第80話 撃滅

 左後方に位置する「インデペンデンス」級小型空母に対し、村田少佐が直率する第一中隊の六機の天山は右から、第二中隊の同じく六機は左から挟み撃ちにすべく機動している。

 目標とした「インデペンデンス」級空母から吐き出される火箭は小型空母のそれとは思えないほどに濃密だった。

 村田少佐の機体にも、先程から金属同士がぶつかるような嫌な音と衝撃がひっきりなしだ。

 それでも天山は九七艦攻とは比較にならないスピードで敵空母に急迫する。


 その天山は先代の九七艦攻に比べて重量が増し、離着艦が難しくなった。

 だが、一方で防御力は比較にならないほどに向上していた。

 その恩恵を村田少佐は今、ひしひしと感じている。

 村田少佐が聞いたところでは、この天山は当初は魚雷を装備してなお三〇〇〇キロを大きく超える長大な航続距離を有していたらしい。

 だが、その一方で防御力はスカスカで、そのことを改めるように進言したのがどうやらジュンだったらしい。

 長大な航続力は作戦を立案する立場の人間からすれば便利この上ない要件かもしれないが、実際に戦う人間からすれば極めて負担が大きい。

 機内を移動したり、あるいは体を伸ばしたりできる一式陸攻のような機体ならともかく天山にはそのような機能もスペースも無い。

 そのうえ防弾装備が貧弱だったから、ジュンは珊瑚海海戦を始めとした戦いからあなた方は何も学ぶことが出来ないのかと当時の海軍航空に携わる上層部を罵倒に近い形で詰問したとのことだ。


 村田少佐は、ジュンはなによりも搭乗員の命や健康を軽視する風潮を嫌っているという噂を風の便りに聞いたことがある。

 村田少佐がジュンと初めて出会ったのはミッドウェー海戦当日の「赤城」の飛行甲板だった。

 あの時は風采の上がらない平凡な少年とも青年ともつかない人間といった印象しかなく、彼が魔法を扱えなければとっくの昔に忘却の彼方へと消え去っていたはずだ。

 そんな第一印象を抱いてから二年の間で、だがしかし彼の存在は帝国海軍の中において極めて大きなものとなっている。

 南雲連合艦隊司令長官の絶大な信頼を勝ち取り、さらには山本海軍大臣にまで影響を及ぼすほどだという。

 そして、彼の発言力は今では海軍戦備を左右するほどにまでに大きくなっている。

 この天山が典型例だ。

 ジュンの進言通り航続距離を妥協する代わりに防弾装備を充実させた。

 その効果は誰よりも今、自分が実感しているしその恩恵に浴している。

 間接的ではあるが、ひょっとしたらジュンは自分の命の恩人なのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに「インデペンデンス」級空母の姿が大きくなる。

 その動きから艦首をこちらに向けようとしていることが見て取れる。

 敵の意図を察した村田少佐は機首をわずかに左へと捻る。

 軽巡洋艦をベースにした改造空母だけあって、その運動性能は村田少佐の目から見ても悪くない。


 「だが!」


 これまで何度も敵空母を葬ってきた村田少佐は敵空母の動きを見誤ることは無い。

 敵の動きに先回りして最高の射点に遷移する。


 「撃てッ!」


 裂帛の気合を込めて魚雷を投下、部下の機体もそれに続く。

 そこで、村田少佐は気づく。

 従来の九七艦攻であれば最低でも一機、下手をすれば二機は撃墜されていたはずの猛烈な対空砲火の中、天山は一機も撃墜されていない。

 夢でも見ているかのようだ。


 「無事に帰ったらジュンさんに一杯おごらんといかんな。

 あっ、違うか。ジュンさんは酒を飲まないんだった」


 奇妙な因縁から二年越しの付き合いとなっている、神の眷属にしてはなかなかフレンドリーな態度で接してくれるジュンのことを思いつつ、村田少佐は機体を海面近くに張り付かせ対空砲火の射程圏外へと離脱を図る。

 その後方には五機の部下が追随している。

 いまだ一機も失われていない。

 なによりそれが嬉しかった村田少佐の耳に、戦果を確認している部下の歓声混じりの報告が飛び込んでくる。


 「右舷に水柱、左舷にも水柱、さらにもう一本」


 どうやら自分たち第一中隊は一本、第二中隊のほうは二本命中させたようだ。

 小型空母が魚雷を、それも三本も同時に食らえばまず浮いていられない。

 敵空母撃沈に喜ぶのと、第二中隊に負けた悔しさが相半ばする気持ちを持て余しつつ村田少佐は指揮官として全体の戦果の把握に乗り出した。

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