの冷めた視線を送る王子だが、鈍感な側近はそれに気づかなかった。
「それは君の隣にスカーレットがいないのと関係しているのか?」
「あぁ。オレはあの女との婚約を破棄した。ついさっきこの場でな」
マーベラスはグラスに入った酒を飲み干すと会場内にいた使用人におかわりを要求する。
「傑作だったぞ。あのスカーレットが悔しそうに半泣きで出ていったからな。もうあいつは社交界にまともに顔を出せないだろう。いい気味だ」
「なるほど。それでこの雰囲気か」
ジン王子は会場内をぐるりと見渡す。
かつてスカーレットと仲良くしていた者達が隅の方に固まっているのが見えた。
「ジン。これからオレはこのシェリーと共に生きていく。彼女こそがオレにとっての真の愛を捧ぐに相応しい」
「マーベラス様ったら」
シェリーの腰に手を回して抱き寄せるマーベラスとまんざらでもない様子のシェリー。
仲睦まじい姿に周囲の取り巻き達は笑みを浮かべる。
「見ない顔だな」
「ご挨拶するのは初めてですねジン王子。わたしはシェリー・クラン。男爵家の一人娘です」
「……あの辺境のか」
「ご存知だったのですね!」
王族の、それも次期国王である王子に自分を知ってもらえていて喜ぶシェリー。
マーベラスとはまた違うタイプの美男子に心をときめかせた彼女は近くにいた使用人から空のグラスと酒の入ったボトルを受け取り、中身を注いで王子に差し出した。
「ささっ。せっかくのパーティーですもの。ジン王子もどうぞ」
「今日は朝まで飲もうぜジン!」
マーベラス達のテンションが今日一番になろうとしていたその時、会場の入り口が騒がしくなった。
王子が登場した時のような歓声ではなく、どちらかというと困惑したような声が聞こえた。
「なにごとだ!」
「……ひっく……」
自然と人混みが割れた。
全員の視線の先には手に酒の入っていたボトルを握りしめた赤いドレスの女だった。
「スカーレット!?」
「なによぉ……わらしにらんかひょう?」
明らかに呂律が回っていない口と上気した顔におぼつかない足元。
誰がどう見ても酔っ払いと判断する状態だった。
「オマエ! どの面を下げてこの場に戻った!」
「この顔でーふ。みてみて! スカーレットちゃんかわいいーでひょ?」
自分の顔に指を当てて満面の笑みを浮かべるスカーレットの姿にマーベラスは激怒した。
「ふざけるな! 二度とオレにその醜い姿を見せるなと言ったはずだ!」
「そんなの知りませーん。わらしは王子に招待されたんれふ。貴方にはそんな権利ありませ〜ん」
「この女!」
スカーレットのふざけた態度に苛立ったマーベラスはずんずんと彼女に近づく。
一触即発の状態に酔いの回っていない者達は距離を取る。
「力尽くで追い出してやる!」
「やんのかー? 女好きのバカ息子如きがわらしに敵うの?」
「キサマァアアアアアアアッ!!」
ボトルを持ったまま中指を立てるスカーレットと怒号を上げながら掴みかかりにいくマーベラス。
会場にいる貴族から悲鳴が上がる。
誰しもがこの後の展開を予想していた。
「ふんっ!」
「あがっ!?」
先に声を出したのはスカーレット。
情けない悲鳴を上げたのはマーベラスだった。
「「「ええええええっ!?」」」
全員の口から驚きの声が出た。
それもそのはず。何故なら掴みかかりにいったマーベラスがスカーレットによって綺麗に投げ飛ばされたからだ。
「おのれ……」
投げ飛ばされてろくに受身を取れなかったマーベラスは腰を押さえながら立ち上がる。
「まらやんの?」
「今のは偶然だ!」
新しく近くにあったボトルを掴んでぐびぐび飲むスカーレットに対してマーベラスは拳を握った。
騎士見習いとして体術の鍛練をしている拳が酒に酔う女に襲いかかる。
「あちょー!!」
「ガハッ!?」
だがしかし、マーベラスの拳は空を裂いてしまい、その隙にスカーレットは持っていたガラスのボトルでその背中を叩いた。
ただでさえ痛む背中を硬いボトルで叩かれたマーベラスは足をガタガタと震わせる。
「こんなふざけた奴に……オレが!」
相手はフラフラとしている酔っ払い。
なのにマーベラスが何度殴りかかろうとも拳は当たらずにカウンターが返ってくる。
「まさかアレは酔拳か?」
「ご存知なのですか王子!?」
ジン王子の呟きに側近の一人が反応する。
「スカーレットの実家は代々優秀な軍人を輩出している。その初代は昔有名な武術家で酔拳の使い手だと聞いたことがある」
「そ、そんな歴史が!?」
真面目に解説をするジン王子に驚く側近達。
そういえば! と会場の誰かが声を出す。
「スカーレットさんはたまに騎士団の詰所に顔を出していたような……」
