第84話 老嬢突撃

 「大和」が第三射という早い段階で命中弾を得たのは半分は運だが、残り半分は実力、つまりはそれなりの根拠があった。

 「大和」に限らず日本の戦艦はそのいずれもが開戦時とは違い、ドイツからもたらされたレーダー照準装置と光学測距儀、それに観測機を併用した射撃を行っている。

 レーダー照準装置は敵艦との距離を従来の光学測距儀とは比べものにならないくらいに正確に計ることが出来る。

 一方でこの時代のレーダー照準装置は方位精度を出すのを苦手としていた。

 しかし、そこは従来からの光学測距儀でカバーし、着弾のずれは観測機からの報告によって速やかに修正していく。

 これによって「大和」は短時間のうちに命中弾を得ることが出来たのだ。

 もちろん、この射撃法を行うには制空権の確保が絶対に必要となるが、現在のところは日本側が完全に航空優勢を獲得しているので問題は無かった。

 そして、当然ではあるが「大和」はその機会を逃すような真似はしなかった。

 敵戦艦一番艦は短時間のうちに四六センチ砲のつるべ撃ちによって上部構造物もろとも艦体を叩き潰され、マリアナの海に吞み込まれていった。


 そのような中、第二艦隊から分派された「金剛」と「榛名」の二隻の戦艦は自身が米戦艦から狙われていないことを確認するや最大三〇ノットを発揮出来る韋駄天を生かして肉薄した。

 第一艦隊の戦艦列とは別行動なので、艦の運動はかなり自由だ。

 米戦艦は「大和」や「武蔵」、それに「長門」や「陸奥」といった日本の戦艦の中でも特に強力な艦ばかりを狙っており、三六センチ砲搭載戦艦で米戦艦から砲撃を受けているのはわずかに「伊勢」一隻のみとなっている。

 あるいは、日本側としては観測機が使えるのでこのまま遠距離で砲撃戦を継続してもその有利は揺るがないのだが、あまりのんびりしていると米機動部隊の残存艦艇や護衛空母部隊はトラック島の米戦闘機の活動エリアに到達してしまう。

 米戦艦の始末をつけるのは当然のことながら早いにこしたことは無かった。


 「金剛」と「榛名」は一五〇〇〇メートルにまで一気にその距離を詰めると同時に主砲をぶっ放す。

 目標として指示された敵九番艦、おそらくは「ニューメキシコ」級の一艦であるそれはもっぱら「伊勢」を砲撃している。

 「大和」型や「長門」型と違い、「伊勢」はさほど打たれ強くはない。

 三六センチ連装砲塔を艦の中心線に六基も備えているものだから、守る範囲が広すぎて装甲をめったやたらと厚くすることが出来なかったのだ。

 今のところ「伊勢」が被弾した様子は見られないが、いつまでも幸運が続くとは限らない。


 一方、「金剛」と「榛名」は第一射から至近弾を得る。

 距離が近いから大きく外れるようなことはまずあり得ないのだが、それでもレーダー照準装置や観測機が無ければこんなにうまく行くこともなかっただろう。

 第三射で「榛名」が、わずかに遅れて第四射で「金剛」がそれぞれ挟叉を得る。

 あとは二〇秒置きに八発の三六センチ砲弾が敵九番艦に注ぎ込まれる。

 敵九番艦は短時間のうちに艦上構造物を叩き壊され、いたる所から煙を噴き上げはじめる。

 さすがに近距離から、しかも二隻もの戦艦から一方的に殴られるのはまずいと判断したのだろう。

 敵九番艦の砲塔が「金剛」に向けて旋回を始める。

 だが、その判断は遅きに失したようだった。

 次々に命中する「金剛」と「榛名」の三六センチ砲弾、その衝撃と破壊によって火勢の強まった九番艦は煙にまとわりつかれて正確な砲撃が出来ない。

 おそらく至る所で電路は寸断され、艦内を熱や炎それに煙が蹂躙しているのだろう。

 こうなっては、いかにダメコンに優れている米海軍の戦艦といえども手の施しようが無い。

 明治に設計、建造が開始された二人の老嬢は、だがしかし決してその手を緩めようとはしない。

 奇跡でも起きない限り、敵九番艦に助かる道は残されていなかった。

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