第83話 いきなり最高潮
戦闘開始前は八対九だった日米戦艦の戦力比は、だがしかし「金剛」と「榛名」が加わったことで一〇対九と逆転していた。
日本側は一番艦の「大和」から八番艦の「扶桑」まではそれぞれ対応する敵戦艦を、「金剛」と「榛名」は二隻がかりで敵九番艦を目標としている。
「敵一番艦と二番艦目標本艦、三番艦ならびに四番艦目標『武蔵』、五番艦ならびに六番艦『長門』、七番艦ならびに八番艦『陸奥』、九番艦『伊勢』」
見張りからの報告に伊藤第一艦隊司令長官は敵の指揮官の分かりやすい対応に胸中で苦笑をこぼす。
なにがなくともまずは巨大戦艦の「大和」と「武蔵」、それに旧式戦艦最強の「長門」と「陸奥」を討ち取り、その後で残る力を振り絞ってこちらの三六センチ砲搭載戦艦を始末しようというのだろう。
「最大脅威から排除していくという集団戦のセオリーに則った手堅い戦術だが、しかしそうそう思い通りにはさせんよ。それに、我々にはまだやらなければならないことがそれこそ山積しているからな」
二隻の敵戦艦から狙われることになった「大和」にあって、しかし伊藤長官の表情にあせりの色は無い。
制空権を握り、観測機が使える有利は決定的だ。
そのうえ砲口径や単純な戦艦の数でもこちらが上回っている。
これで負けたら末代までの恥だ。
発砲は日本側が早かったが、それを認めた米側もすぐに反撃の砲火を上げたから、ほぼ同時と考えてもよかった。
「大和」が三発の四六センチ砲弾を吐き出し、さらに「武蔵」が続く。
観測機が使えるのだから、少々遠めでも構わない。
宝くじは買わなければ当たらないが、主砲もまた撃たなければ当たらない。
「全弾遠!」
観測機からの報告に主砲の砲身がわずかに下がる。
初弾命中といったものは誰も期待していない。
弾着をいかに素早く敵艦上に寄せていくかが鉄砲屋の腕の見せどころであり、勝負の分かれ目でもある。
一方、「大和」に向かってくる砲弾はかなり近い位置に着弾、彼女の周囲に巨大な水柱を立ち上らせていた。
「全弾近!」
第二射は逆に近すぎた。
今度は主砲の砲身がごくわずかにもち上がる。
日米の戦艦が巨弾による応酬を繰り返すなか、伊藤長官は相手の指揮官の立場になって考えてみる。
敵の司令官は距離があるとはいえ、一方的に撃たれることは避けたかったのだろう。
殴られっぱなしの状態が続けば、明らかに士気に悪い影響を与える。
だから、こちらが発砲するやいなや、すぐに砲撃を開始した。
あるいは、観測機などが無くても日本の戦艦であれば対等に撃ち合えると考えているのか。
「大和」が第三射を放つ。
その「大和」の第三射が着弾する前に敵の射弾が「大和」を捉える。
艦を包囲するようにして巨大な水柱が何本も立ち上る。
いわゆる挟叉だ。
遠距離砲戦における、しかも観測機が使えない中での挟叉はおそらくはラッキーパンチのようなものだろう。
もちろん狙ってはいるが、いかに優秀な射撃管制システムを持つ米戦艦だからといえどもおいそれと出来るわけがない。
「ツキは米軍か」
誰かのつぶやきが伊藤長官の耳に入る。
そう。
遺憾ながら戦場での生死を分かつ最も大きな要素は実力ではなく運だ。
練達の古参兵が死に、未熟な新兵が生還することなど戦時の軍隊の中では日常茶飯事だ。
運だけは人の力ではどうすることも出来ない。
そう思う伊藤長官は敵一番艦に双眼鏡を向ける。
そろそろ第三射が着弾する頃合いだ。
計測員の「弾着、今」の声とほぼ同時に敵一番艦の艦上に爆炎が上がる。
「大和」の第三射は挟叉を得ると同時に命中弾も得たのだ。
「運は五分五分。戦場の女神は日米に平等ということか」
米戦艦はマグレとしか思えないほどの早い段階で挟叉を、そして「大和」のほうは挟叉と同時に命中弾を得た。
ただ、敵一番艦の速力が落ちる気配は無い。
一トン半にも及ぶ四六センチ砲弾を食らってなお戦闘力を維持しているのは当たりどころが良かったからだろう。
被弾し、煙を後方に曳きつつも敵一番艦が反撃の砲火をあげ、敵二番艦もそれに続く。
遥かに格上の超巨大戦艦を相手どっているのにもかかわらず、彼らに怯えた様子は微塵も感じられない。
わずかに遅れ、「大和」もまた全砲門から四六センチ砲弾を吐き出す。
日米一番艦同士の対決はいきなりのクライマックスとなった。
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