「ねぇ。スカーレットちゃんの叔父様って確か武術大会の優勝者じゃ……」
彼女を知る者達が次々と情報を口にする。
それらは一つ一つは特に大したことでは無かった。
ただ日頃のストレスの捌け口として彼女が叔父の元でトレーニングをしていたり、将来の夫の仕事仲間に顔を売っておこうと騎士団に出向いたら暴漢対策の護身術を教えてもらったことが重なったことで現状のスカーレットが誕生してしまった。
初代当主の話もスカーレットは知らない。
ただ身内は酒を飲むとペラペラ喋り出したり急にプロ顔負けな動きで踊り出すというのは見てきた。それだけだ。
「今まれわらしがどんな思いで頑張ってきたと思っれんのよ〜!」
「ぶっ!? がっ!? あべしっ!?」
一撃も当たらない。それどころか動きを完全に見切られてしまい手も足も出ないマーベラス。
「オマエら! 見てないで助けろ!!」
「「「はいっ!」」」
かつての婚約者にボロボロにされる彼はとうとう取り巻き達を呼んだ。
いくら酔拳を使える酔っ払いとはいえ相手は女一人。今度こそ絶体絶命だ。
「ほい!」
「ぐわぁー!」
「それ!」
「ママっ〜!」
「このこのこのっ!」
「ひでぶっ!?」
全く歯が立たなかった。
酔っ払い特有の千鳥足に翻弄され、力強くで攻めようとも逆に利用されて投げられる。
テーブルの上のフォークやナイフによる投擲で地面に縫い付けられた者もいた。
「うぃ〜……ぐびっ……」
まだ飲むの!? と誰もが思ったが、口に出してしまうとこちらに来る可能性があるので噤む。
「お酒〜酒はどこよ〜」
ゆらりゆらりと男達を倒したスカーレットはシェリーとジン王子の元へ近づく。
「あんた! その酒渡しなさい!」
「スカーレット。落ち着くんだ」
最早人の判別もつかない様子でスカーレットはジン王子の手からグラスを奪い取った。
「うーん。いいお酒の…………ん?」
しかしスカーレットはその酒を飲まずにグラスごと地面に叩きつけた。
「ちょっと! このお酒腐ってるんじゃないの! 変な匂いがするわよ!」
「変な匂いだと?」
「そうよ! なんか薬品臭いというか……毒でも入ってるんじゃないの! そこの女!!」
怒りながらスカーレットはボトルを握っていたシェリーの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「この泥棒女! わらひの酒に毒を盛ったわね!」
「知らないですぅ! ただ用意したお酒を王子に飲ませなさいってパパが! ……あっ、」
屈強な男達を軽々と倒した得体のしれない酔っ払いが声を荒らげながら迫って来て、万力のような力で逃げられずに脅された男爵家の令嬢は半泣きになりながらとんでもないことを口にした。
慌てて口を塞ぐが、ばっちりとジン王子の耳には聞こえていた。
「ほぅ。詳しく聞かせてもらおうか」
「ち、違っ……わたしは命令されて……」
絶対零度の冷酷な目がシェリーを貫く。
あまりの恐怖に男爵令嬢は腰を抜かしながら口から泡を吹き出した。
「バレては仕方ない。王子! その命頂戴する!」
そんな時、観衆の中に紛れていた使用人の男が胸元から短剣を取り出してジン王子に襲いかかる。
彼こそはシェリーに毒入りのボトルを手渡した暗殺の協力者であり刺客だった。
「キェァアアアアアアアア!!!」
「くっ」
間抜けな男爵令嬢とは違ってプロの刺客。
素早い動きにジン王子は反応できない。本来ならば近衛騎士見習いの側近達が身を挺して守るのだが、全員が床に転がっている。
「ねぇ! わたひのお酒ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ただ一人反応したのは未だに次の酒を求める酒乱だけだった。
「おかわり持ってこ〜い!」
「ぐわああああっ!?」
酔っ払いが一瞬で刺客の袖を掴む。
ガッシャーン! という音が響いた。
豪快に投げ飛ばされた刺客はガラス窓を破って庭にある噴水に落下する。生きてはいるが衝撃で意識を失ってしまった。
パーティー会場は滅茶苦茶になり、全員がぽかーんと口を開けている。
「うっ……ジン王子……」
「大丈夫かスカーレット!? まさかどこか怪我でも!?」
その中で騒ぎを起こした犯人であるスカーレットが床に座り込んだ。
真っ先に駆け寄った王子。よく見ると彼女の顔色が悪い。
「おい大丈夫か!?」
「待って、急に肩なんて揺らしたら……うえっ」
さっきまでとは違う意味で会場が凍りついた。
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